久しぶりのゴブリン戦
「レグ!」
呪言と共にキリの速度が上がる。グミさんに禁止されたあの技よりはマシだけれど、これだって少しでも失敗すれば大事故を起こすリスクのあるもの。
それを使って加速し、反応もできていない少女の背後に迫っていたゴブリンの腹を槍で貫く。
速い。リスクある技を使う判断もさることながら、目を見張るべきは初動。彼はわたしよりも先に動き出していた。
「ボサッとしない!」
半分は新人たちに向けて、そして半ば自分に向けて叫びながら、四発の魔弾を同時に放つ。廃屋から出てきた敵の数は四匹で、内一匹はすでにキリが倒したが、唱えた呪文はそう簡単には変えられない。トドメということにしておこう。
わたしの魔弾が敵の後続を撃つ。そこそこの痛手を与えて怯ませる。その隙にキリが身体を回転させて、その勢いを利用して敵の身体から槍を引き抜いた。そのまま次の一匹にたたきつける。
ああ、踏み込みが深いな、と思った。
他のゴブリンがナイフを繰り出す。それをギリギリ鎧で受ける。もう一匹の棍棒はすんでのところでユーネのポールメイスが弾いた。
ゾクリと背筋に冷たいものが走る。それを歯を食いしばって耐えた。今のは危なかった。ともすればキリは死んでいた。
あの新人少女との試合ではあれだけ無様を晒したのに、その相手を助けるためだと命を危険に晒すような戦い方をするらしい。
バタン、と大きな音がした。扉が開く音。別の廃屋からさらにゴブリン。
戦いの音で気づいて出てきたか。コレだから慎重にやりたかったのに。
「三匹増援! ホブなしシャーマンなし!」
叫んで呪文を唱える。とっくに撤退したいけれど、単純な足の速さで勝てるかどうかは怪しい。逃げるなら隙をつくるべき。
「リビ!」
キリが二度目のスピフィの技を使用した。それで三匹目のゴブリンを仕留める。増援が来る前に数を減らさなければ押しつぶされるから仕方がない判断だけれど、これでキリは奥の手をほぼ出し切った。彼は一匹をユーネに任せて新しい三匹に向かう。
状況が悪い。キリでは三匹一度には戦えないから、呪文は詠唱速度を優先するしかない。魔力効率など度外視して、わたしはまた四発同時の魔弾を放つ。
歯噛みする。一人前の魔術士であればゴブリン程度、魔弾で倒せてしまうべきだ。けれどわたしの魔弾はそこまでの威力が出ない。
わたしが半人前だから倒せない。敵の肉を抉り悲鳴を上げさせ足を鈍らせても、倒すには至らない。そもそもわたしの歳でいっぱしの魔術士を名乗れるなら天才だ。
ただ、わたしはそうではない、というだけのこと。
わたしだって、年齢のわりには優秀な魔術士のはず……だったのに。
キリが飛び込む。槍を突き出す。また一匹を倒す。正確に急所へ槍先を潜り込ませる。
わたしに比べて彼は、この一年で本当に強くなった。毎日のように訓練をしているし、武器も防具も新調して、最近はもう背も抜かれてしまっている。
……でも。
「キリ!」
今のは踏み込みすぎだ。槍が深く刺さりすぎている。腕の力だけでは抜けなくて、敵の腹に蹴りを入れて無理矢理引き抜く。
隙ができる。
他の二匹がキリに襲いかかる。錆びた短剣がキリの左腕に突き刺さった。思わず痛みに仰け反ったところに、もう一匹のゴブリンが斧を振り上げる。
「やああああああああっ!」
その斧のゴブリンの横腹へ、新人の少女戦士アニアが体当たりのようにして短剣を突き刺す。
「久しぶりにゴブリン見たね」
「秋ぶりですねー……」
キリの腕の傷はそこまで深くなかったようで、ユーネの治癒一回で完治した。毒などは塗られていなかったが、不潔な錆びた刃物の傷なので解毒の術も使っていた。
一安心、と言っていいだろう。あれだけ派手に戦っても結局あれ以上の増援はなかったし、おそらくもうゴブリンはいないはずだ。こうして雑談できるくらいには、安全は確保されたとしていい。
「そうね、最近は依頼も少なかったみたいだし」
秋にゴブリンロードが出現したとき、この辺りのゴブリンはほとんどが招集されたのかかなり数が減ったらしい。町の周辺での目撃情報は明らかになくなり、村からの討伐依頼もあまり見なくなった。
あれから半年ほどたっている。あれだけ大量に討伐されたゴブリンだが、気づけばどこかからやって来てるし増えているのがゴブリンだ。そろそろまた依頼が増えるころかもしれない。
わたしたちが戦ったゴブリンは七匹。まあまあの群である。
このくらいの数からホブが出始めるらしいので、この群はまだ新しかったのかもしれない。
「敵が二軒に別れて廃屋を使っていたのが良かったわね。一気に相手していたら苦戦じゃすまなかったわ」
わたしは話を始める前に、そう前置きする。
もし七匹全部をいっぺんに相手することになっていたら、わたしたちではどうにもならなかっただろう。もちろんそれは彼女たちにとってもだ。
「それで、あなたたちは反省しているのかしら?」
わたしはその新人二人を見下ろす。
間近で見てもやはり若いし、そして初心者丸出しだ。装備はまだ慣れないのか着られている感があるし、二人がかりでゴブリン一匹を足止めしただけでへたり込んでいる。
歳はわたしと同じくらいだろう、戦士と治癒術士のペア。
「す、すみ……すみませんでした……」
「助かりました……。ありがとうございます……」
素直な謝罪と謝意は良し。だけれど他はダメ。アニアの短剣での体当たりのような一撃は致命傷には至らず、結局斧のゴブリンはわたしの魔術で倒したし、そもそも動き出しが遅すぎる。
おそらく初めての実戦だったのだろうけれど、わたしたちがいなかったら確実にここで死んでいただろう。冒険者として先が思いやられる二人である。
まあ……初回で動けた分だけ、わたしたちよりはマシかもしれないが。
「もう分かったと思うけれど、こういう廃村には魔物が棲み着きやすいの。それに家屋や塀などは遮蔽物になるから、隠れる場所も多いし敵に気づきにくい。無警戒に入れば奇襲してくれと言っているようなものよ。めったなことでは近づくべきではないわ」
「はい……」
「わかりました……」
冒険者にとっては常識レベルの知識を教えてあげると、二人は素直に頷く。
正直やりにくい。わたしだってEランクのくせに説教みたいなことはしたくないのだけれど。
はぁ、とため息を吐く。
「分かればいいわ。わたしはリルエッタで、こっちはユーネ。キリは知っているのよね? 貴方たちの名前は?」
「あ……アニアといいます」
「ヨハキンです」
「そう。戦士のアニアさんと治癒術士のヨハキンさんね。これに懲りたら、あまり危険な場所には近寄らないこと。……怪我はない?」
わたしはそこでお説教を終わらせる。やりにくいし、おそらくもういないとはいえ敵がいないことを完全に確認したわけではない。長々と話し込むのは悠長だろう。
「大丈夫です! あ、あの! あんなにあっという間にゴブリンを倒してしまうなんて、本当にEランクなんですね! キリ先輩、あたしと戦ってくれたときとは別人みたいで――」
「勘違いしないで。増援の可能性が高くて時間を掛けられなかっただけだから」
あっという間に倒してしまう、じゃないのだ。
キリは革鎧で盾も持っていない軽戦士。ゴブリン二匹は同時に相手できない。だから速攻で倒すしかなかった。
本当に、かなり危ない戦い方をしていたと思う。アニアと戦った時とはまったく逆の動き。実際、深くはなかったとはいえ腕に怪我を負っている。
―――どうかな。とあのバカ男が言っていたのを思い出す。
キリはずいぶん強くなった。けれどマトモに、普通に、確実に勝とうとして戦うなら、キリの戦士としての腕は決して高くない。そしてきっと彼は自分の実力をちゃんと分かっている。……あるいは、過小評価までしているかもしれない。
だから危険を受け入れ、リスクを見ないフリをして技を使用し、隙をつけるときには敵を確実に倒そうと大きく踏み込む。死線で、土壇場で、それが必要だと考えたからそうする。……それが、できてしまう。
思えば、エルノと戦ったときからその傾向はあった。あるいは、わたしたちが初めてゴブリンに襲われたときもそうだったかもしれない。あのブリザードウォレス戦では特に顕著だったと思う。
勝つためにどうするべきかを思考し、組み立て、それに殉ずる力。
己の身を省みずに。
キリはこの一年で戦士として成長した。それは間違いないけれど、もしかしたらそういった精神的な思い切りの良さこそが、今の彼の強さの元になっているのではないか。
もちろんそれもまた、冒険者としての経験を経て身につけた彼の強さなのだろう。実際、今回の敵は半分以上をキリが倒している。
……けれど、わたしにはそれがひどく歪に思えた。いい傾向であるとは、どうしても思えないほどに。




