意外な遭遇
廃村への道は途中まで知っていた。以前、この近くにナクトゥルスという薬草を採取しに来たことがあったからだ。
しかし廃村そのものには行ったことがない。地図にも載っていないその場所は森の中のなかなか辺鄙な場所にあり、どこかへの通り道というわけでもなく、旧道こそ通っているけれど足を運ぶ理由がなかった。
なにより、打ち棄てられた家屋は魔物が入り込むことがある。ゴブリンなどは特に好む。
町の外で、屋根の下で休める場所はありがたいものだ。薬草採取などでも不意に雨が降ったりして困ることはあるし、そんな天候の変化や何らかの事故などで夕刻までに町へ戻れそうにない場合は一泊できる。
けれど頻繁に人が出入りする場所ならともかく、長らく放置された魔物の巣になっているかもしれない場所は入る前にまず安全を確かめるべきだ。それが冒険者たちの常識で、わたしも何度か聞いたことがある。
だから避けてきたが……とはいえ、今回は用があった。
「まずは遠くから様子を窺いましょう。もし魔物がいそうならそのまま帰った方がいいわ。何匹隠れているか分からないもの」
わたしは道中でそう提案した。
廃村の規模は分からないが、きっと家屋の数は一つや二つではないだろう。一匹か二匹の油断した敵を奇襲で倒せたとして、それで気づいた他の敵がウヨウヨと出てきたらたまらない。
キリならば魔物がいれば足跡からでも分かるだろう。まずは村の周囲から様子を窺って、魔物の姿や痕跡がないか確認するべきだ。
そんな話をしながら旧道を歩いていたが、道の中途で見つけたのは魔物の足跡ではなく人のものだった。
「ちょっと分かりにくいけれど、靴跡だね。ゴブリンは靴を履かないから人だと思う」
荒れ放題とは言っても旧道の地面は固く、春の青々とした下草は少し踏まれたくらいではへこたれない。地面に残った見つけたそれは薄くて、ここにあると言われるまでわたしは全然気づけなかった。
これで靴を履いているかどうかまで分かるのは、ちょっと本当にすごいのではないかと思う。
「はぁー、よくこんなの見つけますねー」
「これだけじゃなくて、今までにも同じような跡があったんだよ。それが規則的で、人の歩き方をしてるように見えるんだ。靴跡だっていうのもいくつか見て分かった感じだね」
わたし、今まで一つも見つけられてないのだけれど、キリはすでに似たようなものをいくつも発見しているらしい。
しかしなるほど。サンプルがいくつかあって規則性があるのであれば、たしかにそれくらいの判断はできるだろう。やはり彼は斥候として優秀だ。
「キリ、足跡の人数は? 複数かしら?」
「少人数だけれど、一人じゃないと思う」
聞けばすぐに答えが返ってくる。
「なら兵士が来たのかもしれないわね。薬品の量が足りないって分かったのは最近なのかしら? 改めて調査しに来たのかも」
「うん、それはそうだけれど……なんだか、歩幅が小さい気がするんだよね」
歩幅が小さい? ということは、ハーフリングかドワーフかだろうか。いやドワーフは足が大きいし重いから、もっと足跡はハッキリするはず。キリなら分かるだろう。
であればハーフリングか……あるいは、子供か。
「……エルノかしらね」
ユーネが昨日、あの領主様の嫡男が兵士と共に教会で調査を行っているという話を仕入れてきたばかりだ。エルノは今回の件には関わっている。
ヒリエンカにハーフリングの兵士はたしかいなかったはずだし、子供くらいの歩幅の足跡があるなら、彼の可能性が高い。
顎に手を当て、少し考える。この足跡、雨で消えてしまいそうな薄さだから最近のものであることは確実だが、けれど今日のものか昨日以前のものかはさすがにキリでも分からないだろう。
もしかしたら廃村で会うかもしれないな、と考える。
「エルノと兵士がこの先へ行ったのなら、多少の魔物が巣くっていたとしても一掃されている可能性はあるわ。安全度が増したと考えればいい偶然ね。もしこれが今日の足跡なら、会って情報交換もできるかも」
「そうですねー。エルノ君に今のこちらの進捗を伝えれば領主様にも伝わるでしょうからー、現状報告もできますー」
「そうだね」
人づてに報告を済ますのは抵抗があるが、どうせ情報交換するなら同じことか。正式な報告はまた別にすればいい。
そんなふうに考えながら、わたしたちは道の先へ足を伸ばす。
……まあ、それはあまりにも楽観的な思考だったのだが。
そもそも本当に足跡がエルノであるかどうかは確定ではなかったし、彼であれば同行する兵士は大人のはずで、ならキリが大人の歩幅もあると気づきそうなものである。
実際、わたしがエルノではないかと口にしたとき、彼は少し首を捻っていたような気がする。反論しなかったのは明確に違うと言い切れる材料がなかったからだろう。
結果として……足跡の主はエルノではなかった。
「あれ? アニアだ」
どうやら足跡は今日のものだったようで、しかもその主とはそこまで距離が離れていたわけではなかったらしい。
廃村の入り口で追いついたその二人組は若い……というか、わたしたちと同じくらいの歳の男女で、その背中を見てキリが少し驚いた声を出す。
アニア。知らない名前だが、おそらくは女性のものだろう。あの髪を短めに切りそろえた少女の名だろうか。
見たところ少女は戦士のようで、革の鎧と短剣で武装している。小さな円盾も持っているようだ。
もう一人は神官だろうか。歳ごろからしてユーネと同じ見習いだと思う。武器はメイスだけれど、線の細い少年で片手用のそれを重そうに両手で抱えていた。
たぶん冒険者なのだと思う。けれど、あんな二人組は店にいただろうか?
「あ、キリ先輩じゃないですか! 偶然ですね!」
こちらに気づいたのだろう。二人組が振り向き、女の子の方が大きく手を振って元気よく挨拶してくる。
その顔を見てやっと分かった。キリと試合をさせられていたあの新人の子だ。格下だったけれど、キリがあまり上手く戦えなくて結局泥仕合になったあの子。
記憶に薄いのは当然だった。つい最近入ったばかりで、まだ会話もしたことがない相手。たしか孤児院にいたとかなんとか。
そんな弱い子が、こんな場所に同じような新人と二人で来ていて。
そして、元気いっぱいに大きな声で挨拶してきて。
「バカ!」
思わず悪態を吐きながら、わたしは短杖を構える。すでにキリは走り出していて、ユーネもそれに続く。
足跡の主はエルノと兵士たちのものではなかった。だからこの廃村にはまだ魔物が住み着いている可能性があって……元気いっぱいの大きな声でたたき起こされたのか、二人組のすぐ近くにある扉の壊れた廃屋からゴブリンが飛びだした。
わたしたちの魔物がいたら逃げようなんて予定は、こうして台無しにされたのだ。




