聞き込み調査
覚えている。覚えていた。
なにかあるごとに思い出す。
ネティエペフラムプリム。海詩の魔女。人魚族で、シェイアの師匠。
彼女を訪ね、キリに魔術の手ほどきをしてもらおうとしたとき……彼女は、手ほどきを受けるのがユーネだと勘違いした。あの魔女から見て最も才を感じたのはユーネだったからだ。
実際、ネティエペはわたしたちの中でもっとも魔力量があるのはユーネであると断言した。
その後、わたしも良いとは言われた。けれどそれはついでのようで、おざなりな評価で、つまりそこそこの域を出ない素質しか持っていないのだと言われているようで。
キリほどでなくとも、わたしに特別な魔術の才はないのだと、突きつけられた気がしたのだ。
塩田に来るのは久しぶりだった。
少なくとも冒険者になってからは来ていない。昔はおじいさまに連れられてよく来ていたのだけれど。
朝の涼しい風に濃い潮の匂いがして、それを懐かしいと感じた。漁港とも貿易港とも違う、この香りが好きだった。
塩田は浜に大きな区画を作り、そこに海水を入れ天日で乾かすのを繰り返すものだ。するとどんどん海水の塩分が濃くなり、やがて塩が採れる。
かなりの体力仕事だ。塩田まで海水を運ぶ。塩田に入れた海水を攪拌する。雨が降ると濃縮した海水が薄くなってしまうので、ある程度濃くなったら大釜に移して煮詰めることも多い。そもそも精製した塩も重い。
奴隷はそういった力仕事に従事してくれている。
「新入りが来るだろうと思っていたのに来なかった、ということが何回かあった、ということね?」
彼らへの手土産はパンと燻製肉にした。しっかり働いてもらわないといけないから量はちゃんと出しているはずだけれど、奴隷の食事にあまり美味しいものを作ったりはしない。これくらいの食べ物でも嬉しい差し入れだろう。
休憩時間に訪ね、働いている奴隷たちに食べ物を振る舞って、ゼルマ出身の者に話を聞く。まあ楽な聞き込みである。
正直、こういう仕事であるならキリやユーネには負けない自信がある。交渉事では一番役に立てると思うし、実際に今回の聞き込みもスムーズにできて安心していた。……わたしは戦闘で二人ほど役にはたてないが、それでも役割がないわけではないのだと。
もっともそれは、便利ではあるけれど、冒険者として必須とは言えない技能なのだが。
「へぇ。夜中に奴隷売りたいって客がやってきて、話がまとまったっぽいから新入りが来るのか、って思ってたのに寝て起きたら新顔はいない、みたいなのがあった……ありやした」
ゼルマ出身者は何人かいたが、同じような経験をした者は三人いた。ゼルマの店にいた期間はそれぞれズレているので、それだけ頻度があった、ということだろう。
もし違法奴隷を扱っているのであれば、普通の奴隷とは別の場所へ連れて行かれるはずだ。どこかから攫ってきた者を買い取り、別の監禁場所に閉じ込めて、ガルブ一家のようなところに売っていたのではないか……と、そう考えればゼルマは限りなく怪しいと言える。この証言はけっこう有力な情報と言えるだろう。
もちろん決定的な証拠にはならない。単に商談が決裂しただけの可能性もあるし、ゼルマはそう釈明する。捕まえるならばせめて、違法奴隷用の監禁場所を特定しなければならないだろう。
むぅ、と親指で下唇に触れる。
領主様からは、有力な情報を集めるように依頼された。だからこれでも報告くらいはできるが、さすがにこれで終わりでは寂しい。もう少し踏み込んだ情報が欲しい。
「嬢さまは冒険者やってんすやね? ゼルマについて調べているってことは、やっぱりアイツ、悪いことやってたんですかい?」
そうやって聞いてきたのは、話していた者とは別の若い男性奴隷だった。
たしかこの塩田に来たのは昨年の秋だと言っていた男で、ここでは一番の新入りらしい。彼自身は不可解な経験はしていないと言っていたが……。
「やっぱりってどういうことかしら?」
「そりゃあ、ガラの悪い奴らがよく出入りしてたんでね。三人組でしたが、いかにも悪そうな顔してましたよ」
悪そうな顔の三人組。
ガルブ一家の人間だろうか。中心人物はほぼすべて捕まったはずだが、まだ町に潜んでいる者もいるかもしれない。そんな残党が薬品を売りさばき、大金を得て仲間の脱獄幇助を計画する……なんてこともあるだろうか。
あるいは人攫いの方という可能性もある。数人がかりで常習的に人攫いを繰り返し、ゼルマへと違法奴隷を卸していた罪人たち。
どうにかその三人組を捕まえることができたら、ゼルマのことも―――
―――いいや、と口の中だけで呟く。結論を急ぎすぎだ。
悪そうな顔をしていたところで悪人とは限らない。だからなんの証拠にもなりはしない。そもそもゼルマが本当に違法奴隷を扱っているかもまだ分かっていないのだ。
おそらく自分は少し焦っているのだろう。べつに急ぎの仕事でもないのに、わたしは成果を欲しがっている。
「依頼については秘密を守る必要がありますので、あまり詳しくは話せません。あまりいい噂を聞かないところですので気になる方がいたらしく、まともにやっているのかどうかを調べる仕事を受けました……とだけ言っておきましょう」
「そうですか。じゃあ、あそこに奴隷を売るのはやめとけ、って言っておいてくだせぇ。ひでぇんで」
領主様直々の依頼であることを明かすと大事にされそうだったが、とはいえすべて隠してしまうと妙な尾ひれ背びれがついた噂になりかねない。そう考えて最低限の説明をすると、若い男は自分の口の端に指を引っかけてグイッと引っ張った。見せられたのは隙間ができた歯並びだ。彼は下の歯が三本折れてなくなっていた。
さらに最初に話していた男が袖を捲ると、鞭で打たれて肉が抉れた痕が出てきた。髪を掻き挙げると、おそらく髪を掴まれて頭皮ごと引きちぎられたのだろう傷が痛々しく残る者もいた。
奴隷は一般市民よりも下の立場であり、反抗は許されない。反抗的な態度すら許容されない。だから買われた先で従順に働けるよう教育を施すのも奴隷商の仕事ではある。それくらいは知っている。
だが……これは。
わたしは瞼を伏せる。さっきの説明だと、あそこに売った者がどんな扱いを受けるか心配する依頼人、という想定が成り立つのか。
身内を奴隷商に売るような困窮者が冒険者に依頼料を払えるわけがないけれど、そういう勘違いをしてくれたのならば、そういうことにしておこう。
「協力、感謝するわ。そう伝えておきます」
わたしはバカだ。パーティの力の差とか、自分の成果とか、そんなことばかりを考えていた。
もしゼルマが違法奴隷を扱っているなら、彼らの比ではない教育を施されるはずだ。なんの責もない、ただ運悪く攫われてきただけの者にその理不尽な運命を受け入れさせるのならば……それはもう、ここにいる者たち以上に肉体に刻み込むしかない。
あるいは……そうやって違法奴隷を扱っているから、通常の奴隷にも度を超すようになったのかもしれない。
この仕事、全力でやろう。




