調査候補
さて、どうしたものか。
依頼条件は半拘束。一定期間を指定した仕事に従事することで定額の報酬があり、さらに有力な情報が得られれば成果報酬が発生する。
まあ悪くない条件だろう。基本報酬は安めだが生活に赤字が出るほどではないし、成果報酬は高めだ。上手くいけば稼げる仕事である。
調査するべきは三つ。
奴隷商のゼルマは違法奴隷を取り扱っているかどうか。
ガルブ一家が隠しているかもしれない薬品の場所はどこか。
ゼルマとガルブ一家の繋がりについて。
このうち二つ目は、兵士たちが今も必死に探しているだろう。よってわたしたちの優先度が高いのは主にゼルマについてだ。
「お客さんとして探りに行くのはどうですかー?」
「却下」
帰る時間になるとすっかり暗くなってしまって、わたしたちは篝火で照らされた大通りを歩く。考えながら歩いていたらいつの間にかけっこう進んでいた。大橋ももう渡ってしまっている。もうしばらく歩けば冒険者の店が見えてくるだろう。
ポツリ、ポツリと広い間隔で焚かれた火は完全に足元を照らしてくれるわけではないので、わたしは短杖の先に魔術の灯りもつけていた。なくても歩くことはできるが、あった方が明るい。
町に人が多くなってこの時間に道を歩く人が増えたら、この篝火も増えるのだろうか。
「もし黒だったら、闇雲に探りをいれたとしても警戒されるだけよ。せめてなにかしら情報を得て、最後の確認に行くくらいの時期でないと逆効果だわ」
「はあー、なるほどー」
わたしの隣を歩きながら、ユーネが分かったのかどうか分からない声を出す。
そもそも客を装って行くときに彼女は連れて行けない。神官見習いが奴隷商になんの用があるというのだろうか。
「もしゼルマの店に違法奴隷がいたら、普通の奴隷とは別の扱いをされていると思うの。少なくとも客に見える場所には置かないはずよ。別の建物……もしかしたら店とは離れた場所に監禁しているかもしれない」
「そういう場所を突き止めたら成功ですねー」
これからこの町は人が増える。活気づくのはいいことだが、それを好機と悪さをする者も出てくるだろう。
今の内に清算できることはしておきたい。それが違法奴隷と危険薬物であれば治安上は見過ごせない。
薬物に魅入られた者は、家族すら売って快楽を求めるという。盗みなどの犯罪に手を染める者も出るだけではなく、薬目当てに人攫いをして奴隷商に売るなんて無法まで横行するような事態は最悪だ。王都から水害対策の工事に来る識者や技術者たちにまで及べば、ことは町の問題だけでは済まなくなる。
「そうね、明日から調査になると思うのだけれど、どう調査するか提案はあるかしら? わたしとしては、ゼルマ出身の奴隷たちならなにか知ってるかもしれないから、塩田で働いている人たちに聞き込みしたいと思っているのだけれど」
「そうですねー。たしかガルブ一家って人たちが捕まったとき、子供の違法奴隷さんたちは教会の孤児院に保護されたはずなんですよねー。子供たちにとっては思い出したくないと思いますから直接聞きたくはないですけどー、神官や修道士たちならなにか聞いて知ってるかもしれませんー」
いい観点だと思うけれど、大橋を渡る前に思いついてくれていたら、ついでに寄れたのではないか。
まあそこまで急ぎの依頼ではないのだし、明日でもいいのだけれど。
「キリ、貴方はなにかない?」
「え?」
わたしたちの後ろを黙って歩いていた少年は、どうやら話を聞いていなかったらしい。どうも後ろを気にしていたようだ。
「どうしたの?」
「あ、いや……エルノがいなかったな、って思って」
そういえば領主の館へ行ったのに、会ったのは領主様と侍女だけだったか。
あの元気でキリをライバル視している若君が来なかったのは、キリからしたらたしかに気になるだろう。
「きっとエルノがいたら話が進まないからでしょう。彼が来るとまたキリに試合しろ試合しろってうるさいから。ほら、通されたのは館の中ではなく庭園の東屋だったでしょう? たぶん一番エルノに気づかれない場所なのよ」
「あー、なるほど」
領主様も忙しい身だろうし、エルノもエルノで次期当主として勉学に剣術にと忙しいはずだ。
「それで、キリ。明日からの調査だけれど、貴方はなにか提案はないの?」
「えっと……そうだね。そのガルブ一家? たちは海猫の旋風団とウェインたちが捕まえたんでしょ? だったらそのときの話が聞けるかも?」
なるほど。それは身近な相手だし聞きやすそうだ。
顔を上げれば、篝火に照らされる冒険者の店はもう道の先に見えていた。
「でも、チッカはたぶんいないのよね……」
店にいてくれればいいのだけれど、残念ながらチッカは釣り船に夢中だろう。冬に準備を溜め込んでいたからまだまだ夢中のはず。
わたしは改めて、あのメンバーを頭に浮かべてみる。
太陽の輝き宿すペリドット。奔放で凶暴な兎獣人テテニー。酒ドワーフのダルダン。酒神官のコルクブリズ。無口で面倒くさがりな魔術士シェイア。バカ。
「馬に話を聞くことってできないかしらね……」
「メルセティノもけっこうダメだよ。寝てばっかりだし」
むぅ、と呻る。彼らに話を聞くこと自体は無駄ではないだろうけれど、あの冒険者たちが一年近く前のことを覚えているだろうか。
やはり確度の高い情報を得るのであれば、あのハーフリング相手に聞き取りは必須だ。
「塩田に、教会に、港ね……」
指を折りつつ、挙げられた情報収集の候補地を呟いていく。
それぞれ身近な場所や相手を選んだにしては、悪くないのではないか。もっとも有力な情報を期待できそうなのは教会の気がするが、こちらにユーネがいるのは心強い。
ただ町の中ではあるけれど、どれも微妙に距離が離れているのは気になった。
考えている内にも歩は進み、暴れケルピーの尾びれ亭に辿り着く。
扉を開けて視界に飛び込んで来たのは、店の真ん中で床にのびたバカの上にドッカと座って酒をあおるドワーフの姿。そしてそれを見て手を叩いて笑う酔っ払い神官と、そんな光景には我関せずとクピクピ酒を飲んでいる美貌の魔術士。さらにそれを囲んで囃し立てている冒険者たちと頭を抱えているバルクの姿。
「キリ、ユーネ。提案があるのだけれど」
剣は抜いてないようだから素手で喧嘩したのだろう。ドワーフの戦士相手に勝てるわけがないのに、バカなのだろうか。バカだったか。
店内を見回しても下戸のペリドットと人見知りのテテニーはいない。どうせこの状況であの二人がいたところで、マトモに話ができるとは思えないからいいけれど。
「どうかしら? 明日は手分けして情報収集しない?」
どうせ町中で、しかも知った場所へ行くだけである。危険はないのにわざわざ三人でゾロゾロ行動することもないだろう。




