違法奴隷
眉間に寄ったシワを揉みほぐす。
そのことは知っていた。彼は奴隷として売られそうになって、逃げて冒険者になったという経歴がある。
彼を売ろうとした行商人が村人たちに私刑にされるのを止めるために、わざわざ彼の故郷へ足を運ぶというよく分からない依頼を請けたこともあるのだ。知らないわけがない。
けれどお茶とお菓子をいただきながら、のほほんと言うことだろうか。
「そ……そうか。若いのになかなか波瀾万丈で……あるな。ああ、うむ。お茶と菓子のおかわりはどうだね?」
自分で振った話題がまさかの展開を見せて、領主様も困っている。ただ食べ物でどうにかしようとするのはいかがなものか。
控えていた侍女が彼に新しいお茶を注ぎ終わるまで待って、わたしは話を戻す。
「ゼルマ奴隷商い、という店なら知っています。海塩ギルドでも奴隷を購入することはありますので。ただ、あまりいい噂は聞きませんね」
「え、海塩ギルドって奴隷使ってるの?」
「塩田は体力仕事も多いもの。でも扱いは決して悪くないはずよ。十分働いて奴隷から解放された人が、また塩田に再就職する、なんてことはよくあるわ」
説明すると、キリが目を丸くする。
奴隷といえば酷い待遇というイメージはあるだろうが、だいたいの仕事には慣れが必要だから、使い捨てのような扱いをすることはない。中には奴隷でも一般市民と変わらない暮らしをしている者だっている。
塩田で働く奴隷は厳しい力仕事を任されるけれど、みな健康的で明るい印象だ。
まあ……もちろん、酷い扱いをされる奴隷もいるのだけれど。
「奴隷の扱いは働く場所によって変わるものだ。操船技術が高い船乗りの奴隷は、嵐に遭うと主に対しても指示を飛ばすと言う」
船の上は一種の閉鎖空間だ。なにかあったときは主従が逆転することもあるかもしれない。
「が、それは通常の奴隷であれば、だな。違法奴隷であれば、行き先は使い捨てのような扱いをされる場所だろう。昨今、南大陸との外交の影響でノルントラシアでは奴隷制そのものが見直されてきている。どこかから不法に攫ってきた者などを奴隷として扱えば厳罰は免れんし、それでも用いようとするのであれば―――誰にも見つからぬよう使い潰すしかあるまい」
……キリがこの町に来て、もうそろそろ一年。
もし彼が違法奴隷として売られていれば、今頃は生きているかどうか。
「ゼルマは違法奴隷を扱っている可能性がある、ということですか?」
「そうだな、その可能性もある。が、それだけではない。彼は違法奴隷をガルブ一家という裏組織に流していた疑いがあった。……昨年のことであるしそなたたちも知っているかもしれないが、海猫の旋風団が壊滅させたこの町の悪人どもだ」
む、と眉をひそめる。
ガルブ一家は懐かしい名前だ。わたしたちが冒険者になってすぐのころ、海猫の旋風団が危ない薬草を栽培していた集団を捕まえたことがある。たしかチッカたちも一枚噛んでいたはずのその件は、しばらくは町の一番の話題になった。
町の厄介な者たちがついにお縄になった、と。それと船賭場がなくなって嘆く声もあっただろうか。あとは……海猫の旋風団や下水道の冒険者たちを率いたとされる人物のことが謎めいていて、尾ひれ背びれがついて広まったのもあるだろう。
「つまりガルブ一家とゼルマは深い繋がりがあったと推測される。……で、だ。実は、そのガルブ一家の尋問がまったく進んでいないのだよ」
「まったく?」
「ああ、捕縛したときに保護した違法奴隷たちは地方から攫われた者が多かったが、ガルブ一家の活動範囲は町と海であったから、おそらく彼らが直接攫ってきたわけではあるまい。仲買役がいるはずである。だが奴隷の入手経路も含めて一家全員、すべてにおいてだんまりだ。いい加減、なんとかしなければならないと思ってはいるのだがな……」
なんとか、というのは死刑だろうか。減刑をチラつかせて司法取引しても、四肢の一本を落として追放くらいのはず。
けっこうな重罪を犯しているし、政治的に重要な人物たちではなし、ただ懲役を延ばすくらいならそのどちらかだろう。
「できない理由があるのでしょうか?」
「困ったことに彼らが造っていた薬品を押収した量が、あると想定される量に全然足りていないのだ」
ああ、それは最悪だ。
「ゼルマは違法奴隷を扱っていた疑いがあるが、明確な証拠がない。そしてガルブ一家は違法奴隷をどこで仕入れていたかについて口を割らず、彼らが隠しているかもしれない薬品の所在はいまだ不明のままだ」
まあ、だいたい分かってきた。
ガルブ一家……つまり複数人の悪党が全員、一年近く尋問を受けても口を割らない理由だなんて、どれだけ考えてもあまり候補はないだろう。
たとえば、一家の結束が相当強い。―――おそらくこれはない。
一部の口が硬い者しか知らない。―――領主の言い方からして薬品は相当な量になるだろうから、これもない。
言うと不都合がある、という全員の認識が一致している。―――この辺りだろうか。
ではその不都合はなにか。牢屋に囚われた悪党が揃って口を割らないのなら、牢屋の外にまだ協力者がいる?
もしなんらかの希望があるのであれば……そしてそれがゼルマという奴隷商に関係しているのなら、彼が脱獄幇助を計画しているなども考えられるか。
たとえば、自分たちを助け出したら隠してある大量の薬品を売った利益を半分渡す、みたいな取引。あるいはそのゼルマ自身が薬物中毒者で、薬品そのものが取引材料になるとか。他にも、可能性だけなら考えられそうではある。
とはいえ。
「確定的な前提がずいぶん少ないようですが、それを無理矢理繋げるつもりですか?」
「あくまで可能性の話であるが、なくはないだろう。……が、そのために我が兵を使うほど手が足りているわけではなくてな。証拠ではなくとも、有力そうな情報だけでも探してくれる人手があればありがたいのだが」
人当たりのいい、にこやかな笑顔を領主は向けてくる。
あくまで本命ではない、か。奴隷商まわりのことであれば、マグナーンの人脈で兵士では得られない情報を期待できると考えているかもしれない。
ガルブ一家と深いつながりがあった者は、ゼルマ一人だけではないはず。多くの候補がある内の一つ、それも本命ではなく手が回らないところ。……そして店を通さない直接依頼ということは、その可能性が薄さからあまり大げさにはしたくない、と。
つまり調査依頼で、ハズレであればもちろん危険はないか。
「受ける前に、依頼の条件についてお聞かせいただけますか?」
まあ、どうせ領主様からの依頼であれば受けないという選択は取りづらいが、受けるかどうかはすべて聞いて全員で話し合うべきだろう。




