双方合意の条件
領主様の館は、大橋を渡ってから少し歩いた場所にある。
教会ほど町の中心ではないけれど、町の誰もが訪れやすい場所。町の一番の一等地に広い敷地をもつその館は、貴族らしい高貴さを感じはすれど華美ではなく、どこか落ち着いた印象を受ける。
わたしたちがそんな館に着くと、通されたのは公務用の建物ではなかった。
「やあリルエッタ君。それにユーネ君とキリネ君も、息災そうでなによりだ。今日はわざわざ足を運んでもらってご苦労だった。せめて、どうかゆるりとくつろいでくれたまえ」
このヒリエンカの町周辺の領主であるノグランズ・リオノックス子爵がニコニコと笑顔で迎えてくれたのは、庭園の東屋だった。
春になって咲き誇る花々を鑑賞しながら休める場所で、屋根の下には野外用の椅子とテーブルがあった。
なんとも優雅だが、こんな場所でメイドにお茶を注いでもらうのはキリもユーネも落ち着かないようだ。……まあ、わたしたちを威嚇するためにこの場所を選んだわけではないだろうけれど。
「本日はお招きいただきありがとうございます。なんでも我々が見つけた遺跡の魔石の使い道が決定したそうで、それについて説明をしていただけるとお聞きしました」
わたしは失礼がないよう、一礼して挨拶する。
「うむ。その件は君たちにも縁深いゆえな、説明くらいはしておかねばと思っていたのだ。……ところで、アンサルクロストフ殿にはチッカ殿も招くよう伝言しておいたはずだが、彼女はどこか冒険へ行っていたのかね?」
「いえ、おそらく領主様からいただいた船で釣りを楽しんでいるのでしょう。よろしければ後ほどわたしたちの方からお伝えしますが?」
「そうか、では頼む」
チッカは最近あまり見ない。元々普段から店にいないことも多いのだが、最近はほとんど見かけなかった。しばらくはあの船で釣りにかまけているだろう。
きっと生活費に困るようになったらまた来るのではないか。
「さて、ではあの魔石の件だが、かねてからそなたたちも知るレイミィ殿との交渉を行っており、やっと双方合意する条件がまとまったので譲ることになった」
「双方合意の条件……ですか?」
少なくとも王族の権力を笠に徴収、という形ではないらしい。レイミィであればそんなことはしないと思うけれど。
しかし……ならばなおさら、魔石の売却はこの領主様が了承したことになる。
「ああ。まず、譲渡の時期は五年後となる」
「それはかなり先になりますね」
「そうでもない。そなたたち若者にとっては長くも感じようが、ことは政の問題であるからな」
まつりごと。どうやら魔石の売却に関わる条件とは、政治の問題にまで発展したらしい。
五年後……といえば酒に酔ったレイミィと交わした話を思い出す。たしか、五年後くらいにキリが強くなっていれば勇者候補にならないか……などと誘っていたはずだ。もしかしたらあの魔石は、そのとき使うつもりなのかもしれない。
つまり王家は、いずれ本格化するであろう魔族との戦いを見据え、あの魔石を兵器として用いようとしている可能性がある。
なるほどたしかに政の問題だ。もしそうであるなら、この町だけの問題ではない。
「そしてそれまでにヒリエンカは、王都の支援を得て水害対策の大規模工事を進めることになっている」
―――それは。
「この町の下水道を含む遺跡機構は、おそらく現代のどの技術よりも格段に安全性が高いだろう。であるからこそヒリエンカは今日まで、悲惨な災害から守られてきた。……が、遺跡はあくまで遺跡、遙か過去の産物である」
領主ノグランズ・リオノックスは完璧な所作でお茶を一口飲む。
「そなたたちも知っているとおり、あの下水道の魔術的な構造は解明できていない部分が多く、劣化し崩れている箇所などもある。大ネズミの巣窟になっているのも困りものであるな。つまりあれは、いつ機能しなくなってもおかしくない代物である、ということだ」
わたしたちが冒険者になる前、あの下水道に洞窟ワニが出没したことがある。
その事件は壁が崩れたせいで隠されていた下水道新エリア発見の発端となり、そしてその一角が自然洞窟に繋がっていたことが洞窟ワニ出現の原因ということまで突き止められた。
たしかに、そう考えるとあの遺跡の劣化は見過ごせない。非常に危ういと言えるだろう。もう機能していない箇所もあるかもしれない。
「であるからして、ヒリエンカの水害対策は一刻の猶予もない最優先課題である。領主として難しい判断ではあったが、信用しきれない遺跡の機構より現代の最新技術の方がいい。王国の金銭的な支援のみならず、王都の優秀な識者と技術者を招き大規模な工事をする好機であるからな。我も深慮の末、頷くことと相成った」
ここに来るまでに、少し考えてきた。
なぜ領主様は、魔石を売却することにしたのか。
なぜ領主様は、わたしたちにわざわざ説明をするのか。
なぜ領主様は、そのためにグミさんを伝言役にしたのか。
あの魔石の存在と重要性は、海塩ギルドや教会を通して町の有力者たちには知れ渡っている。であれば売却するという噂が立つだけで騒ぎになりかねない。
だから根回しをするつもりなのではないか、と疑った。わたしに話せば海塩ギルドにその内容が伝わるはずだから、ゆっくりと浸透させて混乱を防ぐ。
しかしこれは……思っていた以上。あの遺跡に頼り切りは危険であると納得できるし、けっこうな条件を引き出した上での取引だと理解できる。
なにより、大きな金が動く。
わたしは今、かつてないほど大きな商機を渡されたのだ。
ヒリエンカの港が一新される。町の中央を流れるマルムニルド川周辺も大きな手が加えられる。
王都から人が大勢やってくる。知識が、技術が入ってくる。
資材が必要だ。人足も必要だ。食事も、宿も、仕事の道具も、何もかもが必要になる。
しかもそんな大規模工事はきっと五年で終わりはしない。それだけの期間でできるのは大まかなものだけで、完成にはもっと長い期間が必要になるはず。仕事があれば人はさらに集まるし、人が多くなればそれを目当てにした商人もやってくる。
これは町の発展の転機だ。
「という理由だ。どうだろう、納得いっていただけたかな?」
ニコリと笑顔で、領主様はキリでもユーネでもなく、わたしを見てそう確認する。
非公式なルートからマグナーンに情報を渡せ、ということでいいのだろうか。そうでなかったとしても、わたしは立場上そうするのだけれど。
「ええ、よく分かりました。ヒリエンカの今後を考えれば、非常に有益な判断だと思います」
分からない。どうして、わたしたちに……わたしにその情報を流す?
「それは良かった。ただし、この話にはいくつか懸念があるのが困りものでな。人がたくさんやってくることになるから、当然混乱も予想されるわけだが……」
ああ、なるほど。話はまだ終わっていない。むしろここからが本番なのか。
前提を説明されたうえで、困った話をされるのであれば……依頼に違いない。
わたしたちは冒険者。であるなら、役立てることもあるだろう。
「そなたたちは、ゼルマ奴隷商い、という店を知っているかね?」
その問いに、はい、と手を挙げたのはキリだった。
領主様との話し合いはわたしに任せてしまう気でいたのか、出された焼き菓子をユーネと一緒に食べていた彼は、幸せそうに口の中の物をお茶で飲み込む。
……頭の良い彼ならこの話にだってついてきてるだろうに。
「僕、そのお店へ売られかけたよ」




