安堵
……少し、ホッとしてしまった。
氷の上で這いつくばって魔力枯渇で気が遠くなりながら、彼が氷鎧の魔獣を仕留めるところを見た。槍が分厚い氷の鎧を貫き、振り下ろされる氷の爪を弾き飛ばし、あんな大きな魔物が子供の一撃でビクンと跳ねて、命が抜けるようにダラリと力を失い倒れた。
彼の使った技は強力だ。あそこまで強力な敵を倒してしまうだなんて、Eランク冒険者の域を超えている。
だから、わたしはあのとき、全滅するかどうかの際の際だったというのに……そんな技を使用した彼に、置いて行かれるような気がしたのだ。
「理由を聞かせてもらっていいかしら?」
安堵を振り払う。
自分が思うように成長できていないからといって、彼が足枷をかけられるのを喜ぶだなんて卑怯だ。それが取り払えるものであれば、わたしはパーティの仲間としてその枷を外すべきである。
「つまり、キリ君のやったことは逆なんだね」
グミさんは麦粥を口に運んで、よく噛んでから飲み込む。
そこまで難しい料理ではないはずだけれど、彼女にとってユーネの手作り料理はご馳走らしく、よく味わってから食べている。
「件の神官戦士さんの話からして、本来のその技は動きに魔力がついてくるものであると推測する。技を起点にして魔力が発動するんだ。……けれどキリ君は魔力操作の方を起点にして技を放った。本来なら技の研鑽の末に構築される魔力の通り道を、頭でっかちなイメージだけで術式として―――魔術陣として、創作してしまった」
……聞いてみて、頭痛がした。
「キリ君が体内にとっさに構築できた魔術陣は非常にシンプルだっただろうし、拙い場所や間違いもあったと思われる。また彼は槍を使い始めてまだ一年ほどだから、槍を振る技術も未熟だろうね。そうなると当然、魔力は滞ったり、混乱したり、迷子になりかねない」
「それはー……むしろ、なんで発動したのでしょうかー……」
ユーネが疑問を挟む。
つまりそれは術式の不備である。呪文を間違えて唱えているようなものだ。であれば魔力は発動しないはず。
「それはもちろん、やるぞ、って気持ちが強かったんだろう」
ふざけているのかと思った。そんなことで魔術が使えるわけがない。
けれどグミさんの目はそれを嘘だとは言っていなかった。
「ここからはさらに推測になるけれど、状況的に極限状態だったのが関係しているのではないかな。普段よりも強い感情が作用していたのであれば、魔力がそれを道しるべにした可能性はある。つまり未熟な技と未熟な術式に魔力を無理矢理通して、暴走のように発動したわけだ。―――彼の身体の中を破壊しながらね」
へぇー、という顔でキリがグミさんの話を聞いているけれど、そんな表情は不釣り合いだろう。
つまり本来なら技を極めた達人でしか使えないようなものを、キリはズルをして使ってしまったわけだ。だからあれからけっこう反動があって、次もその程度で済むかどうか分からない、ということ。
おそらく……真っ当に使うなら戦士として、逆回しで使うなら魔術士としての技術が必要だろう。そしてそのどちらも、明らかに彼の実力では足りていない。
酷い後遺症が残ってもおかしくなかったのではないか。
「もちろんこの非才の身は錬金術師であり、戦士でも魔術士でもないから推測が大部分を占める論ではある。しかし専門外だからこそ、キリ君は今後その技を使うべきではないと言うしかない。なにせ、まったく責任を持てないからね。そのうえで友人としてさらに忠告させてもらうなら、君にその技は早すぎる。使うなら槍術も魔術も、もっともっと修練を積んでからにするべきだと思う。いいかな、キリ君?」
「うん、分かったよ」
錬金術師が確認するように視線を向けると、少年はあっさりと頷いた。惜しくもなさそうに。
「そもそも二度と使いたくないし」
そりゃあけっこう長い期間、足を引きずっていたから嫌だろう。それにあれを使う状況なんてそうとう切羽詰まってるはず。それこそ誰かが死ぬかもしれない場面くらい。
わたしたちは基本的に戦闘を避けるパーティだ。そんな場面に出くわすのはもう失敗で、だから使わずに越したことはない。
使わないようにするのは、妥当な判断だと思う。使いたくないと思うのは正解だと思う。
わたしの安堵を抜きにしても、それでいいのだと……魔術士として、判断できる。
けれど……あんなに強力な手札を使用してはダメと言われて、あっさりと受け入れることができる彼のことは、納得できない。
まあ話を聞く限り強い意思が必要なのだから、もう一度使えるかどうかも怪しいものではあるけれど。
「よし、キリ君も理解してくれたところで、次の話に行こう。実は今日はそのために君たちを呼んだのだよ」
パン、と手を叩いて、グミさんは会話を終了させる。どうやらキリの技の話は終わりらしい。
―――そして、明確にしなければならない他の話題もあるようだ。
「実は君たちが下水道の遺跡で見つけた魔石だが、正式に王国への売却が決まった」
「は?」
「えっ?」
「はい?」
三人で一斉に声を上げる。
下水道の遺跡。チッカ、ザガム、ツェルミラと共に探索し、踏破して見つけたあの魔石は、ヒリエンカを水害から護る遺跡機能の動力だ。それがなくなれば、いつ災害が起きて町の人たちに犠牲がでるか分からない。
冒険者ギルド本部の職員であり、王族でもあるレイミィが以前来た時、そういった交渉をしていたことは知っている。けれど領主様はきっぱりと断ったらしいと、小耳に挟んでいたのに。
「すでに決まったことではあるし、急を要する話題でもないし、なにより君たちは当事者ではあるがすでに手を離しているからね。わざわざ説明をするために正式な使いを出すのは控えたいとのことで、それならとこの非才の身が伝言役を引き受けた。もし君たちが必要であれば会って説明するとのことだけれど、どうするかね? 今日の夕方であれば時間があるそうだけれど」
「それは、ぜひ」
必要であれば、という言い方にすこし引っかかりつつ、しかし即答する。
町の領主に直接会って話をする。ただの一介の冒険者、それも低ランクのわたしたちにはそれだけで過ぎた話だ。本来であれば断るべき申し出なのかもしれない。自分たちのために時間を取らせるわけにはいかない、領主様の判断を信頼すると遠慮するのが普通ではある。
しかし他の二人はともかく、わたしは領主様とは幼い頃から親交があった。海塩ギルドのマグナーンの孫娘として、領主様の嫡男であるエルノの暫定的な仮の婚約者として、一応ではあるが仲良くはさせていただいている。
だから遠慮なんてしなかった。
「キリ、ユーネ。早く食べなさい。そうと決まれば時間はないわ。すぐにこの家の掃除を終わらせるわよ!」
けれどそれはそれとして、今は仕事中でもあった。
依頼は依頼だ。仕事はしっかりと終わらせていかないと気持ちは悪い。幸いなことに慣れた作業であるから、出発の時間までには終わるだろう。




