仮説
結局、試合は疲れてしまった女の子が脚をもつれさせて転んだところを、キリがコツンと棒で叩いて終わるという締まらない幕引きをした。
力でも技でもなく持久力でキリの勝ちだ。薬草採取で鍛えた体力も彼の能力だろうけれど、これが実際の戦闘であるなら時間のかけ過ぎである。敵が一体である保証はない。
ニグとヒルティースのイライラは最高潮に達してキリに詰め寄り、ウェインはため息を吐きながら女の子に素振りから始めさせた。
「うーん、あの子、どこかで見たような気がするんですよねー」
そうしてわたしたちは、すっかり通い慣れたグミさんの家へと向かっている。
グミ・アンサルクロストフ。兵器専門の錬金術師。理想の果てにありし幻想を追い求める異端の一派。眼鏡の奥の目に深いクマを刻んだ、少し世間からずれた女性。
そんな彼女からの仕事は、このパーティへの数少ない指名依頼だ。依頼書の壁を見るまでもなく、店に戻ったらイルゼに呼び止められた。
彼女の依頼はだいたい錬金術の助手役や掃除、料理など冒険者らしくない仕事だけれど、秋はこの依頼主のおかげでゴブリンロード討伐作戦の一員に加わることができたから、どんな仕事がどう繋がるか分からない。
「昨日来た子だって言っていたじゃない。登録手続きしているのを見たのではないの?」
「それは見たんですけれどー、そのときから引っかかってはいるんですよねー。たぶん知ってる子だとは思うんですけれどー」
グミさんの家は遠くはないけれど近くもない。春の暖かな陽の下を歩きながら、ユーネはしきりに首を捻っていた。
フワフワとした少女ではあるけれど、彼女も地頭は悪くない。人の顔や名前を覚えるのは得意なはずだ。そういうところは神官職に向いていると思う。
そんな彼女が思い出せないとなると、顔は合わせたけれど喋ったことはない間柄か、あるいはかなり過去に遡るかではないだろうか。
「たぶん教会だよ。あの子、孤児院にいたって言ってたから」
さっきの試合があまりに不甲斐なかったからだろう。キリは肩を落としながらわたしたちの二歩後ろを歩いていた。
初心者相手にあの内容だったし、実はけっこう悔しいのかもしれない。
「え? じゃあ新しく入った子なんですかねー? ユーネ、修道院にいたころはよくお手伝いしてましたからその頃からの子はみんな覚えてますしー」
「ユーネが冒険者になってから院に入った子かも?」
ユーネは冒険者になってからはあまり教会へ行っていない。普段は冒険に行っているし、たまに足を運ぶときは神官見習いとしての勤めが溜まっているはずだ。
「でもー、あのくらいの歳の子ですと、孤児院には入れずそのまま働けるギルドを紹介するんですよねー」
ああ、たしかに。孤児院はあまり余裕があるわけではないから、大きい子は働ける場所を探すはず。ギルドに正式登録できる十二歳にならずとも、見習いとしてもっと若い内から働く子だっているはずだ。
特に今のヒリエンカは活気づいているから、若い見習いでも欲しいところは多いだろう。海塩ギルドも募集はかけていたと思う。
「そもそも、孤児院にいたのなら東側の冒険者の店に行くのが普通なのじゃないかしら?」
ユーネが首を捻っているから、わたしまで気になってしまった。
ヒリエンカという港町は真ん中に大きな川が流れて二分されていて、わたしたちが所属している暴れケルピーの尾びれ亭は西側、教会は東側にある。大橋を渡らないといけない分、教会からこっちは遠い。
「それは……でも、大した違いではないかとー。町の様子もあちらとこちらでは変わりますから、好みによるのではー?」
まあ、その程度の違いでしかないか。
話している間にも足は慣れた道を進み、目的地の家が見えてくる。
「というわけで、キリ君の必殺技についての仮説を立ててみたのだよ」
グミさんは雑談のようにそう言いながら、ユーネの料理を食べる。
今日は山菜の麦粥だ。グミさんはあまり重めの食べ物は好きじゃない……というか、ふだんマトモなものを食べていないうえに万年寝不足なので、胃が弱っているきらいがある。しかも自分のことに無頓着すぎてそのことに気づいていないから、出されたものはなんでも食べてしまって後で気分が悪くなる、なんてことが多かった。
だから最近はまず、こういうお腹に優しい食事を作るようにしている、とはユーネの談だ。神官見習いだけあって、こういうところはよく見ている。
「まず、聞かせてもらった神官戦士の話だけれどね。修練の末に身体の動きそのものが魔術陣として機能し、魔力が作用する……という現象自体は、可能性はあると思う」
ブリザードウォレスにキリが放った必殺技。あの氷の鎧を貫く一撃は、正直……キリ自身もわけが分かっていないようだった。途中まではともかく、直線で構築していた術式を身体の中で円にして魔術陣として完成させた……というのはどういうことだろうか。直線は円にならない。
なので魔術陣に詳しいグミさんに相談してみたのだけれど、彼女は神官戦士……キリの故郷の村にいた辺境巡回神官であるカラトアの話に興味を示した。
カラトア女史の見せた技……その現象そのものは間近で見たから疑いようがなかったけれど、どうやらグミさんは錬金術師の視点からより専門的な分析をしたらしい。わたしは麦粥を口に運ぶ手を止め、視線をいつもより少し目の下のクマが深い彼女に向ける。
グミさんが食べるときは、わたしたちもご相伴にあずかる。依頼人と冒険者の関係だけれど、彼女は人と食事をするのが好きだ。
わたしたちはまだ研究道具が片付けきれていないゴチャゴチャした部屋で、テーブルを囲んでいた。
「キリ君も使う、あのスピフィ君の魔剣を例にしよう。あれはあらゆる術式を省略して、単語の呪言のみで身体の一部位を強化する術だ。剣を振り下ろすときに肩という呪言を唱えて使えば、肩の動きが強化される。……加減を間違えれば怪我するけれど、ちゃんと強化されるんだ。変な動きはしない。横に振り下ろしてしまったり、グルングルン回ったりなんてことにはならない。魔力というのはわりと曖昧な使い方をしても意を汲んでくれるものなのだよ」
「意を……汲んでくれる?」
その言い方は少し、気にかかった。まるで魔力自身に意思があって、こちらに協力してくれているような。
「それと同じことが、達人の技の中では起こっている可能性はある。修練を重ねた技は魔術陣になる……つまり、この技のときは身体はこう動くぞ、という指示書が身体に張ってあると思えばいい。それをマナだかオドだかの魔力君は読んでくれていて、その技が使われるときは勝手に強化してくれるわけだ」
「う、ううーん……なんだか……ずいぶんと適当な話ですねー」
いまいちピンとこないのだろう、ユーネが難しい顔をする。
わたしも正直、同じ気分。推論に推論を重ねたような、まさに仮説だ。しかもグミさん自身は達人の技を見たわけでもない。
「でも、繰り返しただけで魔術陣になっちゃうなら、たとえばスプーンを口に運ぶ、とかでもなっちゃわないかな?」
不安そうにキリが自分のスプーンを見ながら、疑問を挟む。
それは杞憂だろう。そんなことを言ったら世の中、魔力を使う人ばかりになる。
「魔力は意を汲んでくれる、と言っただろう? 戦意なり、向上心なり、時間を掛けて磨いてきたその技への信頼なり、なんらかの意志の力をきっかけにしないと魔力は反応してくれないと思われるし、そもそも魔術陣の構築も体内魔力の作用だろうから日常的な動きではよっぽど……っと、まあ専門的すぎる話はやめておこう。とにかく、食事のたびに料理がパーンッと破砕する、なんてことにならないから安心していい」
グミさんは笑いながらキリの疑問を否定する。
また、意を汲んでくれる、という言葉。
「で、ここまでを踏まえてだけれど。とりあえずこの辺りで結論を言わせていただく。―――キリ君は、その必殺技を封印するべきだと思う」




