また春がやってきて
季節は巡り日は少しずつ長くなってきて、港が解放され雪も溶けて、ヒリエンカは春を迎えた。
つまりそれは、わたしたちが冒険者になってから一年が経過しようとしているということ。
思えばいろんなことがあった。本当にたった一年しかたっていないのか、と疑うくらいにたくさん。わたしは冒険者になってからとても多くの経験をしていると思うし、地道にだけれど成長できていると思う。
だから最近はよく分かる。魔術士としても……冒険者としても、自分がいかに未熟で、才がないかということが。
「始め!」
ヒルティースの合図で試合が始まる。審判にはニグもいて、場所はいつもの裏庭だ。冬にはここで、店主のバルクと受付のイルゼが結婚式の披露宴を挙げていた。……もっといい会場はあっただろうが、そんなところに冒険者を連れて行けばろくなことにならないと分かっていたのだろう。賢明な判断だったと思う。
そんな広場で向かい合って立つのは、一つは知っている顔で、一つは知らない顔。持っているのは槍と、剣の長さの棒。
ギルドに所属は十二歳からなのにサバをよんで冒険者をやっている十歳のキリと、年頃はたぶん十三から十五くらいの少女だった。
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
元気な声は少女のもの。挨拶はいいとしても、もう試合が始まってるのに深くお辞儀までするのはダメなのではないか。
対する声はキリのもの。声だけで返しつつ、棒はしっかりと構えている。それを見て棒を持ち直す少女の構えはどこかぎこちない。
さすがに年齢差があるから身体の大きさは少女だけれど、戦いの経験値はキリが上だ。たぶんあの少女ではゴブリンにも勝てないだろう。
「たしか、昨日お店に登録なさってた女の子ですねー」
朝日に目を細めて、ユーネがそう教えてくれる。どうやら新人らしい。
「……それで、これはなんの試合なの? わたしたちはこれから依頼書の確認なのだけれど?」
わたしは近くにいた戦士に聞いてみる。
ウェインというその男は元傭兵で、ヒリエンカの冒険者では最高のBランクに届きそうな実力者なのだが、頭が悪いためいまいち信用は置けない戦士だ。
ソロでは仕事を任せる気にはなれないというか、仕事以外のところでなにかやらかしそうというか、そんな感じの冒険者。
「おー、嬢ちゃんか。悪い、入会希望者でな。……なんか、流れで力を見ることになった」
「冒険者の店に試験なんてないでしょう?」
「戦闘訓練の方だよ」
そっちこそ試験どころか、入会署名も必要ないだろう。なぜならこの男は文字が読めないから。
このウェインという男はバカだけれど面倒見がよくお人好しで、夜は低ランクの冒険者たちに訓練をつけてあげるのが日課だった。最初はキリだけだったらしいけれど、今は少しずつ参加者が増えているらしい。人数が多い日は十人近くになるとか。
「そんなの貴方が相手すればいいじゃない。ニグでもヒルティースでもかまわないでしょうに」
「瞬殺したからなんも分からんかった」
ああ、もうやった後なのか。力を見るだけなら手加減すればいいのに。
「今からそんなには急がないだろ? 少しだけ貸してくれよ」
「べつにいいけれど、参考になるかしら。あれならキリが勝つでしょう」
「ですねー」
わたしの予想にユーネが同意する。彼女は一応前衛もするから、その見立ては後衛のわたしより正確だろう。……たぶん。
「どうかな」
けれど元傭兵は肩をすくめた。
新人の女の子が踏み込む。構えはぎこちなかったけれど、一応心得はあるのかちゃんと様にはなっているし、もともと運動神経がいいようで打ち込みが速い。
……とはいえ、わたしから見ても初動が大きい。キリは余裕をもって避ける。
「とりあえずスピフィの技は禁止してある」
「妥当ね」
わたしは頷く。
キリが細かく突きを放つ。女の子は危ういところで避ける。大きくバランスを崩して転びそうになりながら、なんとか間合いの外へ。体勢を立て直す。
スピフィの技とは、限定的かつ瞬間的な身体強化の魔術のこと。術式の大幅省略によりほとんど感覚で使用するそれは、安全性までザックリと削られている。そんなにポンポンと使っていい代物ではないのだ。本家であるスピフィですら、ここぞというときの決め技として使用していた。
「ルールは武器を相手の防具に当てれば勝ち」
「余計な怪我を避けるためね」
少女の再度の踏み込み。大振りの横薙ぎをキリはしっかりと受けて、続く攻撃も落ち着いてさばく。
防具に当てるのは剣術試合だとよくあるルールだ。木の棒でも思いっきり殴れば怪我するし、死ぬことだってあるから、貴族の試合でよく採用されるのだ……とエルノから聞いたことがある。
つまり、わざと武器を落として隙を誘う例の技は禁止というか、意味がないらしい。
「それと、絶対に勝てって言っておいた」
「あの相手なら当然でしょう?」
「ああ、当然だな」
戦士の男は試合を見ながら、大きくため息を吐く。
「初めての格下戦だ」
……なんて、意地が悪い。
「自分より強い相手になら覚悟キメて踏み込める。そうしないと勝てないなら、百のうち一しかない勝ちをもぎ取りに行ける。だが当然勝てる相手だと無駄に慎重になっちまうもんで、危険なく勝とうとして踏み込みが浅くなる。……特にガキんちょはゴチャゴチャ考えながら戦うタイプだからな、半分も力が出せんだろ」
キリはニグやヒルティースにも未だに勝ったことがないと言っていた。他の戦闘訓練参加者だって、冒険者歴一年の十歳に負ける弱者はいない。
今まで遭ったキリより弱い敵となると、下水道の大ネズミくらいだろうか。けれどあれも最初は苦戦していたし、人型ではないからこの試合に関しては忘れていいだろう。
わたしの目から見ても、あの少女は剣の初心者のように見える。であれば格下扱いも妥当だ。危うい冒険を潜り抜けてきたキリの方が、戦士としては上。
だから絶対に勝て、なんて言って、心に重石を乗せた。
キリが踏み込む。踏み込みが浅い。反撃の振り下ろしを避ける。大きく避けすぎ。一旦離れて体勢を立て直す。
単純に技術がない素人と、負けないことを意識しすぎて決め手に欠ける少年の攻防は、最初こそ緊張感があったのに時間がたつにつれてグダグダになっていく。見るからに間合いが遠いから二人とも攻撃を避けることはできるのだ。
こうなると切り札を二枚とも封じられたのが痛い。
「おおおう、白熱ですねー」
ユーネは手に汗を握っているが、あれを見世物にしてもおひねりは貰えないだろう。
二人ともだんだん疲れてきたのか動きが緩慢になってきて、振った武器が流れるようになっていく。審判しているニグとヒルティースの表情がどんどんイラついてくる。
―――わたしも、少しイラッとしていた。
「貴方なら、もっとやれるでしょうに」
うさんくさい魔術に頼らなくても、一か八かの奥の手に賭けなくても、キリならあれくらいの相手には勝てるはずなのだ。
いいや、勝てなければならない。彼はケルピーやブリザードウォレスを倒したほどには成長しているのだから、あんな冒険者の詩に憧れて来ました、なんてキラキラした目の新入りくらいあっさり倒すくらいでなければ。
「……格下、ね」
言葉に出して呟けば、苦いものがじわりと広がる。
そういう後輩ができるくらいには、彼は成長しているのだ。実際に実力をつけているし、結果も出しているし、冬には勇者候補に誘われたくらい。
それに対してわたしは、修練をしたり新しい術を覚えたりはしているけれど……彼ほどには成長できていないと、そんなどうしようもない確信はあるのだ。




