ペガサスに乗って、空へ
「私の感知には反応なし」
「わたしの探査には反応あったわ。距離は分からないけれど上流ね」
リルエッタとシェイアはケルピー探しに使用する魔術を分担し、リルエッタが反応を拾う。ケルピーは珍しい魔物だから見つからない可能性もあったけれど、どうやらいてくれたらしい。討伐依頼は出てなかったから幸運だ。……人を襲う魔物がいることを幸運って、ちょっとどうかと思うけれど。
「じゃあ、距離がありそうだね」
感知は範囲は狭いけれど周囲の詳細な情報が得られる魔術。探査は方角だけだけれど広範囲を探せる魔術。だからシェイアが感知できずリルエッタの探査に引っかかったのなら、すぐ近くにはいないということになる。
「それじゃ、先行するっスね。見つけたら鳥笛で合図するんでヨロシクっス!」
手を挙げてテテニーが先へ行こうとする。
兎獣人である彼女の野外斥候能力は、たぶんハーフリングのチッカ以上だろう。このメンバーのメイン斥候は彼女しかいないし、彼女が先行することに誰も疑いは挟まないはずだった。
「……いいや、待ちたまえテテニー君」
けれどペリドットは思案顔でそれに制止をかける。先ほどは取り乱していたけれど、どうやら立ち直ったらしい。
「ケルピーは魅了を使うからね。いくら君でも一人で先行は危険だ。最悪、僕らが知らぬ間にケルピーの背に乗ってしまうかもしれない」
「馬は可愛いと思うっスけど、あんまり乗りたいとは思わないんスけどね……」
「可愛いと思うのならばあとは乗るだけサ。メルセティノに跨がって草原を駆けるのは気持ちいいよ。君も一度思いっきり風を感じてみるといい」
「自分の足で駆ける方が性に合ってるからいいっス」
「……まあ、魔物の魅了は甘く見ない方がいいからね。警戒はしておいて損はないだろう」
少し寂しそうにウンウンと頷き、ペリドットは軽く深呼吸してから、丸眼鏡の女性……レイミィへと向き直る。
どうやら話しかけるのに心の準備の時間が必要になったらしい。
「レイミィ君。君に偵察能力がないことは理解したが、やはり空からの偵察手段があるなら使いたい。それで質問だが、そのパカ……ペガサスで君とテテニー君の二人乗りは可能だろうか? 上空から遠距離で見るだけならば魅了も効きづらいと思うし、そうとう近づかなければ相手が見えない君は魅了に罹りにくいだろう」
ああ、視力が悪いことを逆手にとるのか。
ケルピーは美しい魔物だから、魅了の力もきっとその美しさに由来しているはず。でも近眼のレイミィは距離があるとボンヤリとしか見えない。
たしかにいい作戦だ。ちょっと裏技っぽいけれど、それをすぐに思いつくところもすごい。
「あ、なるほど。それでしたら問題ありませんよ。パカパカちゃんは荷物を運ぶこともありますから、彼女くらいの重量であれば問題ないでしょう」
その提案をレイミィは快諾する。ギルド職員はできるだけ冒険に協力するというのは本当のようで、答える速度に迷いがない。
「―――自分は嫌っス」
そして、こっちの拒否も迷いがなかった。
テテニーは自分の胸に手を当てて、いつもの元気いっぱいな笑顔ではなく、柔らかく儚げな笑みを浮かべる。
「みんなは兎が空を飛んでいるところを見たことがあるっスか? 自分はあるっス」
兎が空を飛ぶ。跳ねるではなく。
なんだろう。またなにかのクイズだろうか。……どちらかといえばナゾナゾかな。
「羽のある豚ならともかく、翼の生えた兎の魔物がいるって話は聞いたことがないわね」
「翼のあるお馬さんならここにいますけれどねー」
リルエッタとユーネも分からないようで首を傾げている。ところで、豚に羽があっても飛べるのだろうか。
「魔物の話じゃないっス。普通の野ウサギっスね」
テテニーは首を横に振ると、手のひらを額に当てて庇を作り、空を仰ぐ。
「兎が空を飛ぶとき、それは大きな猛禽の爪に掴まれて運ばれてるときっス」
ああうん。それは飛んでるね。
兎の獣人だし、それを見た時は感情移入しちゃったかもしれない。
「……君、高いところは平気だろう?」
「か弱い兎獣人のことを分かってないっスねリーダー。自分の足で逃げられる場所ならいいんスよ。空なんて逃げ場なんかどこにもないじゃないっスか」
「バッハッハ! 兎獣人を知らん者なら、か弱いと勘違いするのも無理はないと思うがの」
「船は平気そうでしたがねぇ。海と空は違うのでしょうか」
兎獣人のことは有名ではないはずだけれど、パーティにいればさすがにどういう性質かは知っているのだろう。
テテニーは最初に会ったときからすごく元気だったし、か弱いとまでは感じなかったけれど、僕も最初はもっと平和的な種族だと思ってたなぁ。
「というか、そもそも自分が行く意味がないんスよね。だって自分の斥候、耳に頼るところが大きいっスもん。お空でなにを聞けって言うんスか」
「まあ、無理強いする気はないからいいけれどね」
ペリドットは肩をすくめると、僕へと向き直る。
「というわけだ、キリネ君。斥候として空からの偵察、頼めるかい?」
天馬が雪原を駆ける。輝くほど白い翼が広がる。大きく羽ばたく。
蹄が一際強く大地を蹴る。
空へ、舞い上がる。
「わぁ!」
肌が裂けそうなほど冷たい風が容赦なく顔を叩いた。速度と高度が上がるごとに厳しくなっていく。振り落とされてしまいそうで、ペガサスの首にギュッと縋り付いて、脚で馬体を挟むように力を入れる。
とてもじゃないけれど目を開けてられない。ペガサスに乗れるって言うから安請け合いしたけれど、これ思った以上に恐い!
「あはははは、大丈夫ですよ。パカパカちゃんは賢いですから、落とさないように飛んでくれます」
僕が恐がる様子が可笑しいのか、後ろのレイミィが笑いながらそう教えてくれた。彼女は片手でペガサスの手綱を操りながら、もう片方の手で僕が落ちないよう支えてくれている。
天馬も騎手も落ちないようにしてくれるのは分かるけれど、それはそれとして高いし速いし恐い。あとほとんどレイミィに抱きかかえられる形だから恥ずかしい。
「ペガサスは翼と魔力で空を優雅に飛びますが、最初に飛び立つのは上手くないんです。だからまず助走をつけて、速度を出してから羽ばたくんです。……けれど一度飛んでしまえば、ゆっくりと飛ぶこともできますからね」
レイミィの言うとおり、風の勢いが弱まるのを感じた。白く広い翼が広がったまま動かなくなって、大きい弧のような軌道を描くのが分かる。
「ようこそ空へ。景色を見ないと損ですよ!」
そう声をかけられて、僕は薄く目を開けた。おそるおそる眼下を見る。
真っ白な雪原と、美しく大きなマルムニルド川と、雪を被った木々と、雪化粧したヒリエンカの町並みが見えて。
真下で、すごく小さくなったみんなが手を振ってるのが分かって。
「うわぁ……」
思わず口をポカンと開けて、景色に魅入った。
僕は本当に、ペガサスに乗って空を飛んでいたのだ。




