ペガサスライダーの価値
ヒリエンカの壁は高く分厚いけれど、さすがにマルムニルド川までは囲めていない。なので水棲の魔物がたまに町中へ入ってくるのが悩みの種ではあるのだけれど、なにしろ今の技術では橋を渡すこともできないほど大きな川なので解決することは難しい。
ただ定期的に兵士たちがマルムニルド川の上流を巡回して魔物狩りをするため、町中に魔物が出ることは本当に珍しく、それどころか町の近くに来ることすらあまりないほどだった。
「ただし、ケルピーは違う。町の近くでの目撃例が多いんだ。人を背中に乗せて水底に引き込む魔物ということだから、人里近くにも恐れず寄ってくるんだろうね」
マルムニルド川の景色を臨み、ペリドットは解説してくれる。
僕も暴れケルピーの尾びれ亭の冒険者だからケルピーについては多少知ってるつもりだけれど、その話は聞いたことがなかった。たぶん調べたのだろう。……急に知らされた結婚式のためにしては用意周到だから、きっともっと以前に。
「けれど、兵士たちの巡回ではケルピーは狩られない。冒険者が討伐に出ても成功率は高くない。キリネ君、なぜだと思う?」
「え? えっと……」
急にふられて、僕は顎に人差し指の甲を当てて考える。まさかクイズにされるとは思わなかった。
「水の中に逃げちゃうから?」
「そのとおり、満点だね」
僕の解答にペリドットは微笑んで拍手してくれる。
良かった、当たってた。いきなりだったからビックリしたけれど、正解すると嬉しい。
「ケルピーは馬の姿で人を誘き寄せて食べてしまう魔物だ。狩りの方法としてはなかなか知性を感じる部類だと思う。そして彼らは人を騙すその性質から、ある程度人という種を知っているのではないか、と僕は考えるんだ。たとえばわざわざ水底に沈めてから食べるのは溺死させる目的の他に、その人間に仲間がいても水の中なら手出しできないから、という理由もあるのではないか、とかね」
ペリドットの口調がいつもより早口で熱っぽい。やっぱり馬好きだから、すごく調べたんだろうか。
……それとも、これは他の魔物でもそうなのだろうか。
これだけ調べて、じっくり考察して、ちゃんと対策を考えて、冒険に出る。それをごく自然に、楽しそうに普段の他の魔物の討伐でも行っているのであれば―――
「つまりケルピーは警戒心が非常に高い魔物なのではないか、とぼくは思うわけだよ。兵士たちが狩れないのも、武装してまとまった数で行動するから察知された時点で警戒されるんだろう。おそらくだけどぼくらも、この人数でゾロゾロ行ったらすぐに水中に逃げられてしまうのではないかな」
「じゃあなんでこの編成で来たのよ」
楽しそうに話すペリドットに、リルエッタがもっともなツッコミを入れる。
ホントに、そこまで考えてるならなんでこの人数で来たのか。
「バッハッハ! なに、ピクニックは大人数の方が楽しいじゃろう」
「携帯食料ではなくちゃんとしたお弁当を用意してくるべきでしたねぇ。残念ながら雪見のための酒しか持って来てません」
「言っておくっスけど、ここで酔い潰れたら置いていくからちゃんと凍死するんスよ」
やっぱりなんにも考えてないかもしれないな、この人たち。
「フフン、戦うのは僕たちがやるサ。君らはあくまで魔術でのサポートがメインと思ってくれればいい。そうだね、警戒されないようにしたいから、近づくのはぼくとダルダンだけでいいだろう。テテニー君とコルクブリズも離れた場所で援護してもらおうかな」
「……それ、僕の仕事ないんだけれど」
シェイアとリルエッタは探索と魔力抵抗の魔術で役立てるし、なんなら遠間から攻撃魔術だって使えるだろう。ユーネもいざという時は治癒術で回復できる。
僕は遠間で戦える武器なんか持ってないからな……弓とか買って練習しようかな。それか、チッカに投げナイフを習うとかどうだろう。
「キリネ君は魔術を修行してるんだろう? スピフィの技も使えていたし、探査の魔術は使えないのかい?」
「え、この子は魔術士なんですか? この装備で?」
レイミィが僕の革鎧を見て聞いてくる。まあ、そういう反応にもなるよね。
鎧は魔術を扱うのに邪魔になる。魔術の工程にはオドという体内の魔力を使って、マナという自然界の魔力を利用するっていうのがあるのだけれど、それが鎧を着ているとやりにくいのだそうだ。
だから魔術士はリルエッタやシェイアみたいに、軽装でいることが多い。
「まだ普通の魔術は使えないかな。もう少しでできそうな気はするんだけれど……」
「たしかスピフィという方は黒鱗シーサーペントの剣牙亭の筆頭冒険者ですよね? その技とは?」
「えっと、一瞬だけの身体強化みたいな魔術だね」
僕はザックリとだけ説明する。
けっこう難しい話になっちゃうし、あの技は魔術士の偉い人が見たら激怒するらしいから、細かく話す必要はないだろう。
「というか、もう仕事ではないことは分かっただろう? プライベートの時間に査定官がついてきて点数を付けられるというのは、このぼくをしても理不尽に感じるのだけれど」
「うう、それはおっしゃるとおりですみません。でもここまで来て帰れってけっこう酷くないですか?」
「そうかね? お忙しいギルド職員の時間を無駄にとってしまうのが心苦しいだけなのだけれど」
ペリドット、本当にレイミィのこと好きじゃないんだな。
「うう、邪険にしないでくださいよ……。他にも同行する理由ならありますし、うちだって好きで監査なんて嫌われる仕事してるわけじゃないですもん……」
「まあついて来たいというのであれば断りはしないけれどね。じゃあせめて役に立ってくれると嬉しい」
まあここで折れるくらいには、ペリドットも自分の感情が理不尽なものだと自覚してるのだろうけれど。
レイミィがペガサスに乗って来たことも、そのペガサスにパカパカちゃんと名前をつけていたのも、両方とも彼女の事情である。ペリドットが文句を言える筋合いはないのだ。
「お役にたつ、ですか?」
「君にとっては簡単なことだ。その……ペガサスに乗って、上空からケルピーを探してくれればいい。警戒心が強いと予想されるケルピーを狩るなら、こちらが先に見つけるのは必須だからね」
「あ、そういうことですか。すみませんがそれは、ご期待に添いかねます」
実際、それはレイミィにとっては簡単なことだった。上空からの偵察といえば物語に出てくる天馬騎手の主要な出番ですらある。
なのに、彼女は断った。
「………………それは、監査員として冒険者には協力できないということかい?」
「いえ。規則などはありませんが、冒険に同行する場合、監査員は冒険者にできる限りの協力をするのが通例です」
「ではなぜ?」
問いに、彼女はフッと笑みを見せた。
まるで、察しの悪い相手に呆れるかのように。
「―――うちを見て、なにか気づきませんか?」
そう言って、彼女は顔を隠すように右手を持ち上げ……丸眼鏡の位置を、クイッと直す。
その仕草を見て、僕はその答えに思い至る。
「もしかして……目が悪いから遠くが見えない?」
「あ、キリネ君が正解ですね。そうなんですよ。眼鏡があっても少し離れるとボンヤリとしか見えなくて、偵察とかできる気がしないんですよね」
それは仕方ないね。グミさんもそんな感じだし。
眼鏡を外すと本当に近くしか見えないらしいから、あのレンズはすごいにはすごいのだと思うけれど、それはそれとして普通に目がいい人に勝てるほど視力が良くなるわけではないんだよね。
「リーダー、どうどう。落ち着くっス。武器も持ってない相手に喧嘩売るのは優雅ってヤツじゃないっスよ」
「テテニーの言うとおりだの。アレはお主とは完全に別世界の手合いじゃ。諦めろ」
「なんでしたら久しぶりにお酒の力を借りますか? 嫌なことを忘れるには酔うのが一番ですからねぇ」
槍を構えかけたペリドットがパーティメンバーに囲まれてなだめられているけれど、止められる側なの珍しいな。いつもはあのパーティ、なんだかんだでペリドットが止める側に回ってるのに。
「―――偵察のできないペガサスライダーになんの価値があると言うんだ!」
ついには雪原の上に膝と肘をついて蹲ってしまったペリドットを、彼の愛馬であるメルセティノは気遣うように鼻先をすり寄せた。




