水棲馬を狩りに
「ないでしょ」
「ないわね」
「ないですねー」
「ありえない」
「ウェイン兄ぃにゃ無理だろ……」
「本当だったらスパイの人選を間違っている」
「フフン、君は冗談以外を口にできない病気なのかな?」
「妄想レベルっスね! 凍死しそうになりながらの無駄足お疲れ様っス!」
「バッハッハッハ! アレが密偵とはの。眼鏡の嬢ちゃん、見事なまでのハズレ情報を引かされたようじゃな!」
「フフフフフフフフフフフフフフフフフいやぁ分かりませんよ。南の大陸からしたら、ヒリエンカは攻め込む足がかりとしては悪くないかもしれませんからね。密偵の二、三人紛れ込んでいてもおかしくないでしょう。まあ彼に務まるとは思いませんが」
「だ、誰も信じない……」
ヒリエンカの壁沿いに、雪の積もった道を歩いて行く。
レイミィが来た日の翌日は見事な晴天が広がって、僕らはやっとケルピー狩りへ出向いていた。北西の門から出て壁沿いに北へ向かい、マルムニルド川についたら魔術で探査しながら川沿いを北上していく作戦だ。
メンバーはすごく多い。僕、リルエッタ、ユーネ、シェイア、ペリドット、テテニー、ダルダン、コルクブリズ、そしてメルセティノ。さらに予定外のレイミィとパカパカちゃんまで一緒である。九人と二頭という、冒険者のパーティとしては多い構成だ。
更に話を聞いたニグとヒルティースまで来たがっていたけれど、二人には他の数パーティと共に猪狩りの方をお願いしたので別行動してもらっている。
「あのね、嫌なこと言わないでくれないかしら。というか交易しているのだから、密偵なんて放たなくても町の様子くらいは探れるでしょう」
「ウェインさんもスピフィさんも、普通に船で来たと思いますしねー」
王都の近くにはヒリエンカより大きい港町があるらしいから数は少ないらしいけれど、南の大陸からの船はたまに来ると聞いている。
船乗りなら町を見回るくらいは簡単だろうな。
「で、でもでも、実際に住んでみないと深いところまでは分からないじゃないですか? しかもこのたびウェイン氏はノグランズ・リオノックス子爵の推薦でBランク昇格の査定となったわけですし、これはヒリエンカ領主と懇意にしているということですから、内部からの工作もやりやすいわけで……」
「寝言」
サクサクと小気味いい音を立てながら雪を踏みしめ、ペガサスの手綱を引きながら歩くレイミィの憶測は、シェイアが一言で切り捨てる。
まあウェインは領主様に取り入ろうとしたことはないから、そういうのもないだろう。
けれど面白いな。王都から来たレイミィからすれば、ウェインはずいぶん優秀な密偵に見えるらしい。
「……そもそも、君はどうしてぼくたちについてきているのかな? ぼくはなにも聞いてないのだけれど」
「朝みなさんの前で説明したはずなんですけれどっ?」
レイミィの隣でメルセティノの手綱を引いてペリドットが眉をひそめて、その今さらの問いに薄紅色の髪の女性は涙目になる。
ペリドット、昨日から放心状態だったからね。
「その……今回、ウェイン氏の昇格査定および国家間スパイ容疑について検めるのがうちの仕事なんですけれど、肝心のウェイン氏は不在のようですし、でしたら彼をよく知る方からまず話を聞いておきたいというのが一つです。店主様に確認したところ、あなた方に聞くようにとのことでしたので」
「なるほど、参考になったかな? ではもう帰ってもいいのではないかな?」
「すみませんすみません! それだけではありませんのでどうか追い出さないで!」
ペリドットのレイミィに対する当たりが少しキツいな。たぶんだけど、ペガサスにパカパカちゃんって名付ける人とは相容れないのだろう。
可愛いけどね、パカパカちゃん。けどもう少し考えて名付けても良かったんじゃないかな。
「ギルド本部から仰せつかってるんですよ。せっかく地方に行くんだから、ってついでにいろいろ仕事をしてきな、って」
「……王都から見たらそうなのかもしれないけれど、しれっと田舎呼ばわりされるのはイラッとくるわね」
二人の後ろで、リルエッタが僕らだけにしか聞こえないように呟く。
まだヒリエンカの壁沿いを歩いているだけだからか、今の隊列はけっこう適当だ。一応テテニーがすこしだけ前を歩いているけれど、海猫の旋風団はほぼ横並び。そこにレイミィとパカパカちゃんも並んでいて、僕とリルエッタとユーネ、そしてシェイアはその後ろをついて行っている。
なんだかみんなで町中を散策してるぐらいの気軽さだ。
「昨日はランク査定官および懲罰執行部として自己紹介させていただいたんですけど、その二つは両方とも冒険者ギルドの監査科管轄になるんです。つまりうちは、大枠でギルドの監査員でもあるのですよ。なので普段やっている本来の仕事とは別ではありますが、遠征にあたりヒリエンカの冒険者ギルド支部の様子を本部に報告するお役目も与えられているのです」
監査科。どうやらギルド本部で、レイミィはそういう仕事をしているらしい。
つまり冒険者たちの評価をする人、ということなのだろうか。たしかにランク査定も懲罰も、冒険者の管理という意味では一緒ではある。そして今の話では、さらに冒険者の店の評価もするってことで……。
「なんか、ザックリまとめすぎではー?」
「もしかしてレイミィ、余計な仕事を押しつけられてるんじゃないかしら」
「人手不足?」
僕の横でヒソヒソと女性陣が話し合うのが聞こえてくる。
それがホントならやだな。冒険者ギルドって大きい組織だって話は聞いてるから、王都にあるっていう本部はもっとしっかりしたものであってほしいんだけど……。
「―――そしてその中には、暴れケルピーの尾びれ亭が冒険者たちをきちんと指導しているか、つまり冒険者たちの仕事がギルドの基準に達しているか、などの視察も含まれています。なら、まず店の筆頭パーティであるあなたたちの冒険を見させていただくのは当然ですよね?」
レイミィの話に、僕は耳をピクリと動かす。
仕事に、ギルドの基準なんてものがある? それ知らないんだけど。少なくとも僕はそういう規則みたいなのは読んだことがない。
もしかしてあれだろうか。薬草は正しい方法で採取し痛めないように運ぶこと、みたいなの。それともゴブリンの群は完全に殲滅することとか、立ち寄った人里でのトラブルはなるべく避けるみたいなの。
どれも破ったらバルクの鉄拳がとんでくるやつだ。冒険者たちは痛みと恐怖でそれを叩き込まれているわけだけれど、基準なんてものがあるのならどこかに書いておけばいいのではないか。
……いや、冒険者って基本はものぐさだし、そもそも文字が読めない人が多いから貼り出しても読まれない可能性の方が高いのか。
「ふうん? それはいいけれど、今回はただの狩りであって依頼じゃないよ」
「え」
ペリドットの言葉に、レイミィが口を歪める。
「フフフフフフフフ。ハンティングクエストだと思いましたか? 都会と違ってヒリエンカはあまり狩猟依頼がないんですよねぇ。冒険者に魔物を狩らせて商売に使う、ということをする下地がないもので。上質品とはつまり高級品、贅沢品ですから、文化水準が高くなければなかなか需要が生まれにくいものです」
「田舎……」
「バッハッハ! 店主のバルクと受付のイルゼが結婚することになっての。今回は結婚式に用意する料理の食材狩りじゃ。嬢ちゃんも宴に参加していくといい、酒はまだ早いかもしれんが、美味いもんはたらふく喰えるぞ」
「ええっ? いやいやいやいや、うち何歳だと思われてます? お酒くらい飲める歳ですけど」
「ほう、そうなのか? 人間の歳は未だに判別が難しいの。たしかに嬢ちゃん、背格好に比べて胸は大きいが……」
「デリカシーの欠如でランク評価下げておきますね」
横からコルクブリズとダルダンに絡まれて、レイミィはこめかみを押さえつつも会話を弾ませていく。
ランクにあまり執着がないのかダルダンが大笑いして、コルクブリズが珍しく神官らしくたしなめて、ペリドットがペガサスのパカパカちゃんから目を逸らすようにメルセティノの芦毛を撫でながら歩いて。
「なんかレイミィ、最初の印象と違うな……」
寒さに震えて暖炉の前で毛布にくるまってた姿はなんというか、こう言ってはなんだけれどどんくさいというイメージが強かった。すぐ謝るのも僕に対してすら敬語を使うのも、その印象を強くしていたと思う。
けれど海猫の旋風団と会話している今は、少しだけ違う気がした。まるで、Bランクのパーティと並び歩くことが普通みたいな。
さすが監査員ということだろうか、冒険者にはかなり慣れているらしい。
「お、川が見えてきたっスよ!」
テテニーの声に先へ視線を向ければ、陽の光を反射して輝く白い雪景色を分かつように、壁の外では初めて見るマルムニルド川が流れていた。




