ペガサスライダーの提案
「高い! 綺麗! すごい!」
陽の光を受けて白銀に輝く雪原を臨みながら、抜けるように蒼い空を飛ぶ。
ゆっくり飛んでくれているから冷たい風も気持ちいい。首に触れた手に感じるペガサスの体温が温かくて、力強い羽ばたきが頼もしい。
「子供らしい反応、嬉しいですね! ずいぶん落ち着いた子だなって思ってたので、ちょっと安心しました。けれど景色に気を取られてあまり身を乗り出さないように!」
後ろのレイミィが僕のお腹を抱え直す。たしかにここから落ちたら危ない。落下制御の魔術なんか使えないし気をつけないと。
しかし、レイミィにそんなふうに思われてたのか。
落ち着いた子、村にいたころはそう言われてた気もするけれど……どうだろ。僕、それについては最近ちょっと同意できない。だって―――もう一年近く、落ち着いた生き方をしていない。
「大人しかったら冒険者なんてやってないんじゃないかな?」
「ごもっともですね!」
横からの風を受けて、それに逆らわずペガサスが身体を傾けながら気流に乗る。さらに高度が上がる。
「装備からなんとなくそうかなと思ってましたけれど、キリネ君は斥候もできるんですね」
そう聞かれて、少しだけ考える。斥候も、というのは違う気がした。
「たぶん、冒険者としての本職は野伏になるんだと思う。戦闘の訓練は毎日してるけれど、身体が小さいから前線構築できないし……僕の師匠も野伏だったからね」
正確に言えば、ムジナ爺さんは野伏とはちょっと違う。けれど薬草採取の達人だなんて言ったところで、たぶん混乱するだけだろう。
「いい師匠に会いましたね。小さい身体は物陰に潜みやすく、軽い体重は音を立てにくい。とても斥候向きです」
それはハーフリングが斥候に向いてる理由だ。まあ僕にはあの種族の鋭敏感覚はないから、斥候能力では勝てないけれど。
「成長すればそのうち身体は大きくなりますから、戦闘技術はそれから本格的に身につけるといいでしょう」
「それはダメかな。魔物に遭っちゃったら、成長するまで待ってもらうわけにはいかないしね! 早くちゃんと戦えるようにならなきゃ、仲間も守れないし」
「たしかに、あの女の子たちは運動があまり得意じゃなさそうでしたからね!」
眼下に広がる景色を見ながら、マルムニルド川沿いの川辺にケルピーを探しながら、僕らは風に負けない声で会話をする。ペガサスに乗ってるからか気分が昂ぶって、自然と声が弾んでしまうのが止められなかった。
「レイミィはやっぱり監査の人なんだね! よく見てる。全然監査っぽくないけど!」
彼女が今回のケルピー狩りについてきたのは海猫の旋風団が目当てだろう。けれど僕も、リルエッタとユーネのこともちゃんと見てるようだ。もちろんシェイアのことも見ていたのだろう。
「それはそうでしょう。うち、普通の監査とは違いますからね。本当はランク査定員も懲罰執行部も押しつけられてるだけで、本来の業務は違いますし」
「え、そうなの?」
「そうそう。きっと今回のウェイン氏のスパイ疑惑だって、早急に事実確認が必要であるとかなんとか言って、うちとパカパカちゃんに全部丸投げするためのこじつけに違いないんですよ。なにせ王都からだとけっこうな時間がかかりますから、こんな地方にまで誰も来たくないんです。これだけ雪が降る季節は特に、寒いし馬車も動かないですからね!」
うわぁ、そういうことか……。ウェインがスパイってさすがにないだろうと思ってたけれど、レイミィがペガサスに乗れるから遠方の仕事を全部押しつけるために、あえて緊急の仕事ってことにしたんだ。
なんか可哀想だな。ペガサスに乗れるっていいことばかりじゃないのかもしれない。
「そうなんですよ。まあ一応監査科なので同じ部署ではありますし、懲罰執行部からはよく伝令を頼まれるからいつものことですし、それはいいんですけれどね。でも今回はせっかく遠出するんだからって、監査科以外にも仕事を押しつけられちゃって。―――ヒリエンカの下水道で発見された超純度巨大魔石の買い付け交渉とか、本当に監査全然関係ないじゃないですかね……」
「―――は?」
下水道で発見された魔石って、そんなの一つしか思い当たらない。
「ダメだよあれは! 町を護るための魔石なんだよ!」
僕らが東側で見つけた遺跡は、下水道で精製した魔力を魔石として保存し、災害が起こりそうになったらその魔力を使って町を護る機構を有していた。
つまり、あの遺跡の魔石はそのままにしておかなければならないものだ。
「ああ、やっぱり知ってるんですね。見つかったのは東側だってことですが、西側の支部の冒険者が知ってるってことは、町の人にも広まってるのでしょうか?」
町の人たちが知っているのなら、領主様は魔石を簡単には売りに出せないってことだろうか。たしかにそんな大切なモノをお金欲しさに売り払っちゃうような領主はみんな嫌うだろう。
「すごい魔石があるって分かったら盗もうとする人が出るかもしれないし、詳しいことは言わないようにって口止めされてるから、知ってる人は少ないと思うよ。でも、領主様はあの遺跡の価値を知ってるから魔石は売らないと思う」
東側のあの遺跡は今、領主様の管理下にあるはずだ。
一時期は完全に下水道の立ち入りが禁止されたらしく、東側の大ネズミ討伐の冒険者がわざわざ西側に来て依頼を請けてに来ていたほどだった。今はそれもなくなったけれど、まだ兵士が下水道の一区画を封鎖しているらしい。
「おや? では、なぜキリネ君は知ってるんです?」
「あれ、僕らが探索した遺跡だし」
「え―――」
あの遺跡と魔石のことは知っていても、どうやら僕らのことは知らなかったらしい。
レイミィはしばし言葉を失って、その間もペガサスはゆっくりとマルムニルド川の上空を飛ぶ。
「たしかにあの件の報告書、CランクとEランクの冒険者の混合パーティだって書いてましたね……もしかしてキリネ君ってけっこうすごい冒険してます?」
「あのときは僕ら、あんまり役に立てなかったけどね」
それにあの冒険のほとんどは下水道で遺跡の入り口探してたから、すごい冒険だったかと言われると微妙なところだ。結局チッカが見つけたし、骸骨騎士は強かったけれどザガムが倒したし。
というか、余計な話をしちゃったかもしれない。……よくよく考えたら、あの遺跡は教会もマグナーン商会も知っている。魔石を売るとしてもその有力な二つを納得させるのは難しいのではないか。領主様自身も魔石を簡単に手放すとは思えないし、ちょっと可哀想だけどレイミィの交渉は失敗するだろう。いらない心配だった気がする―――
「―――いた」
話している最中も視線は眼下へ。
冒険者になりたてのころからずっと、冒険中の周辺警戒はやってきた。喋りながらでも薬草採取しながらでも、問題なく続けられる。
遠目でも一目で分かった。白と水色の中間くらいの毛並み。川縁に腰掛けるようにして、魚の尻尾を水に浸している。
雪に紛れそうだけれど、間違いない。僕の持ってる冒険者の店証にも書かれているあの姿だ。
「レイミィ、見つけたよ! あそこの川がくねってるとこの川岸で休んでる。まだだいぶん距離があるから、こっちには気づいてない」
「ええっ、どこですかっ? ぜんぜん見えませんけど! そのくねってるところも分からないですけどっ?」
視力が悪いからか指で示しても見えないらしい。ペガサスが少し速度を上げて、川辺にいる水棲馬がいる方へ近づいていく。
僕が見えた時点で偵察は成功してるから戻るべきなんだけれど、僕が指で示す方がけっこう遠いからかレイミィは半信半疑らしい。なるべく高度を上げてもらって、ケルピーに気づかれないようにしてもらう。
「……うわぁ、本当だ。なにかいるのはぼんやり見えてきました。よくあの距離で見つけましたね。キリネ君って目、すごくいいんじゃないですか?」
「どうだろ? あんまり人と比べたことないけれど」
きっと眼鏡の人よりはいいのではないかとは思うけれど。
でもリルエッタとユーネと薬草採取に行くときは、薬草を見つける勝負で負けたことがないな。
「こっちにはまだ気づいていない……ですよね? お休み中でしょうか。肺呼吸でしょうし、水中にずっとはいられないのかもしれません。―――キリネ君、魅了も大丈夫そうですか?」
「そういえばそんなの使うって言ってたね。平気だよ。まだ範囲外なのかな?」
「軽くクラリともしていないのでしたら、たぶん常時発動ではなくて任意行使の魔法です。気づかれないうちは大丈夫」
見たら自動的にかかっちゃうんじゃなくて、魅了したいと思った相手にだけ効くってことだろうか。なんだかケルピーではなく、魔物全般に詳しそうな物言いだ。
手綱が操られて、ペガサスが弧を描くように旋回する。……その間だけ、沈黙が降りる。
思考のような、躊躇いのような、イタズラを計画するような時間。
「これでも王都の冒険者ギルド本部職員ですからね。ある程度は知識もあります。―――ねぇキリネ君。提案ですが、どうでしょう? あの魔物、うちたちだけで倒してしまいませんか?」
声はちょっと面白がってそうで、驚いて後ろを見たら、眼鏡越しに僕を試すように笑っている紫色の瞳と目が合って。
「ここで仕留めたらきっと、みなさん驚きますよ」
槍はちゃんと、背負って持って来ていた。




