水棲馬ハンティングクエスト
ケルピー。水棲馬とも呼ばれるその魔物は、胴から上が馬で下が魚という外見であり非常に美しいとされる。
水辺に棲息しやって来た人をその美しさで誘き寄せて背中へ誘い、水底へ引き込んで溺死させて食べるという。なおその際、肝臓は食べ残される。
珍しい魔物でありめったに見かけることはないのだが、ヒリエンカ周辺では昔から目撃されているらしい。
そして当然ながら、暴れケルピーの尾びれ亭の店印のモチーフになった魔物である。
僕たちは今日、Bランクパーティ海猫の旋風団と臨時パーティを組んでマルムニルド川を北上し、そのケルピーを探して狩る。
―――はずだった。
神聖魔術士コルクブリズ、二日酔いで寝込む。
ドワーフの重装戦士ダルダン、朝まで飲み続けて爆睡。
以上の理由により水棲馬ハンティングクエスト、後日に延期。
「フフン。ケルピーはこの店のシンボルなのだし、店主の結婚式にはこれ以上なく相応しい食材だろう? そんな魔物の丸焼きが宴の真ん中にドンってあれば見栄えがいい。なかなかいいアイディアだと思わないかい?」
「うん、今回の結婚式のメイン料理には一番だと思うよ」
僕がスコップで雪をすくって木の箱に詰めると、ペリドットは一抱えもあるそれをひょいっと持ち上げてひっくり返す。簡単だけど雪のブロックの完成で、それを互い違いに組み合わせて積んでいく。
冒険者の店の裏庭に、雪の建築物が造り上げられていく。
「それで、貴方たちはやる気あるの?」
「耳が痛いねぇ」
座ってジト目で見ているリルエッタの声に、ペリドットは明るい緑の髪についた雪を払う。
昨日テテニーにケルピー狩りへ誘われてから、冒険者の店に戻ると店内はバカ騒ぎの最中だった。バルクはすでに酔い潰され、火酒が樽で持ち込まれ、僕も知ってる陽気な曲を歌いながらの飲み比べが起こっていた。
僕らは巻き込まれないよう退避したのだけれど、まあ結果は案の定。
「知らなかったわ。二日酔いって治癒術で治らないのね」
「正確には治るけれど使えない、っスね! どこかの酒好きな神聖術士のせいで、この町の教会は悪酔いに対して治癒術使用を禁止しているらしいっスよ!」
深い深いリルエッタのため息に、雪玉を転がして遊んでいるテテニーが答える。どこの神聖術士だろうねそれ。
禁止されたから使わないのか、頭痛でのたうち回ってるから使えないのかはともかく、コルクブリズは二日酔いで倒れている。
今は他の冒険者ともども店内でユーネが介護しているけれど、まああの調子だと昼頃にならないと使い物にならないだろう。
「まあ、ケルピー狩りは明日にしよう。急なことだったから浮かれすぎるのも仕方がないとも。お祭り騒ぎに後先考えず飲み過ぎるなんて、いかにも冒険者らしいじゃないか」
「雪もまだ降ってるし、微妙な天気だからいいけどね……」
そうでなければ冒険者の店の庭で雪遊びなんてせず、僕らは薬草採取に行っていただろう。
勢いは多少弱まってはいるけれど、一晩明けても雪は降り続いていた。空模様を見てもこれから晴れてくるのか、また崩れるのかちょっと分からない。
「というか、ペリドットは平気そうだね」
「ぼくはお酒飲めないからね。下戸に飲ますなんてもったいないって、大酒飲みの二人が飲んでくれるから楽させてもらってるよ」
木箱に雪を詰めて固めながら、彼はウィンクする。そういえば下戸だって聞いたことあったかもしれない。お酒飲んでるとこも見たことないな。
人見知りのテテニーは宴会になんて参加しなかっただろうからともかく、ペリドットはどうして大丈夫なのか不思議だったけれど、そもそもお酒を飲んでないようだ。
「……なぜ私たちを誘うのか分からない」
裏庭にある石窯に寄りかかって空を眺めていたシェイアが、そうボソリと呟く。
「ケルピーは水の魔法を操る強い魔物。けれど、Bランクパーティが倒せないほどの敵ではない」
「水辺にいるとは聞くけれど、見つけるのが難しいらしいからね。それに魅了も使ってくるそうじゃないか。万全を期すなら魔術士がいてくれるとありがたいのサ」
珍しい魔物ではあるけれど、さすがにその魔物の名を冠した店にいるだけあってみんなケルピーに関しては詳しいな。
「それなら私だけでもいいはず」
「君だけだと誘っても来ないだろう?」
ペリドットは笑いながら作った雪ブロックを積み上げる。
図星なのか、シェイアは不満そうに目を細めた。
「それに、今回は仕事ではなく宴だからね。できるだけ安全に、そしてみんなで楽しんでやるべきだ。雑談まじりに今までしてきた冒険の話でもしながらね」
「あ、自分は東側の下水道の話聞きたいっス! なんか大変だったんスよね?」
「Bランクの話の方が面白いと思うわよ」
リルエッタは辟易した顔をする。……あの冒険、僕らはあんまりいいとこなかったのに、あの後みんなから質問責めにあったからね。海猫の旋風団にだって、最近いなかったテテニー以外にはもう何回も話してるくらいだ。
「あとテテニー君は個人的にキリネ君に相談事もあるらしいから、一緒に冒険に行くならじっくり話す時間もとれ―――おっと」
「相談?」
ニコニコと笑いながら、飛んできた雪玉を避けるペリドット。
意外な内容で僕の名前が出て、僕はスコップを雪に刺して首を傾げる。
「余計なこと言わないでくれないっスかリーダー! 相談じゃなくって、こっそり聞き出そうとしてたんスよ!」
「フフン、まどろっこしいだろう? 今聞いてしまえばいいと思わないかね、キリネ君?」
「別にいいけれど、なにが聞きたいの?」
そう答えるけれど、いまいちその内容が予想できない。
ここにはリルエッタやシェイアもいるのに、わざわざ僕に聞きたいことというのはなんだろうか。この二人が知らなくて僕が知ってること、あんまりないと思うのだけれど。
しかもこっそりって、なにか後ろめたいことがあったりする?
「ああもう、じゃあ聞いちゃうっス。―――カラトアとかいう神官戦士の弱点っスね!」
あ、最近いなかったのってそういうことか。
「あのオバサン、自分の故郷でやりたい放題やってんスよ! ゴブリン討伐して里帰りしたら村の連中全員屈服させて働かせてて、自分は兎人族の終わりを予感したっス!」
「キリネ君の村の神官なんだろう? 里を改善する指揮を執ってたところを奴隷扱いしてると勘違いして、喧嘩売ったあげくボコボコに負けたらしいよ。テテニー君に一方的に勝つなんてすごい人なんだねぇ」
「ゴメンね、それは力になれない」
僕の故郷であるニビトイ村のさらに西、以前ゴブリンの大群に襲われたことがある兎獣人の村はテテニーの故郷らしい。
ゴブリンの件を終わらせて、久々に故郷に戻ってみて、そして神官さんに出会ったのだろう。話を聞く限りそうとうな行き違いがあって揉めたのではないだろうか。
たぶん悪いことはしてないんだろうけれど。でも神官さん、真面目すぎるところもあるからテテニーとはちょっと相性悪いかもしれない。
しかし……神官さん、どうやってあの里の人たちと分かり合ったのだろうか。まさか殴り合いじゃないよね……?
「―――あとは、わたしたちが料理について考えてるってイルゼに聞いて、というのもあるんじゃないかしら?」
「おや、鋭いね。どうしてそう思ったんだい?」
「タイミングが良すぎるだけよ」
リルエッタの指摘に、ペリドットはニコリと笑って髪を掻き上げる。どうやら当たりらしい。
「フフン、君たちばかり面白いことを独占するなんてズルいじゃないか。全力で乗っからせていただくとも!」
「店の筆頭冒険者の言葉とは思えないわね……」
たしかに結婚式用の新しい料理、考えるの楽しかったからね。
あくまで印象でしかないけれど、ペリドットは性格的にこういうお祝い事とか好きそうだなと思う。しかもお酒が飲めないから、身体を動かす方向で張り切っちゃうタイプなんじゃないだろうか。
「でも、意外だね。ペリドットがケルピー狩りなんて」
「そうかい? 今回の狩りの対象としては、けっこう普通の発想ではあったと思うのだけれど……」
「馬、好きでしょ?」
ペリドットは馬好きだ。冒険者の店の厩でメルセティノって名前の芦毛を飼ってるくらいで、よく冒険にも連れて行っている。
ちなみに今、そのメルセティノは少し離れたところで楽しそうに雪の上をゴロゴロ転がっている。勝手にどこかに行っちゃわないか心配になるけれど、ペリドットがいると大丈夫らしい。
「フフン、ケルピーは馬じゃないからね」
「そうなの?」
「肉食だしね」
人を食べちゃうって話だよね。恐いな。
「ケルピーの外見が馬に似ているのは、人や獣を油断させるための擬態だよ。それで近づいて来た相手を逆に襲うという生態なのだと思う。だからぼくは馬肉とはまったく違う味がすると予想しているんだ。それを確かめるというのも今回の楽しみかな」
「馬肉、食べたことあるの?」
「ないよ? 馬を食べるなんてとんでもない」
それじゃ確かめられないのではないか。
「一応、ケルピーに騎乗して水の上を駆けた騎士の伝説もあるのだけれどね。ま、メルセティノがいるぼくには興味ない話だ。すでに最高の愛馬がいるのだから、馬に似てるだけの魔物に惹かれるはずがない。断言しよう、水棲馬の魅了にかかってその背に跨がることは絶対にないとね! なんだったら魔力抵抗の魔術なしで撥ねのける自信があるよ」
狩りの時は絶対に魔力抵抗をかけてあげようね、とリルエッタに目で訴えると、無駄かもしれないけれど、と彼女は瞼を下ろす。
ケルピー戦、僕もがんばらなきゃいけないかもしれないな……。
「そう……なら、あれは?」
石窯に寄りかかって空を見ていたシェイアが、雪が降る上空を指さした。
空になにかいるのだろうか、とその指の先を見上げてみると、雪と白い曇天に紛れるような翼が見える。
「白鳥?」
呟く。遠いけれど、白くて鳥にしては大きいのが分かった。だから思いつく名を口に出した。
けれどすぐに違うと分かる。あれはそんな程度の大きさじゃない。
「あれは―――」
それは雪雲に覆われた空を横断するようにすごい速さで空を駆け、みるみるうちに近づいて来て、その姿を明らかにする。
雪に負けないほど白く輝く毛並み。神々しさすら感じさせる翼は広く、その体躯は細くとも逞しさを失わず、まるで芸術のような均整を体現していて。
「ペガサスだ……」
僕でも知っている魔物。勇者の伝説でも登場する、美しい天の馬。
それはぼくらの上空で舞うように旋回して、白く美しい羽根が一つ、雪のようにひらりひらりと落ちてきて。
翼を持つ天馬はそれを追うようにゆっくりと、優雅に冒険者の店の裏庭へ着地したのだ。




