久しぶりの兎獣人
「やっぱり、目玉になるような料理を用意したいわね。できればメインディッシュがいいわ」
吹雪いていた雪はだいぶん緩やかになって、それでもまだ降り続く。
僕たちはグミさんの家から出て、けれど他に行く当てもなく冒険者の店に戻る。雪道には僕らがやってきたときに付けた足跡しかなくって、靴で踏みしめる音と感触が楽しい。
「せっかく料理を頼まれたんですからー、あっと驚くようなものを用意したいですもんねー」
リルエッタとユーネは肩を並べて歩きながら考えている。グミさんの研究では一つか二つ使えそうな料理ができるかもしれないけれど、たしかにメインは用意できない。
「んー、僕は薬草くらいしか思い浮かばないかな」
薬草採取の依頼は季節ごとに変わる。冬に採取できる薬草は他の季節より少ないけれどあって、依頼に出されていた。
ムジナ爺さんに教えてもらったマナ溜まりもこの季節に出現する場所がある。時期的にはそろそろだし、もしそれが食用になれば珍しくて面白い食材になるのではないか。
「悪くはないと思うけれど……メインにはならないし、今は薬草が足りないって聞いてるわ。納品せずに料理したらバルクに怒られるわよ」
「あー……たしかに」
よく考えたらそのとおりだな、と僕は後頭部を掻く。そんな状況で薬草を料理にしました、なんて出してもバルクは喜ばないに違いないか。せっかくの結婚式に水を差してしまうことになりかねない。
すでに秋頃から言われていたが、暴れケルピーの尾びれ亭では薬草採取の依頼は請ける人が足りない状況だ。薬師ギルドは少しずつ依頼している薬草の値段を上げて、そしてそれを調合して売る水薬の値も上げている。品切れすることもあって、すでに困っている冒険者も多い。
僕らもよく採取には行ってるんだけれど、それでは十分ではないのだろう。どうにかした方がいいとは思うのだけれど……。
「魚なら漁や釣りで獲れますしー、油のために猪を狩る予定だから肉も手に入りますけれどー……」
「新しい調理法や調味料でどれだけ美味しくできるかが問題ね。すでにヒリエンカにある料理より不味かったら意味ないもの」
「そっか、今ある料理に勝たなきゃならないのか……けっこう無謀じゃない?」
イルゼに新メニューを頼まれたはいいけれど、僕らは冒険者であって料理人じゃない。新しい調理法には心当たりがあっても、それを活かす腕はないのだ。それでプロに勝てというのは難しいだろう。
おめでたいから引き受けたはいいけれど、けっこう厄介だぞこの依頼。
「美味しそうな魔物を狩ればいい」
三人で考え込んだタイミングで、それまで無言で僕らの後を歩いていたシェイアが口を開いた。
「魔物図鑑に肉が美味しいと書ける魔物を狩るのが一番」
歩きながら考えていたらしい。しかもけっこう真面目だ。
たしかに美味しい料理が用意できて魔物図鑑にも書けることが増えるのであれば、イルゼの結婚式には相応しいだろう。普段は面倒くさがりなシェイアだけれど、イルゼの結婚はちゃんと祝いたいようだ。
「ハンティングクエストってやつだね。いいと思うけれど……僕らに倒せる魔物じゃないとダメだから、種類が限られちゃうよ」
「狩りは同行する。ある程度の魔物なら問題ない」
おお……珍しくやる気だね、シェイア。
「今は働いていたい気分」
本当にどうしたんだシェイア。
「美味しそうな魔物、ねぇ」
「あまり思い浮かばないんですよねー……」
魔物と聞いて、リルエッタとユーネが難色を示す。
僕らが戦ってきた魔物、ゴブリンとサハギンと大ネズミと骸骨だからね。全部食べたくないな。
魔物料理のお店で食べたものも、美味しいものはあったけれど普通の食材でいいやって思うものばかりだった。あれを結婚式のメインにする気にはなれない。
「獣系の肉なら、猪や熊の魔物かしら。森の深いところに踏み入ればいるかもしれないわ」
「魔物図鑑には書いてあるんじゃないですかー? 冒険者なら試した人は多いと思いますがー」
「たしかに。どうせだから珍しい魔物の方がいいよね。……あ、前に食べた洞窟ワニは美味しかったよ」
「あの場所は念入りに塞がれてる」
四人で歩きながら考えるけれど、あまりいい案は浮かばない。
珍しい魔物は珍しいから珍しいのである。悪さをして討伐依頼が出されるような魔物はほとんどが、またコイツか、みたいなやつだ。たまに依頼書に初めて見る魔物の討伐依頼が載ったりすることはあるけれど、それがちょうどよく貼り出されているなんてことはないだろう。
「改めて考えると、ヒリエンカには本当に狩猟依頼がないのよね」
リルエッタが眉間にシワを寄せてぼやく。
いつも依頼書をチェックだけはしてる僕でも、都から来たツェルミラから初めて聞いたくらいだしね。前にグミさんに依頼されたスピアフィッシュの件はハンティングクエストと言えばそうだけれど、逆に言えばグミさんみたいな人でなければ、わざわざ珍しい魔物を利用しようとしないってこと。
そしてそういった狩猟依頼がないのだから、もちろん情報もない。珍しい魔物が生息しそうな場所を店の冒険者から集めても、あまりしっかりした話は聞けないだろう。
「とりあえず明日にでも森へ行って探してみる? シェイアもいるし、いつもより少し奥に踏み入ってみればなにか珍しい魔物が見つかるかも」
「冬に? アテもなく?」
「やめとこっか」
ちゃんと準備すれば雪が積もる冬でも活動は可能だけれど、赤字でしんどい思いして収穫なしなんてことになるのはさすがに嫌だ。リルエッタの指摘通り、せめて目的地の目星くらいは付けたいところだ。
「お、もしかして結婚式用の料理に使う魔物狩りっスか? それならうってつけのがあるっスよ!」
予想外のその提案は、まさかの上方から。
聞き覚えのある声に視線を向けると、二階建ての建物の屋根に見覚えのある白いフード姿があった。
屋根の上でぴょんぴょん跳ねて大きく手を振ってるその女性は、暴れケルピーの尾びれ亭の筆頭パーティ、海猫の旋風団の最後の一人。
「この長い耳で聞いてるっスよー、バルクとイルゼの結婚っスよね。うちのリーダーも張り切っちゃってるんで、ちょうど良かったっス。ご一緒にどうっス? 魔術士の協力があれば、サクッと狩れると思うんすよね」
被ったフードを少しだけめくって、ニカッと笑顔を見せる兎獣人のテテニー。なんだか会うのは久しぶりだ。
すごい人見知りのくせに気を許した相手にはやたら人懐っこくなる性質の彼女は、最近は全然顔を見ていなかった。同じ宿に住んでるリルエッタとユーネにも顔を見せていないらしくって、二人とも心配していたから、こうして無事な姿を見るとホッとするな。
まあ、海猫の旋風団の様子が普通だから大丈夫だとは思っていたけれど……―――
「というわけで、明日はみんなでケルピー狩りっス! 張り切ってでっかいの獲るっスよー!」
元気だね。うん。




