錬金術師の食生活
「というわけで美味しい料理を探してるんだけれど、グミさんなにかいいの知らない?」
「うむ。君たちはその問題に対して、この世で最も不適格な人物に相談を持ちかけたね」
吹雪の勢いが少し緩んだタイミングで冒険者の店を出て錬金術師の家へやって来ると、死体が横たわっていた。違った。飢え死にしかけの錬金術師が倒れていた。
また研究で食事を忘れたのか、雪で外出が億劫だったのか、きっとどちらもだろう。こんなこともあろうかと持って来ていた携帯食料を食べさせるとすぐ回復したので、今日は絶食三日目くらいだろうか。
壁に背中を預けて座ったグミさんに質問すると、兵器専門の錬金術師は眼鏡の位置を直しながら信じられないものを見る目を向けてきた。
「この非才の身だって食事は美味しい方がいいとは思うけれどね、優先順位は作業中に食べられる、調理しなくても食べられる、短時間で食べられる、栄養価が高い、そして味だよ。あまり興味のあるテーマとは言えないな」
「食事を忘れて餓死するところだった人が言うと説得力が違うわね……」
「この人こそ伴侶が必要なのではないでしょうかー」
たしかにこうしてたまに見に来ないと心配になっちゃうし、結婚とまではいかなくても恋人とかつくってくれると安心なんだけど。
でもグミさん、恋愛に興味なさそうだからなぁ。
「錬金術と料理の関係は深いはず」
なんだか少し引いてるシェイアが、部屋の端っこからそう言ってくる。二人はあまり親しくないはずだから人見知りしているのかもしれない。
「魔術士の認識だとそんなものかもしれないけれど、錬金術の分野は専門化して久しいのだよ。薬物ならともかく、君だって魔術学院の基礎講義で料理関係の特殊調合などやってないだろう?」
「私は学院の魔術士じゃないから」
どうやらグミさんにも、帽子のせいで魔術学院の所属だと思われたらしい。少し敵愾心のある声に、シェイアは辟易とした顔でそう答える。
なんだろうな、イルゼも雑用押しつけられたり論文を横取りされたって言ってたし、グミさんも嫌ってる感じだし、魔術学院の魔術士っていい印象がまったくないな。
「というかそもそも、君はゴブリンロード討伐のとき自動走行車輪型兵器の魔石を抜いた一味の一人だろう? よくもここに顔を出せたね?」
違った。グミさんは正しくシェイアを敵視していた。
「あれは最善だったと自負してる」
「この非才の身に相談の一つもなかったことも?」
「関係者になりたかった?」
「ないがしろにはされたくなかったね、魔術士さん」
まずいな、シェイアの目が泳いでる。明確に非があるから怒られて当然だ。ここに来たことを後悔してるっぽい。
「……あれについては、謝る。ごめんなさい」
「そうかね。ま、子供たちの前だから受け入れよう。しかし君たちの頼みについて、この非才の身には協力する理由がないのだよ」
「ついさっき命を救われておいて?」
今度はグミさんが目を逸らす。
「ま、まあ、ユーネ君たち三人には世話になっているし、多少の手助けくらいはやぶさかでもないかもしれないな。研究の息抜き代わりに少し考えてみるのも面白いかもだ」
顔を隠すようにズレてない眼鏡の位置を直して、グミさんはユーネが用意した白湯を飲む。グミさんは料理のできるユーネに最近餌付けされてきてる気がする。
「……とはいえ、ヒリエンカの食糧事情はけっして貧しいとは言えないと思うのだがね。冬でも食べ物があるし、値段が高騰しすぎることもない。よほど金銭的に困った者でなければ冬を越せるのだから十分豊かだと思うよ。そうだろう、キリ君?」
「まあ、そうだね」
グミさんに同意を求められ、僕は頷く。
村の冬はもっと厳しかったし、昔はもっと厳しかったと大人はよく言っていた。干物や漬物をつくったり、生木を燃やして燻製にしたり、冬越しの準備は本当に大変で忙しかったのを覚えている。
そこまでしても不作で十分な量が用意できなかったり、保存の仕方が悪くて腐らせてしまったりすることもあって、冬が深まると他の家に頼み込んで分けてもらったり川や山で食べ物を探すこともよくあった。なにも食べられない日だってあった。
日々少なくなっていく食料を見ながら春を待つのは、すごく長く感じたものだ。
冒険者たちが全然そんなことをしないのは、ここが町で、豊かだからだろう。冬でも食料がお金で買えるのはありがたいと思う。
「それはそのとおりでしょうね。この町は恵まれてると思う。けれど飢えたくないと美味しい料理を食べたいは別だわ」
「魚介はとても美味しいと思うのだけれどね……」
みんな言うなぁ、魚介が美味しい。
たしかに美味しいと思う。チッカと釣りに行って、その場で焼いて食べる魚はすごく美味しい。
けれどヒリエンカの人は魚介を食べ慣れてるんだよね。もちろんみんな好きではあるけれど、珍しさはない感じ。
「んー、この非才の身の専門は兵器開発だからなぁ。一応、兵站になる保存食や携帯食料であれば以前考えたことはあるのだけれど……急速かつ完璧に水分を抜いて乾物を造る術式とか、砕いて混ぜ合わせた食料をブロック状にして持ち運びやすくする魔術陣とか、ああ甘味の強い果物から果糖のみを取り出してみたものは味も悪くないし―――」
ビシッ、とリルエッタが石化した。そんな気がした。
「……グミさん? そんなもの兵士や冒険者なら重宝するに決まっているけれど、それだけじゃなく市井でも十分売れそうだけれど、なんでそれを商品化していないのかしら?」
「ん? やはり兵器とは違う分野だからね。途中で飽きてやめてしまったんだよ」
飽きちゃったかぁ。
遠征とかだと、小さくて軽くて保存が利く糧秣が大量にいるよね。干物をつくる術式は有用だし、なんなら冬の備えの保存食造りでも重宝しそうだ。
食料をブロック状にするのは、歩きながらでも食べられる感じだろうか。パンより栄養があって日持ちするなら手軽な補給によさそう。
果物から果糖を取り出すっていうのは、もしかして砂糖みたいな感じだろうか。だったら高級品だ。
そりゃ、リルエッタがワナワナ震えるのも分かる。
「再開しなさい今すぐに!」
「ええー……どうしたって加工にコストかかるからオススメしないよ?」
「使えるかどうかはわたしが見てあげるわよ!」
バンバンとテーブルを叩いて催促するリルエッタだけれど、グミさんの専門はもっと破壊的なものだから気分が乗らないんだろうな。料理は爆発しないし。
「でも、そういう食料が気軽に手に入るようになったら、グミさんも助かるんじゃない? 研究の片手間に食べたりとかさ」
「………………なるほど、一考の価値はあるね」
とりあえず研究を再開はしてくれそう、かな。……とはいえ聞いた限り、保存食や携帯食の質を上げる感じだからどうだろう、結婚式用の料理に応用できるかどうかは微妙なところだ。
「……本当は、調味料の知識があればいいと思っていた」
シェイアもアテが外れたようにしている。普通の錬金術師ならそういうのを期待できたのだろうか。
まあ、グミさんは普通の錬金術師じゃないけれど。




