地上の待ち人
出入り口まで戻る。ハシゴを登る。
結局僕たちは休憩してすぐ帰途についた。最上流へ辿り着けても帰れなかったら意味がない。
リルエッタは不服そうだったけれど、彼女も強くは抵抗しなかった。地図のデキが悪いのは自覚していたのだろう。
これでいいと思う。
最初の方のまだ慣れていない時は、リルエッタの魔術頼りだった。あれで魔力を消費したせいで苦しい状況に陥っていたわけで、一回出直すのであれば次はもっと楽に行ける。そんな確信がある。
だから一回戻ること自体は、決して悪いコトではない。むしろ準備を万全にできる点ではいい。
大ネズミの討伐数は正直、足りないだろう。三人で分けるならもっと狩るべきだ。けれど初日なのだし、僕たちの目的は大ネズミを狩ることではない。
「よっ……と」
蓋のような扉に右手をかけて、左手はハシゴに。脚を踏ん張る。
ギイ、と音をたてて鉄の落とし扉が開く。空気が綺麗だ、とここまで感じたことはない。
よし帰って来られた。今日の下水探索……遺跡探索は終わりだ。ここは町の中で、弱い魔物しか出なくて、罠もないけれど、こんな感じなのか、という雰囲気は少し分かった気がする。
「おお、戻って来たか」
「おかえりなさいませ、お三方」
そこに、いるはずのない人がいた。
金属鎧を着て大剣を素振りする禿頭の男性。この寒さにもかかわらず額に汗を掻いていて、かなりの時間を鍛錬していたのがわかる。
庭石に座って竪琴を弾いている黒髪の女性。この寒さがこたえるのか、頭から毛布を被っている。きっと長時間そうしていたのだろう。
「ザガム、ツェルミラ。どうしてここに?」
地上はどうやら、もう夕方らしい。這うようにして僕が地下から出ると、二人は武器と楽器を操る手を止める。
見回してみるけれど、見える範囲にはこの二人以外にいないようだ。黒鱗シーサーペントの剣牙亭の裏手なので、普段は人がいないのだろう。他の大ネズミ討伐の冒険者もいないようだ。
「少々気になることがあってな、出発を延期して、お前たちを捜すことにしたのだ」
「ええ。まさか下水道に潜っていらっしゃるとは思いませんでした。しかし西側の冒険者が東側の下水道へ、いったいなんの御用でしょうか?」
リルエッタとユーネも地上へ登ってくる。二人とも予想してなかったのか驚き顔だ。
「いつかするかもしれない遺跡探索の練習になるかと思って、まずは手頃な下水道を探索することにしたのよ。東側に来たのは地図を描く練習をするため。西側の下水道の地図はもう詳細なものがあったから、それならこっちを描こうと思ったの」
「なるほど。嘘を吐くほどに隠したいことがあると」
来る前に用意していた言い訳をリルエッタが並べたけれど、さらりとそう言われれば、う、となってしまう。どうやらお見通しのようで……いや。
今、僕を見て口の端が上がった。
「どうやら、本当に秘密があるようで」
……やられた。
「性格が悪いわね、ツェルミラ」
「おや嬉しいですね。この町の下に目星がついているからといって、わたくしたちを西の山奥へ誘導した方に言われると、自信がつきます」
リルエッタが渋い顔をするけれど、ツェルミラは本当に嬉しそうだ。性格が悪いって言われて嬉しいんだ……。
「まあ、ヒントはたくさんありましたよ。わたくしが遺跡の話をした後、すぐに図書館に来たこと。わたくしたちと会うなり遠方へ誘導したこと。歴史資料の区画にずっといたこと。下水道の地図を広げていたこと。―――なにより、わたくし自身もこの町そのものに違和感を感じておりました。これだけあれば勘づかない方が間抜けでしょう?」
「そうね」
リルエッタは観念したようだ。首を横に振って大きく息を吐く。
そもそも町の遺跡に対して興味を持ったきっかけがツェルミラの話だったのだ。元から嘘で誤魔化すのは難しい相手だったのだろう。
「たしかにわたしたちは下水道を調べているわ。もしかしたら新発見があるかもしれないと思っている。それで? 貴方たちは文句でも言いに来たのかしら?」
「いえ、一枚噛ませてもらいに来ました」
すっごくニコニコしながら、ツェルミラはポロンと竪琴を鳴らす。
対してザガムはなんだか浮かない顔だ。どうやら二人の間には意見の違いがあって、ザガムが負けたらしい。
そして、その内容は。
「わたくしとザガムはぜひとも、あなた方のパーティに臨時で入らせていただきたいのです」
ザガム、ツェルミラの二人はCランク。僕たちはEランク。二つもランクが違うというのに、二人は僕たちのパーティに入りたいと言ってきた。
それは、主導権はこちらということ。
「……理由は?」
リルエッタが不可解そうに問う。
正直、意味が分からない話だ。臨時でパーティを組んだとして、そこに彼らの益があるのだろうか。この二人であれば下水道くらい、鼻歌まじりに踏破しそうだけれど。
「そうですね。いくつかの理由が合わさったとても複合的なものになります。全て話しますか? かいつまんで話しますか? オススメはかいつまむ方です。わたくしが楽ですので」
「全て話しなさい。貴女が面倒ならザガムさんが話してくれてもいいわよ」
「残念ながら交渉事はわたくしの仕事なのです」
ザガムが何か言いたそうな顔をしている。なんだろう、すごく分かりやすいな。たぶん、普段は面倒くさがって交渉なんてやらないだろお前、みたいな感じだろうか。
ツェルミラと僕らが会ったのは、彼女が図書館で調べ物を怠けて詩を歌っていた時だ。いつも彼女の奔放さには手を焼いているのだろう。……図書館の時のことを考えればザガムの方が交渉しやすくはありそうなんだけれど、面倒事を自ら引き受けるほどにツェルミラは乗り気らしい。
「まず、女の勘でございます!」
ギュッと握りこぶしを作って、ウッキウキで黒髪の吟遊詩人は言い放った。一番最初がそれかぁ。
「予感がするのです。この先、あなた方には何かとても大きなことが起きる。あるいは大きなことを成し遂げる」
竪琴を鳴らして、楽しそうに嬉しそうにそう言ってくるツェルミラ。女の勘ってそんなの分かるものなんだろうか。他の女性陣に聞いても首を横に振りそうだけど。
「この町には違和感があり、謎があり、秘密がある。とてもとても素晴らしい題材です。そして、それに挑む者が若き少年少女とくれば! これはもう、波瀾万丈の大冒険が待っているに違いありません。ああ、こんなの居ても立ってもいられるわけがないではないですか。新しい詩が! 最高の詩が! 神々ですら羨む冒険の音が生まれる予感がするのです! これはもう間近で眺め逐一観察するしかありません!」
「え、宝があるとかじゃなくって、詩ができる予感なんですかー」
思わずユーネがツッコミを入れるが、僕も同じ気分だ。
この人、もしかしてだけど僕らを主役に詩を作ろうとしてる? そのために同行しようとしてる?
「わたくしは詩のために冒険をしているので、選択肢があれば面白い方を選びます。西の山奥に眠る遺跡も心惹かれますが、こちらの方が詩の題材に良い」
「貴女……すぐ死にそうって言われたことない?」
「よく言われますがまだ死んでいません」
リルエッタが遠い目をしている。なんだろう、何か言いたいけれどランクが上だから何にも言えないみたいな表情だ。
「……悪いけれど、戦力は三人で足りているの。今回は初回ということもあって早めに切り上げたけれど、次はもっと進める算段がついているわ。まだ見つかっていない新区画があるのかどうかも分からない下水道の探索に、五人で……それもCランク二人を連れて行くだなんてバカげているでしょう?」
「そうでしょうか? あなた方だけだと、全滅すると思いますけれど」
ムッとした顔をするリルエッタに、ニコリと微笑むツェルミラ。
「これはこちらでいろいろと相談した上での結論ですが、町に違和感を覚えるほどの規模の何かがあり、その原因に迫るのであれば、当然それを守護する罠やガーディアンが配置されているはず。そんな場所にあなたたちを向かわせれば、全滅は必須だから見過ごすことはできない、とザガムが言っていました」
それはツェルミラの意見じゃないんだね。
しかし……たしかにその通り。遺跡には罠や守護者があって当然だ。大ネズミくらいはなんとかなっても、その先が存在するのであれば、僕らの手に負えない。
「フッ、であるからこそ、ついて行くのはいずれ神になる者としての義務だな。未来ある子供をみすみす死なせるわけにはいかぬ」
後方で腕を組んでいるザガムが口を挟む。……神さま志望でなければいい人なんだけれど。いや、いい人だから神さま志望なのかな。
変な人でいい人って両立するもんな。なんだかよく分からなくなってきた。
「そんなことを言って、遺跡の財宝が目当てなんでしょう? 一応聞いて置くわ。何割を要求するつもりかしら?」
「報酬は全員で山分けが最も良いですね。なにせ計算が楽です。ですがもし魔槍や魔杖など個人がどうしても欲しい品があれば、そのときは応相談でしょうか。仮に古代の楽器があった場合、わたくしは裸踊りまでは辞さない覚悟で交渉に臨みます」
「貴女はわたしたちをなんだと思ってるのかしら?」
ここに他の冒険者がいなくて良かった。もしこんな話を聞かれたら、交渉で裸踊りさせるパーティとして悪評がたってしまう。
とはいえ山分けなら悪くない。実力はまず間違いなく向こうが上なのだし、今回だけの臨時のパーティだから、報酬の分け前は実力順とか出来高とか言われてもおかしくなかった。
――だからこそ、おかしい。
この二人なら、下水道の探索くらい自分たちでしてしまえばいいのだ。その先を見つけようと、Eランクの僕らの手なんかきっと借りる気はない。
僕らを見て、下水道に何かがありそうだ、ということが分かったのであれば、この二人にはもう僕らは要らないのではないか。
そんな考えを見透かすように、ツェルミラは次の理由を口にする。
「そして、理由としては三つ目になりますか。実は一人、あなたたちに紹介していただきたい方がいまして。その方もぜひ、このパーティにお誘いし共に下水道探索できないかと。――きっと西側の冒険者でしたら知っているお人ですよ」
そう言う彼女は本当に嬉しそうで楽しそうで、けれどその後ろのザガムはなぜか苦々しい顔をしているのが、妙に引っかかった。




