夕陽のハーフリング
「まず言っておくが、俺様たちはお前たちに騙されたとは思っていない。西の山奥にも遺跡がある可能性は大いに高いだろう、というのが結論だ。嘘から出たまことというヤツか、まだしも自分たちでも挑戦できそうな方を確保しようとしたのかまでは分からないが……俺様はどちらでも構わん。お前たちとの冒険をつつがなく終わらせたら、今度こそそちらへ向かうつもりだ」
大ネズミ討伐の稼ぎを手に、東から西へと帰る。行きの時にはいなかった二人を引き連れて。
「しかし元々、二人で遺跡探索というのは難しいものです。ですのでわたくしたちは遺跡の手がかりとともに仲間も探していました。そこで、あなた方が見ていたあの西側の下水道の地図を見てピンときたのです。あれほど見事な地図を描けるマッパーは都にもいません。あの製作者はおそらく遺跡の専門家に違いない、と」
「地図の書き方で遺跡を熟知しているか察することができるってことかぁ。うん、分かる」
「ユーネもそれは分かる気がしますねー」
僕とユーネが頷くけれど、リルエッタは頬を引きつらせながらも耐える。交渉の時のリルエッタはすごい。
「つまり、わたしたちの冒険を通してその遺跡探索の専門家と仲良くなって、仲間に引き込みたいということね」
「その通りでございます。さすがリルエッタさんですね」
冬の日は短くて、歩いている最中に日が落ちてきて夕方になる。僕たちは五人で、太陽が落ちる方向に進む。
ザガムとツェルミラはヒリエンカの西側はまだ慣れないようで、歩きながらも物珍しそうに周囲を見回していた。都に近く貿易港もある東側と、職人が多い西側では店の種類が違う。都から来た二人にはむしろ新鮮に映るのかもしれない。
「いいのリルエッタ? ザガムとツェルミラに渡さないために、僕らで見つけようとしてたんでしょ?」
「たしかにー。最初の計画と違ってきてますー」
ザガムとツェルミラが町並みに目を奪われている間に、顔を寄せ合って小声で話し合う。
僕らが下水道の攻略をしていたのは、遺跡がまだ生きていてこの町を護っているのではないか、という推測からだ。もしその仕組みに核のようなものがあったとして、それを二人に持っていかれてしまったらヒリエンカが大変なことになるかもしれない。
ザガムとツェルミラと一緒に下水道攻略するのは、僕らにとっては本末転倒なのではないか。
「……悔しいけれど、二人に嗅ぎつけられた以上、出し抜くのは難しいわ。ただ、もしお目当ての宝があったとして、それを一番高く買うのはこの町の領主よ。わたしたちが関与していない時に持ち去られるのは困るけれど、売ってお金を山分けなら問題ない。そういうことにしましょう」
不服ではある。けれど状況は変わってしまった。こうなったら二人だけで探索されるよりは、仲間に引き込んだ方がいい。その方が売り先を指定しやすい。
リルエッタの判断は正しいと思う。なんならザガムとツェルミラなら、事情を説明すれば分かってくれるのではないかとすら感じた。
「ところで、あの地図の作製者はお三方の知り合いなのですよね? いったいどういう方なのでしょうか?」
ツェルミラにそう聞かれて、僕は顎に人差し指の甲を当てて少し考える。
西側の下水道の地図を作った人はもちろん知っている。しかしどういう方、と聞かれるとなかなかパッと言葉が出てこない。……いや、出てくるには出てくるのだけれど、有益な情報ではない。
普段は釣りばっかりしてるとか、部屋がすごく汚いとか、そんな話を聞きたいわけではないだろう。それにチッカだって自分の知らないところでそんな話をされたくないと思う。
考えて、言葉を選んで話す。
「斥候だよ。ハーフリングで、固定パーティは組んでなくて、斥候が必要な時の助っ人として活動しているみたい」
最近はウェインやシェイアとよく冒険に行ってるけれど、チッカは基本的にフリーだ。たまにCランクやDランクのパーティに臨時要員を頼まれている。
実は、そういう冒険者は意外と多い。
なんというか、基本的にマイペースな人が多い印象だ。無理に他人に合わせることなく、自分の能力に合った仕事は引き受け、合わない仕事はそもそも参加しない感じ。得意と不得意や好き嫌いがハッキリしている傾向もあるかもしれない。
「おお。ソロの方なら協力を頼みやすいですね。嬉しい情報です」
「……そうか、パーティを組んでいないのか」
僕の言葉にツェルミラは喜び、ザガムは声を陰らせる。
なんだろう。二人で違う反応だけれど。
ソロの方が協力を頼みやすいというのはその通りだ。だからツェルミラが喜ぶのは分かる。ならザガムが残念がっているのは、パーティごと誘うつもりだったからだろうか?
「少年、そのハーフリングの名と特徴は?」
「チッカ。赤髪で、タンポポみたいな色の瞳をしてて、ちょっとそばかすがある感じ。ハーフリングにしては高いって言ってたけれど、僕よりも身長は低いかな」
聞かれて、答える。これから紹介するのだし、外見は言ってもいいはず。
それを聞いてきたのはザガムだった。けれど反応したのはツェルミラだった。
「へぇ、今はチッカって名乗ってるんだ」
その何気ない声に、強い違和感を抱く。……いや、声ではなく口調か。
低くて落ち着く女性の声音はツェルミラのもの。なのにいつもの丁寧な言葉遣いではなくて、でも妙に馴染んだ話し方。
なによりその口ぶりは、まるで……―――
「ああ、昔の名前は捨てたんだ。嫌な奴らに見つからないためにね」
しかしそんな違和感は、続いた言葉に一瞬で上書きされた。
唐突に響いた嫌悪と苛立ちの声は、聞き覚えがあるのに初めて耳にしたよう。
まだ冒険者の店からは距離がある場所。家路につく人々が行き交う夕方の大通りにもかかわらず、近くに他の通行人がいないタイミング。
それはまるで、この区画だけを切り取ったかのようで。
「久しぶりだね、ザガム。それに……ツェルミラも。あれから曲のレパートリーは増えた?」
僕らの向かう先。夕陽の朱に染まる建物たちの隙間みたいな細い路地から、逆光に紛れるような赤髪がするりと現れる。
子供のように小さな姿。しかし何気ない歩き姿には大人の落ち着きがあり、音はなく、隙はなく、ただただ冷たい目だけに質感があった。
「――久しぶりチーちゃん。ああ、二つ増えたよ」
問いに微笑み、ツェルミラが答える。
それに対し、チッカは瞼を伏せた。
「そうか。じゃあ、クルツとトコッテも死んだんだね」




