疲労
大ネズミについて。六回戦って分かったこと。
耐久力が低い。僕の槍でもリルエッタの魔弾でも一撃で仕留められるので、攻撃が当たれば倒せる。当てた所が悪くて死ななくても動けなくなるか、逃げていく。
足が短い。そのため犬や猫よりもなお重心が低く、地面スレスレを移動してくるため狙いにくい。そしてその重心の低さのため、避ける動作が非常に素早く多彩だ。
つまり攻撃するそぶりをすれば、必ず避ける動作をする。
そして足が短いため、一歩の歩幅が狭い。なので実は最高速度は決して速くない。
トップスピードから急に方向転換できる機動力と、常に複数で襲いかかってくること―――この二つの特徴から撹乱されてしまい最初は誤解していたが、冷静に立ち回りさえすれば決して武器が当たらないほどの速度ではない。
「だから最初にやりやすい場所へ誘導するよう軽くフェイント入れて、大ネズミが避けようと跳んだらその着地点を狙う感じで戦うといいよ」
「ちょ、無理、無理ですよぅー! なんでそんな簡単そうに言えるんですかそんなのー!」
だって慣れたし。
七回目の戦闘は、初めての後ろからだった。大ネズミは数が多いし、下水道の構造は入り組んでいて複雑だ。道の分岐の選ばなかった方から走ってくることもあるだろう。
そんなとき、前衛は隊列の最後尾であるユーネになる。下水道の大ネズミ討伐はFランク用の依頼だけあって、戦い方が分かれば決して強敵ではなかったが……初の大ネズミとの戦いになるユーネにとっては、決して易しい相手ではない。
「ひぃー! 来ないで、来ないで下さいー!」
悲鳴をあげながらポールメイスをブンブンと振り回すユーネ。
下水道の床や壁に当たって大きな音を立てたり、その反動で軌道が変わったりするのが牽制になっているのか、意外と大ネズミでも掻い潜れないでいるようだ。
そういえば僕が手のひらで壁を叩いたときもビックリして距離を取っていた。凶暴性が魔物的な特徴とはされるけれど、それはそれとして臆病な面もあるらしい。……きっと頑丈な魔物ではないからだろう。あの鉄の塊だってちょっと擦っただけでも倒されかねないから、十分な脅威として感じているはずだ。
……大ネズミは音と予測不能な動きを警戒する、と。
僕は前方を警戒しながらユーネの戦い方を横目で見て、そう頭の中のメモを増やす。知識は大事だ。知っていると知らないのではできることの数が全然違う。もしイルゼの魔物図鑑が完成したら一番に見させて貰おう。
下水道は中央が水路になっているため、人が歩ける場所は両横だけ。すれ違うくらいはできても、狭いから並んで戦うことはできない。……特に僕とユーネの武器は長物だ。あんなにポールメイスを振り回しているところに並ぶのは正直恐い。
それに前方から大ネズミが来る可能性もあるのだから、警戒も怠れない。後ろから来る敵はユーネに対処してもらうしかない。
まあ、あれだけ時間稼ぎしていれば、リルエッタの魔術は間に合うだろうけれど。
「大丈夫、二人とも?」
リルエッタとユーネに声をかける。二人とも疲労していた。
七戦目は結局ユーネが時間を稼いでリルエッタが魔弾で仕留める戦い方だった。ユーネはとにかくポールメイスを振り回し続けていたし、リルエッタに至っては今日何回目の魔術行使か分からない。疲れもするだろう。
「さすがに……キツいわね」
リルエッタが額に汗を浮かべながら、そう弱音を漏らす。松明に照らされた顔色が悪い。きっと魔力切れだ。僕も何回かやっているから分かるけれど、魔力が足りないと貧血のようになる。
ダメだな。かなりの疲労だ。たぶん魔術は使えてもあと一度ってところ。
「ちょっと消耗しすぎだね。戻った方がいいと思う」
少し考えて、僕は撤退の判断をする。なんなら遅いくらいかな、とも思ったくらいだ。
「そうですねー……帰り道もけっこうありますし、少し不安ですー」
ユーネが同意してくれる。彼女の言うとおり、心配なのは帰り道だ。
僕らは上流へ上流へと、水の流れを辿って行っている。そこそこ深くまでやって来ていたから、帰るなら同じだけの距離を戻らなければならない。
きっと、こんな探索の仕方をする冒険者は少ないだろう。多くの駆け出しの冒険者たちは大ネズミを倒して尻尾を得ればいいのだから、いつでも戻れるよう出入り口付近を中心に探索するはず。僕らはけっこう危険な探索の仕方をしているのである。
これだけの頻度で出会うとなると、帰還中にも大ネズミとは遭遇するだろう。
僕はだいぶん慣れてきたから数が多くなければ大丈夫だけれど、ユーネはまだ大ネズミの動きを捉えきれていない。背後から襲われたらリルエッタの魔術が必要になる。
引き返すなら今だろう。
「……たしかに潮時ね」
リルエッタは悔しそうに頷く。今回、かなり意気込んでいる彼女だけれど、自分の限界が近いことと、現在が危険な状況であることは分かってくれているようだ。
「ただ、さっきのユーネの戦い方は壁を叩いたり悲鳴をあげたり、かなり音がしていたわ。凶暴性の高い大ネズミが近くにいるのなら、増援がやって来ていてもおかしくなかったはずよ。……それがなかったということは、近くに敵はいないと思うの」
リルエッタの話を聞いて、今度はユーネの顔色が悪くなる。
たしかに、近くに大ネズミがいる状況で大きな音は立てない方がいい。
「だから、あそこの角の先だけ確認しましょう。それで何もなければ引き返す。……どう?」
次の角を指さしてそう言われ、ふむ、と考える。
まあ僕もこの近くに大ネズミがいないとは思うし、松明の光が届く範囲だから距離はない。特に悩むほどのことでもないだろう。考える前に歩いた方が早いくらいだ。
だから、気になったのは別のこと。
「分かった。けれど、あるとしたら何があるの?」
そこそこ潜ってきたけれど、度重なるネズミの襲撃と入り組んだ下水道の構造のせいで、まだ距離的には目的地の最上流に届いていないはず。だったら、あるのは変わらない下水道の様相なのではないか。
正直、あの曲がり角の先になにかあるとは思えない。
「あるとしたら休憩所よ」
予想外の言葉が出てきた。休憩所。狩人用の山小屋みたいなところだろうか。
「休憩所、ですかー?」
「正確には、なんらかの目的で作られた扉付きの部屋ね。なぜだか図書館の地図に、扉がある小さな部屋がいくつもあったのよ」
ツェルミラとザガムが来たからしっかりは見ていないけれど、あの地図はチッカが描いたものかその写しだろうから、かなり詳細に描かれていたのを覚えている。書き込みなども多くて、リルエッタはそれを見たのだろう。
扉のある部屋なら、大ネズミに襲われる心配なく休憩することができる。しばらく休めば魔力だって少しは回復できるだろう。だからリルエッタは魔力切れが近くなってるのを自覚しつつも、もう少し進むつもりだった。
「じゃあ、そこで休憩できればもう少し先へ行けるね?」
「それもあるけれど、引き返すにしても拠点になりそうな場所を把握しておけば、次回の計画が立てやすいわ」
なるほど……休める場所があると分かっているのなら、ペース配分も変わってくる。なんなら一泊くらいするつもりで準備もできるわけか。
リルエッタ、いろいろ考えているんだな。大ネズミとの戦いで手一杯だった僕とは大違いだ。
「よし、あの角までだね。ユーネもそれでいい?」
「休める場所があるのを祈りますー」
本当に休憩できる場所があるのだったら、正直嬉しい。進むにしろ戻るにしろ、今は万全とは言えない状態だ。僕だって連戦で疲れているから、座って休めるならそうしたい。
三人で移動する。角まではすぐに到着して、松明の炎がその先を照らす。
扉があった。




