大ネズミの攻略法
人型の敵が相手なら、普段から対人の模擬戦をしている僕はある程度勝手が分かっている。
獣型との戦い方は分からない。だって訓練で戦ったことがない。村の手伝いで家畜の世話をしたことならあるけれど、そんな経験は戦闘の役にはたたない。だから、こればかりは実戦を繰り返して慣れるしかないと思っていた。
けれど、訓練ができないものでも……いや、だからこそ、代わりに知識を積み上げることはできるのである。
「たしか獣型は四本足ですのでー、背が低いんですよー」
まあその知識も、うろ覚えでは頼りないけれど。
不安なしゃべり方のそれは正直、参考にしていいものか疑問ではある。でも教会が教える戦い方には興味があった。少なくとも僕の知っている神官戦士だったら、絶対に大ネズミには苦戦しないだろうし。
「背が低い。つまり重心が低いんですねー。だから止まった状態からの動き出しが速いし、方向転換も速くて、身体全体の移動ができるんです。特に軽い獣はその特徴が強いですねー」
「……えっと」
なんか思ったより難しい話になってる? というのと、思い出しながら言ってるだけだからユーネ自身も内容は理解していないな? という感じの話し方が合わさって言葉に詰まる。これは質問してもマトモな答えは返ってこない。
でも、分からなくはない……かな?
「つまり、重心が低いと動きやすい、ってことだよね」
だったら、知っているかもしれない。僕は槍を構えて腰を落とす。少し足を開いて中腰になるこの姿勢は、基本的な構えで重心が低い。
なるほどこの状態なら普通に立っている時よりも素早く、前後左右のどの方向へもとっさに動くことができるだろう。……まあそういう構えなのだから当たり前なのだけれど、なんだか改めて言葉にして理解した感じだ。
ただ、獣はこれよりも低い重心が普通なのだ。そして全速力で走っている時ですら、その状態を維持している。そう考えると、なかなか槍が当たらないのも当然のように思えた。
「そうですそうです。そんな感じですー」
手を叩いて肯定してくれるユーネ。どうしよう、本当に当たっているのか分からない。
「ではどうやって攻撃を当てるかですがー……まず、敵をよく観察してみましょうー」
空想の眼鏡をクイッとして、ユーネはリルエッタが撃ち抜いた大ネズミの死体を指さす。たぶんユーネの中で頭のいい人の代表はグミさんなのだろう。
揺れる松明の炎に照らされて横たわるその二匹は、なるほど観察にはちょうどいい。
「まず、獣型は攻撃手段が少ないことが多いらしいんですよねー」
攻撃手段。
こちらの攻撃をどう当てるか、という話だったはずだけれど、大ネズミがどういう攻撃をしてくるか、という話に変わってしまったらしい。あるいは、それは繋がっているのだろうか。
「牙、爪、角、体当たり。基本はこれくらいです。そして、大ネズミの攻撃手段はこの内どれですかー?」
「……牙だけね。爪は尖ってはいるけれど短いから、武器としては弱いでしょう。角はないし、重量があるわけではないから体当たりも怪我をするほどではなさそうだもの」
リルエッタが魔弾に倒れた大ネズミを見て答える。
怪我をするほどの威力はないかもしれないけれど、体当たりで姿勢を崩されるとピンチになるから、武器として数えなくていいかはちょっと疑問だ。けれど不意を突かれなければ踏ん張れるのではないか。
「はい、つまり牙を警戒するべきですねー。そしてキリ君、囓られた足は怪我していませんかー?」
「足は脛当てがあるから大丈夫そうかな」
「では、大丈夫ではない攻撃はなんでしたー?」
少し、ユーネの言いたいことが分かってきた。
つまりは……さっき言われたそのままの意味だ。相手の特徴をよく観察し、それに合わせた戦い方をすること。僕は大ネズミについて知らなさすぎた。
恐い攻撃は牙だけ。それも、よく狙われる足は防具がある程度守ってくれるのだ。だから警戒すべきは一つしかない。
「壁を蹴って、高く跳びかかってくる攻撃」
「まずはそれを狙いましょうー」
実戦の機会はすぐにやってきた。
さすがは新人戦士が一度は請ける依頼。駆け出し冒険者にとっては訓練の場でもあるこの下水道では、いくらでも経験が積めるらしい。
ちょっとだけ、ありがたい、と感じた。
敵がたくさん向こうから来てくれる。いくらでも試せる。自分で倒せなくても時間だけ稼げばリルエッタが仕留めてくれて、怪我はユーネが治してくれる。
強くなれる。
「やっ」
すぐに後ろへ引けるよう、体勢は後傾に。槍の長さを活かしつつ牽制で細かく振るう。今回の大ネズミは三匹。目の前に切っ先をチラつかせる。横や後ろに跳んで避けられるが、まずは突撃を止めた。
息を止めて次。大振りで後ろに退かせ、距離をとらせる。
背中越しにリルエッタの唱える呪文が聞こえてくる。基本戦法は変わっていない。僕はまず時間稼ぎ。前衛として敵の注意を引きつける。
三匹の大ネズミが突撃してくる。二匹は地を駆け、一匹は壁を足場にして跳びかかってくる。
足は脛当てを信じた。体勢を保つために踏ん張る。前に出した右足に二匹が体当たりして齧り付く。
やっぱりだ。さっきも足は無傷だった。体当たりの衝撃は怪我をするほどではないし、牙は鋭いけど硬革の脛当てを貫通するほどじゃない。
無視していい。
「ぜやあぁっ!」
跳んできた一匹を槍で迎え撃つ。思いっきりの横の薙ぎ。
一番警戒し、そして待ち構えて放った一撃。空中でぶち当てた勢いのまま壁に叩きつける。骨を砕く確かな手応え。
まだだ。足に取り付くネズミが脛当てを諦めれば、足を駆け上がってくるだろう。
槍を垂直に持ち直し、大ネズミに突き刺す。一匹の背をまともに貫いて、断末魔をあげさせる。それに気づいたもう一匹が慌てて足から離れる。
つまり、狙うべきは攻撃してくる瞬間だ。
そこをしっかり防御しなさいと言うのではなくて、合わせて反撃しろと言うところはなかなか殺意が高い。さすが邪悪な魔物は殺すべしでお馴染み教会の教えである。
そしてたった今気づけたこととして、まさに攻撃中な時も狙い目だろう。いくら素早くても、牙で齧り付いている間は動きが止まっている。
結論はこうだ。どうせそうそう死なないのだから、囓られながら殺せ。
「絶対、もっといい戦い方あるでしょ!」
こんなやり方、大ネズミ相手でしかできないのではないか。他の獣型と戦う時にこれをやったら普通に死ぬのではないか。そもそもこれって自分で治癒魔術が使える神官用の戦法なのではないか。
そんな疑いを声に漏らしながら、槍を振るって牽制する。とりあえず二匹倒した。一匹は怯んで向こうが距離を取った。
きっとこれはヘタクソなのだろう。大部屋のみんなに話したら指をさされて笑われるに違いない。敵の動きに慣れればきっと、もっと簡単に倒せるようになるはず。
それでも今はこれで十分で、リルエッタの呪文が完成する。




