獣型との戦い方
「うわっ!」
暗がりの向こうから二匹の大ネズミが跳びかかってくる。気づいてなかったから思わず悲鳴が漏れる。狙いは右の脛と太もも。どっちも下。
構えていた槍を振り回す。かすりもしない。一匹は槍の間合いの外で止まって、もう一匹は槍をかいくぐって足へ跳びかかってくる。
「このっ」
とっさに爪先で蹴り上げる。当たったけど軽い。槍で追撃―――無理に槍を振るおうとしたため、湿った床に足が滑る。
体勢が崩れる。
「まず……」
完全な隙。それを見逃すことなく二匹のネズミが駆ける。
ギリ、と歯を食いしばる。僕の役割は前衛だ。時間稼ぎさえすれば、リルエッタが倒してくれる。
平手を思いっきり壁に叩きつけた。下水道内に大きな音が響く。驚いたネズミが怯えて、なんにも攻撃してないのに横っ跳びに避ける。
そのまま手と肩を壁について踏ん張る。なんとか転ぶことは避けられた。
槍を構える。
怒った大ネズミがさらに突撃してくる。ちょっと怯ませてもすぐにやって来る。普通のネズミだったら音にビックリして逃げてるところだ。そもそもただのネズミだったら向かってこないか。
凶暴さが魔物的特徴、かなり厄介だ。こんなのが町中に出たら大変だ。大ネズミ討伐が常設の依頼というのも頷ける。
「せりゃあっ!」
迎え撃つように槍を突き出す。仕留めれば最高、ダメでも止めれば良し。
トッ、と大ネズミはジャンプして槍に跳び乗り、トトトト、と柄を走って来た。……やめてそういうの!
ビックリして槍を振り回す。大ネズミの重みで持ち上げられなくて、やろうとした軌道を描かずガンと壁に穂先が当たった。それで槍を登ってきたネズミは離れたけれど、今度はもう一匹が脚甲に齧り付く。
本当に……厄介だコイツら!
「キリ、そのまま!」
リルエッタの声。槍の石突きで迎撃しようとした動きを止める。
二つの魔弾が、大ネズミを撃ち抜く。
「怪我は?」
リルエッタにそう聞かれ、肩の力を抜いた。戦闘終了だ。
「ないよ。ありがとう」
心配してくれたリルエッタに答える。
壁を叩いた手のひらがビリビリ痺れているけれど、とりあえず身体に痛みはない。けど、正直すごく疲れる。すばしっこい敵がこんなにも厄介だとは。
「大ネズミ、かなりたくさんいるようですねー」
ユーネがそう言うのも当然で、さっきの場所からまだほとんど進んでいない。これからもこの調子で戦うことになるのであれば、リルエッタの魔力はすぐに底をつくだろう。
早く大ネズミの動きに慣れなければ。
「ユーネも気をつけて。後ろから来るかもしれないから」
下水道は空間こそあるけど、人が通れる場所は狭い。並んで戦えるほどの広さはない。
だから背後から来た時は、前衛をユーネに任せるしかない……のだけれど。
なぜかユーネは、妙に不可解そうな顔で僕を見ていた。
「んー……下水道の大ネズミ討伐は初心者用の依頼ですよねー。キリ君なら、そんなに苦戦するとは思えないんですけどー」
「いや僕、そんなに強くないからね……ウェインどころか、まだニグやヒルティースにも勝ったことないし」
ウェインが指導してくれる夜の戦闘訓練は続いているけれど、未だに試合は勝ち星がない。ニグにもヒルティースにも負けっぱなしだ。
エルノと引き分けたのだからいけるのではないか、とかちょっと思っていたのだけれど、素の実力は急には上がらないらしい。よく考えたら僕、そもそもの実力だとエルノの足元にも及ばないしそんなものだろう。
……とっくに噂になっていたのか、ニグとヒルティースにはスピフィの技はすでにバレていたから通用しなかったし。あとアレ、失敗すると酷い目に遭うから治癒術士がいないところでは使いたくないんだよね。
「でもー、大ネズミってゴブリンより脅威度は低いですよねー。倒してもEランクにはなれませんしー」
「ゴブリンとは勝手が違うからね……」
たしかに大ネズミとゴブリンだったら、大ネズミの方が弱いと言われている。そして僕はゴブリン相手ならもう何回か戦っている。
だからネズミにだって勝てるはずで……。ユーネにそんなつもりなんてないだろうけど、なんでこんな弱いのに苦戦してるの? と責められているような気になってくる。
「んー……もしかしてですけどキリ君、ウェインさんに獣型の魔物との戦い方って教えて貰ってないですー?」
「え、なにそれ?」
「ああやっぱり。あの人、元傭兵さんですからねー。対人戦闘はともかく、魔物との戦闘は専門家じゃないんでしょうー」
ウェインは元傭兵、つまり人を相手に戦ってきた戦士だ。そのおかげでスピフィの魔剣を見切って防御していたから、対人だと本当に強い。
ただし反面、魔物相手だったらどうかという疑問は……今まで気にしていなかったけれど、たしかにある。
傭兵だって魔物と戦うことはあるだろうけれど、冒険者に比べてその機会は少ないに違いない。専門家ではないというのは、つまりそういうことだろう。
「あの男のことだから、忘れてるだけの可能性も高いと思うわ。……けど、そういえばわたしたち、人型の魔物としか戦ってなかったかしら?」
「ゴブリンとサハギンかな……? サハギンって人型?」
「魚と人の中間ですねー」
スライムは逃げただけだから数えなくていいだろう。あれは獣とは言えないし。
しかし、そうか……。最初の獣型魔物か。たしかに勝手が違う気がしていた。
「獣型の魔物の倒し方ってあるの?」
「倒し方というかー、心得というかー……」
ユーネは腕を組んで目を閉じた。むぅ、と呻る。
「ヒリエンカだと神官見習いは戦い方も習うんですよー。それで素質があったら神官戦士として本格的に訓練するんですけどー……ユーネは戦士の素質はありませんでした!」
あ、うん。そんな気はする。
「でも魔物との戦い方は教えてもらってですねー……まあやったのはけっこう昔なので、半分くらい忘れちゃったんですけどー」
「すさまじく不安ね……キリ、話半分に聞いておいて」
「そうする」
僕はリルエッタに頷く。正直僕も不安だ。こんなうろ覚えの知識を参考にしていいのだろうか。
でも、ユーネが習ったってことは教会が教えている戦い方なのか。それは……ちょっと興味がある。冒険者に聞くよりもしっかりした話かもしれない。不安だけど。
「まあまあー。とにかく、たしか獣型と戦う時はアレです。まず、身体を大きく見せること」
両手を上に挙げるユーネ。
抵抗しませんってポーズに見えるけれど、威嚇のつもりなのだろうか。あと、大ネズミは僕よりも大きい冒険者にも襲いかかってくるらしいから、それはあんまり効果ないんじゃないかな。
「さらに、目を逸らさず睨み付けること」
お酒を飲んで口喧嘩してる冒険者のマネだろうか。メンチを切ってるつもりなんだろうけれど、変顔してるようにしか見えない。
というか、ユーネには喧嘩している冒険者たちってあんなふうに見えてるのかな……。
「そして、相手の特徴をよく観察し、それに合わせた戦い方をすることです」
クイ、とかけてもいない眼鏡の位置を直す仕草をするユーネ。これはグミさんのマネかな。錬金術師って魔物にはそんなに詳しくない気がするけれど。




