ビッグラット
大きい、というのは分かりやすい特徴だ。大きい分だけ強くて、大きい分だけ重くて、大きい分だけよく食べる。獣が巨大化したような魔物は多い。
けれど単に大きな獣が魔物とされたような例だと、あれは獣だとか獣に近いとかいいや魔物だとか、学者さんたちの間ではかなり意見が割れる。王都の学院などではそれが原因で、たまに掴み合いの喧嘩が起きるそうだ……と、そう受付嬢のイルゼが言っていた。
湿地によくいると聞く大蜥蜴とかはその例だ。あれは大きいけどただのトカゲであってただの獣であり、魔物的な特徴がないと言われている。
その点、大ネズミ……ビッグラットに関しては、そんな議論をされることはなかった。ヤツらは完全に魔物であると結論づけられているのだ。
特別に強いわけではない。魔法を使うわけではない。賢かったりもしないし、貴重な素材が手に入るわけでもない。
獣と違う点はただ一つ。明らかに自分より大きい相手に対しても、躊躇なく襲いかかって来る凶暴性。
「やっ!」
暗闇から跳びだしてきたのは二匹。どちらも猫より二回りも大きい灰色のネズミ。そのうちの片方へ槍を突き出す。
複数の相手だ。まずは一匹仕留めて、数を減らさなければならない。そしたら、すぐに後ろへ引きつつ牽制を……―――
大ネズミが横っ跳びに槍を躱す。そのまま。
ネズミとはいえ、大きいだけあって的は決して小さくない。だから当てられると思った。まさか、俊敏性が小さいネズミのままだなんて聞いて……聞いたような気がする!
「くぅ!」
とっさに槍を半回転させて、掬い上げるように石突きで打つ。当たって弾き飛ばす……が、浅い。ヂッと怒りの色の鳴き声が聞こえてくる。
昨日、大部屋で聞いた。大ネズミはいきなり複数で襲いかかってくるし、すばしっこくて攻撃を当てづらいし、牙が鋭くて噛まれると病気になるからけっこう厄介だと。
「キリ君!」
ユーネの悲鳴が聞こえた。一匹を相手している間に、もう一匹が跳びかかってきたのだ―――それも、上から。
思わず目を見開く。下から来る一匹に気を取られていたから、完全に意識の外。壁伝いに助走をつけて高く跳んだのか、顔へ飛来してきた一匹の牙をとっさに左腕で防御する。鋭い牙が服を貫通して二の腕に深々と刺さる。痛みと不快感に悲鳴が漏れた。
さらにもう一匹が足に突撃してくる。牙は脚甲が防いでくれたが、衝撃で体勢を崩してしまう。
ヤバい。正直、舐めてた。油断していた。しょせんはネズミだと思ってた。
これでも冒険者に討伐を依頼された魔物だ。下水道で命を落とす初心者だっていることくらい、とっくに知っていたのに。
「ああっ!」
倒れ込みながら、腕に齧り付いたネズミを床に叩きつける。ヂィッという悲鳴と共に腕から離れる。足にとりついた方のネズミはもう片方の足で蹴っ飛ばした。
床スレスレに槍を振り回す。当たらないけれど、身体から離れたネズミたちが距離をとる。跳ねるように立ち上がって槍を構え直す。
その僕の横を抜けるように、二発の魔弾が二匹を撃ち抜いた。
「キリ、怪我はっ?」
リルエッタが後ろから駆けて来る。
魔術によって撃ち抜かれた大ネズミ二匹は死んでいるのか、血を流し痙攣して倒れていた。どうやら魔弾一撃で倒せるくらいには弱いらしい。
ネズミを見下ろしながら構えを解く。心臓が痛いほどに暴れていた。腕はもっと痛かったけれど、それらの痛みよりも今の危機を脱したことの安心感が強い。
今のは、ヤバかった。
速度で槍の間合いの内に入られて、上下の攻撃で転ばされた。なんとか突き放せたからリルエッタが倒してくれたけれど、もう一匹いたら援護が届く前に首筋を噛まれていたかもしれない。
大ネズミ討伐で命を落とす冒険者のことがよく分かった。大ネズミは人を殺せる力があるのだ。
「すごく痛い……」
「見せて!」
僕が怪我した腕を出すと、リルエッタは自分の水筒の水で汚れを洗い流す。傷口に染みた。
「ユーネ!」
「はいー」
続いてユーネが治癒術をかけてくれる。病気を治す術と、怪我を治す術。
それで、けっこう酷かった傷口が塞がる。痛みも傷痕もなくなってしまった。
「ありがとうリルエッタ、ユーネ。助かったよ」
「思っていた以上にすばしっこいわね。大丈夫?」
「大丈夫」
通常のパーティならここで撤退も十分あり得る。怪我が酷ければ武器が持てないのだから、それ以上進むことはできないだろう。
治癒術士が重宝される理由が分かるな。傷がすぐ治るのは冒険にすごく有利だ。
「戦い方を決めましょう」
リルエッタは怪我の治った僕の腕を睨むように見ながら提案する。
「大ネズミは素早いし、壁も足場として活用してくるから動きが読みにくい。思っていた以上に危険だわ。遭遇したら前衛は時間を稼ぐことに専念して。そうしてくれたら、わたしが魔術で倒すから」
まあ大ネズミは魔弾で倒せることは分かっているから、有効な戦法だ。さっきの戦いもいきなり一匹を仕留めようとせず、まずは牽制で近寄らせないように立ち回っていたら、あそこまでピンチにはならなかったかもしれない。
「でもそれだと、すぐに魔力切れちゃいませんかー?」
「そうね。ある程度慣れてきたら前衛が仕留めてもいいと思う。でも、何戦かはこの連携でいった方がいいわ。いくらユーネがいると言っても、できるだけ怪我はしない方がいいもの」
たしかに怪我が治るとはいっても痛い思いはしたくないし、死んだら生き返らない。僕にとってはありがたい作戦だ。けれど、リルエッタの負担が大きい作戦でもある。
魔力には限度があるし、そう短時間では回復しない。だからなるべく早く慣れた方がいいだろう。
僕が一人でネズミを仕留められるようになれないと、途中で戻ることになりかねない。けれど、今まで戦ってきた相手とはあまりにも違うその動きに、すぐに対応できる自信は……正直、なかった。




