下水道へ
下水道の入り口は複数あるけれど、ほとんどは封鎖されている。
原因は大ネズミだ。下水から出てきて悪さしないよう町中の入り口は全て塞がれていて、そういう場所はなにか不具合の出たときだけ開かれる。
だから冒険者がネズミ討伐で出入りできる場所は、基本的に一つだけ。
「ほーら、チビちゃんたち。ここが下水道の入り口だぜー」
「近っか」
スピフィが案内してくれたそこは、冒険者の店のすぐ近く、というか冒険者の店の敷地内にあった。
見た目には井戸みたいな感じ。そこに金属製の蓋みたいな扉があって、取っ手がくっついている。
「ここはフォルトが管理してる整備用の入り口だからな。西だと遠いんだっけ?」
「マルムニルド川に排水する所から入るって聞いたわね」
「こんなに近いと便利そうですねー」
同じ冒険者の店でも、西側と東側で違いがある。こっちは大ネズミ討伐の冒険者たちからすれば、ちょっと便利そうだ。
「近いから人気か、というとまた別の話になるけどね。東側の人たちは体面というか、メンツを気にする人が多いんだ。で、ネズミ討伐はFランク用の依頼だからか、受けるところを見られたくないという風潮がある。腕に自信のないEランクとかだと、西側みたいにわざわざ川の方から行くくらいでね」
わざわざ受付を他の人に交代してもらってまでして、スピフィと一緒に来てくれたフォルトがそう説明してくれる。まあここまで近いとちょっとした休憩感覚なのだろうけれど。
たしかに大ネズミ討伐は一番簡単な依頼の一つで、報酬も安い。メンツを気にする人ならあまり見られたくはないだろう。……そう考えると近すぎるのも問題なのか。なかなか難しい話だ。
「店としては率先して請けてもらいたい依頼の一つなんだけどね。店のトップがやってくれれば、下らない風潮もなくなると思うんだけど」
「絶対ヤダ」
スピフィは行かないだろうね……。
「まあ、わたしたちはメンツなんて気にしないわ。近いのだしここを使わせてもらいましょう」
リルエッタがそう言って取っ手を握り、ガチャリと回す。金属製だし意外と分厚いらしく、ちょっと重そうだ。
手伝おうとして手を出す……すると、サッとフォルトにその手を止められた。
「この扉を開けられないなら探索はやめるべきだ。君たちが中に入ったらネズミが出ないように閉めるから、一人だと帰ってこられないってことだからね」
「僕ら三人パーティなんですけど?」
「帰ってくる時は一人かもしれないだろう?」
……ああ、Fランク用の依頼だと思って油断していたな。
これは冒険なのだから、そういうことも当然ある。下水道で命を落とす冒険者も当然いるのだ。
もっと気を引き締めよう。
「まあ、コレが開けられない奴なんか今までいなかったけどねー。ニャハハ!」
「でしょうねー」
リルエッタ、特別に非力だからね……。
それなりに重そうではあるけれどたぶん、僕やハーフリングのチッカでも普通に開けられるのではないだろうか。
「これくらい……楽勝よ!」
力んでいるからか苦戦しているのが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしたリルエッタが頑張る。少女の全身の力によって扉が持ち上がっていき、やがて蝶番の稼働限界で止まった。
おおー、とスピフィとフォルトから拍手が起きる。これで合格だ。僕らは下水道に挑めるらしい。
「キ、キリとユーネも、挑戦してみるべきじゃないかしら?」
「いらないでしょ」
「いりませんねー」
べつにやってもいいけれど、リルエッタに開けられるなら心配はいらないと思う。むしろ簡単に開けちゃったら怒られそうだ。
僕は開いた扉から中を覗き込む。どうやらやはり井戸みたいに真下に穴が空いていて、はしごが降りているのが分かった。底はけっこう深いのか、陽の光が届かなくて見えない。
「僕がまず降りてみるね」
これでも一応前衛で、斥候役でもあるのだ。一番最初は僕だろう。
はしごに足をかけて降りていく。少し湿っているのか滑りやすそうだ。
途中まで降りると、不意に周囲が明るくなった。上を見れば、青白い魔術の灯りが照らしてくれている。
「アタシは優しいからね、最初だけ手助けな」
「ありがとう、スピフィ」
スピフィが灯りの魔術を使ってくれたらしい。たしかに彼女はムチャクチャな印象が強いけれど、たまに優しい。
お礼を言って下を見ると、底の床が見えた。どうやら大ネズミが集まっていたりはしないようだ。
青白い灯りを頼りに降りていく。灯りがあると安心感がかなり違う。
底まで降りきる。湿度が高くて壁が濡れていて、なぜか冬なのに少し暖かい気がした。下水の臭気とカビ臭さが鼻をついて不快だ。
スピフィの灯りも届かなくて見えないけれど、奥からビチャビチャと水音が聞こえてくる。
フ、と僕は微笑んだ。
「よし、帰ろうか」
「何言ってるのよ」
「何言ってるんですかー」
上からツッコミが降ってくるけど、これはダメだよ。薬草採取とは全然違う。
「だってここ、暗いし狭いし怖いし汚い。新しい鎧が汚れちゃう」
「下水道なんだから当然でしょう。だから今まで近寄らなかったの!」
そっかぁ、リルエッタは覚悟済みだったか。それはそれとして嫌そうだけれど、決意は固いようだ。
まあそれはそうか。ヒリエンカを揺るがす遺物があるかもしれないのだし、汚いとか臭いとか言ってる場合じゃない。
「それに、鎧ならもう汚してもらったでしょうー」
ユーネが教えてくれる。あんまり思い出したくなかったなそれ……。
はぁ、と息を吐いた。諦めて背中の留め紐を解き、槍を手にする。
町の下水道とはいえ、ここは遺跡。改めて目を向ければ、切り出しの石で組み上げられた、暗く古い人工の横穴がぽっかりと手ぐすねを引いている。
冒険の入り口だ。今まで縁はなかったけれど、これこそは数多の冒険者が通ってきた道だ。
槍を手に、灯りの届かない暗闇の先を見据える。まずは二人が降りてくるまで、この場の安全を確保しよう。




