剣牙亭の店主
「まあいいや。こっちの仕事が請けたいんだったら、受付だな。おーい、フォルト。出番だぞ」
僕らの事情を聞いたスピフィが受付へ案内してくれる。
なるべく目立たずに依頼を請けるつもりではあったけれど、それは彼女がいたせいでもう無理になった。ただしこうなってみれば、今度は逆に存在が頼もしい。東側の冒険者たちは僕たちに絡んでくるどころか、道を空けてくれまでした。
遠巻きの注目を浴びながらお店の奥へ進んで行く。
「なんだか、西とは少し違いますねー」
ユーネが小声で感想を漏らす。僕も同感だ。
なんというか、こっちには統一感があった。店内の冒険者たちは黒い鎧や黒い服を着ている人が多い。普通の鎧を着ている人も下の服は黒だったりするから、そう言う人は鎧を染めるお金がないのかもしれない。
冒険者は自由。だから服装なんて自由にすればいいのに、ここの人たちはあえて黒を選んでいる。まるで黒鱗シーサーペントの剣牙亭に在籍する冒険者であることを誇るように。
「荒っぽさはこっちの方が上かもしれないわね」
リルエッタが僕たちだけに聞こえる声で呟く。……たしかに、こっちの方が厳つい顔つきの金属鎧姿が多い気がする。
同じ冒険者の店でもやはり特色が違ってくるのだろうか。
「……いらっしゃい」
広いとはいえ店内だ。すぐに受付に辿り着く。カウンターの向こうに座っていたのは黒に近い茶色の髪の青年だった。
たぶん、二十代の後半あたり。背は高いが痩せていて、色白。感情が読みにくい瞳は濃い緑色で、普段着ではあったけれど彼も黒い服装をしていた。
どことなく陰気な雰囲気が漂う人だ。彼は羊皮紙に走らせていたペンを置いて、伏せがちの目を僕らへと向ける。
「こんにちは。あの、僕たちは……」
「西の冒険者でキリネ、リルエッタ、ユーネの三人組。噂は聞いているし、さっきから話も聞こえてきている。スピフィとずいぶん仲良くしてくれているようだね」
どうやら状況説明はいらないようだ。……とはいえ初めてこのお店に来たのだから、挨拶くらいはさせてほしかった。
「黒鱗シーサーペントの剣牙亭店主、フォルト・ベッグベッグだ。どうぞよろしく、西の若い冒険者たち」
東側の……店主?
あっさりと口にされたその言葉に、思わずまばたきした。ちょっと信じられなかった。だってずいぶん若くて細い。冒険者の店ってバルクみたいな厳つい顔していると思ってたんだけれど、この人はそんな雰囲気がまったくしない。
「驚いた様子だね。西から来た冒険者はみなそういう顔をするよ。見ての通り、バルクさんとは違って腕っ節はからきしだ。まあ、現役の冒険者相手に殴り合いができる彼の方が異常なのだけれど」
「ニャハハ! あっちの店主はガタイいいからね。なんならフォルトも鍛えたらいいんジャン? アタシが剣教えてやろうか?」
「荒事は苦手でね。君が冒険者のまとめ役をしてくれて助かっているよ、スピフィ」
スピフィの気まぐれな猫を思わせる笑みを受けて、フォルトの口の端がわずかに上がる。
―――なんか、今ちょっとだけ感じが違ったな。
「東側には兵士たちや兵士候補たちが集まる戦闘訓練所があるのは知ってるかい? うちの冒険者はあそこから来る者が多くてね」
「あ、知っています。エルノも来るんですよね?」
新しい鎧選びの時に聞いた場所だ。
……そういえば、この店にはその戦闘訓練所のあぶれ者が集まっていると聞いた気がする。
「そうだね。領主の嫡男も通っているそこだ。そこである程度腕に自信を持った者が一旗揚げようとやってくるからか、うちではいざこざが絶えなくてね。それに店主がこんなに頼りないものだから、スピフィが来る前は荒れ放題だったよ」
ああ、なるほど。
西の冒険者たちから揶揄されていたスピフィのやり方は、どうやら黒鱗シーサーペントの剣牙亭では歓迎されているらしい。喧嘩好きな彼女のやり方はきっと反感も買いやすいはずだけど、力自慢の荒っぽい冒険者たちを力で圧倒して黙らせてくれるのだから、店側からすればありがたい存在のようだ。
「だから、彼女が気に入っている君たちはいつでも歓迎するよ。店証を用意しておくから、今のと交換する気になったら言ってくれ」
「ありがたい話ですね。考えておきますわ」
「なにかあったらお願いしますねー」
直球なお誘いに、リルエッタとユーネが笑顔で返す。
……今のところ僕たちに店を替える必要はないけれど、それはそれとしてスピフィはすごいな。普通、何度か仕事して信用できるってことを見せないと店証は替えてくれないはずだけれど、彼女の知り合いというだけでその信用に足るって判断されたらしい。
「お、いつになく気前いいジャン。どうしたのさフォルト、普段はもっとしみったれてるだろ? なにかいいことでもあったのか?」
やはりお店としては特別な対応らしくって、スピフィ自身もちょっと驚いているくらいだ。黒鱗シーサーペントの剣牙亭でどれだけ彼女が重宝されているか分かる。
それを横目に、なぜかリルエッタがため息を吐いた。店主のフォルトへと意味ありげな視線を向けて、同情するように口を開く。
「貴方も大変ね」
「さて、なんのことやら」
フォルトは短くそう返した。
……なんだか分からないやりとりだけど、本人たちは伝わっているらしい。
「さて、いつまでも雑談しているわけにもいかない。まず君たちの店証を見せてくれ。一応手続きだからね。それと、君たちが請けたい依頼は?」
「あ、はい。請けたい仕事は下水道の大ネズミ討伐です」
僕は店証を取り出しながら、こちらでも常設のはずの仕事を伝える。リルエッタとユーネも自分の店証をカウンターの上に置いた。
フォルトは僕たちの証を確認して手元の羊皮紙に何事か書き記す。……どうやらあらかじめ用意されていた書類のようで、空欄を名前とランク表記で埋めただけのようだ。
すぐにペンが置かれて、証が返される。
「今後もこちらで仕事を請けるときは店証がいるから、覚えておいてほしい。大ネズミ討伐の内容は基本的には西側と変わらない。尻尾を切り取ってくるのを忘れないように」
「あ……ありがとうございます」
なんだか丁寧な対応だ。バルクだったらたぶん、尻尾のことなんて念押してくれない。どちらかと言えばイルゼの受付に近いのではないか。……もっとも、あの魔物図鑑を書きたがっている元学者さんよりもずっと、この人は落ち着いていて無駄がないけれど。
「ところで、西側の下水道は詳細な地図ができたようだけれど、東側はまだないことは知っているかな?」
……それは、図書館でも気になっていたことだ。
西側の下水道の地図はチッカが書いたから、あるのは当然。だけれど、東側の地図は探しても見つからなかった。
なぜ、ないのか。
「下水道は妙に入り組んでいるしけっこうな広さがある。そして暗くて足場も悪く頻繁に大ネズミも襲ってくるから、意外と進めない。地図を書きながら本気で隅から隅まで探索するなら、熟練者でも三日はかかるだろう。……そして、下水道で大ネズミ討伐をする冒険者は低ランクたちだ」
そういえば、ウェイン、シェイア、チッカの三人で下水道探索した時も結構日数がかかっていた気がする。
たしか……一回戻って来たけれど五日くらい? 最終日はかなり早く戻って来たみたいだから実質四日かな。
洞窟ワニを探しながら塞がれてた未発見エリアに足を踏み入れて、とかやってたにしても、あの三人でもそれなら僕らだとけっこうな時間がかかりそうだ。
ただ、それは……。
「誰も本気で探索していないってわけね?」
「そう。そこまで奥に行かなくても、向こうから襲ってくるネズミを倒していればそこそこ稼げるしね。だからもし下水道全体の地図ができたら買うよ。デキがよければ、だけど」
未発見の何かがまだある。そんな可能性が、一層大きくなった気がした。
「ああ、あった、あったよ。こんなところに!」
図書館に女性の低音が響く。黒髪の女は踏み台の上で背伸びまでして、棚の上に置かれていた弓を掴む。しなりが失われないよう弦を外されたそれは、通常ではまず見つからない場所に隠れていた。
「分からん……なぜだツェルミラ。なぜお前は書架の上に弓など置き忘れるのだ?」
「なんでだろうね。竪琴より安価だからかな?」
冒険には竪琴よりも弓の方が重要なのだが。魔物は詩では倒せない。
まったく、早速予定が狂ってしまった。弓も竪琴も腕はいいが、彼女は奔放すぎるのが玉に瑕だ。
「そうだ。せっかく図書館に来たのだから、ちょっと確かめたいことがあるんだ」
ツェルミラは鼻歌まじりに書架の間を歩いていく。
自分の忘れ物のせいでわざわざ戻って来たというのに悪びれもせず、このように気まぐれに振り回される。まあいい加減慣れてはいるが、本来であれば今頃は町の外のだったことを考えるとあまりいい気分はしない。
早く出発したいのだが。
「ああ、コレだよコレ。見てみなよザガム」
「いったいなにがあったというのだ……」
辟易しながら彼女が差し出す羊皮紙を覗き込む。
どうせまた変なキノコや虫の図説だろうと思っていたが、それは地図のようだった。
「遺跡……いや下水道と書いてあるな。これがなんだ?」
「あの三人が見ていたものでね、ちょっと気になっていたんだ。これ、チーちゃんの描いた地図だよ。ほら、書き方のクセが変わってない!」
改めて見る。たしかに……その地図の書き方には見覚えがあった。かつての仲間が作成したものに酷似している。
「道幅や足場の良し悪しまで詳細に描かれている。まるで遺跡の地図だ。気にならないかいザガム? たかが下水道の地図なんかを、あのチーちゃんがこんなに真面目に描くと思う?」




