黒鱗シーサーペントの剣牙亭
冒険者の店とは、冒険者ギルドに加盟しているお店ってことらしい。
そして僕らがEランクに上がったときに貰った金属製のカード、いわゆる店証は、冒険者ギルドの冒険者であることと、その店で冒険者ギルドに登録したという証明でもあった。
つまり店証があれば冒険者であることは分かるから、他の冒険者の店でも依頼を受けることは可能である。ただし他所でヘマをやってしまうと、あの店はあんな奴に証を渡したのか、ってお店の評判が下がるそうだ。
「ツェルミラさんとザガムさんも、都のお店の冒険者証で黒鱗シーサーペントの剣牙亭にいるんですかねー」
「どうだろ? その店に長く居るつもりなら、登録し直すこともあるらしいけど」
お店が認めれば、ランクや評価はそのままに登録するお店を変更することもできる。
まあそれは冒険者側にあまり意味はないんだけれど、なぜかやる人は多いらしい。
「たぶん替えてないわよ。そもそもあの二人、遺跡を探しに来たのでしょう? 依頼は請けていないのではないかしら」
そんな話をしながら道を歩く。
大橋を渡って、南東の方角へ。僕たちは東側の冒険者の店へと向かっていた。
考えてみれば当然だ。東側の下水道であれば、東側の冒険者の店に依頼されるだろう。
「あ、あれじゃないでしょうかー」
「本当だ。それっぽい」
「聞いたとおりね」
東側の活気のある町並みも、連続で三日も来れば少しは慣れてくる。聞いて来た冒険者の店の外観そのもののお店を見つけて、僕たちは三人でそのお店を見上げた。
黒い。
色の濃いレンガを主にして、鉄と黒い塗料で塗られた木材で造られた建物で、他の建物とは一線を画す重厚さを感じる店だ。看板の文字も厳つくて、鋭い牙を持つ巨大なウミヘビが船を襲う絵が描かれている。
「ザガムとツェルミラとはすれ違わなかったね」
「朝早くに出るって言っていたし、大橋を渡ったら南西の門へ向かうはずだもの。寝坊してなければもう町の外よ」
「言い訳は無駄になりましたねー」
もしあの二人と出会っていたら、東側の冒険者の店の主人に昔話を聞けないかと訪ねに来た、と言うつもりで相談済みだ。
図書館のヒリエンカ歴史資料の区画にあった出土品の多くは、昔の冒険者がヒリエンカの遺跡から掘り出した出土品である。だから冒険者の店の主であれば、そのころの話を知っているかもしれない―――という嘘である。
まあ積極的に嘘を吐きたいわけではないので、会わなくて良かった。僕は先頭に立つと冒険者の店の扉を開ける。
「お? あれ? チビちゃんたちジャン!」
……そういえば、こっちにはこの人がいたなぁ。
「久しぶりスピフィ。元気だった?」
店に入るやいなや、髪を黄と紫の二色で染めた黒い鎧の女剣士……魔剣士スピフィと、バッチリ目が合ってしまった。
「どうしたどうしたチビちゃんたち! 分かった、ついに西を見限ってこっちに来たんだろ? いつでも歓迎だぞアンタたちならさ!」
両手で僕とリルエッタを捕まえ、前と同じよく分からない技で拘束するスピフィ。元気だなぁ。
これ本当に動けないけどどうやってるんだろ。
「ちょっ、なんでそうなるのよスピフィ! べつに店を変えたいわけじゃないわ!」
「そ、そうですよー。だいいち、どうして同じ町の中でお店変えなきゃいけないんですかー?」
「いやけっこういるけど? パーティの奴らと喧嘩したとか、クソみたいなヘマして居づらくなったとかで、店変える奴。こっちにもあっちにもな」
店証を登録し直す人、そういう人たちなのかなぁ。
「なんだなんだ、また西からのカチコミか?」
「あれ噂のゴブリンロード討伐した子供たちじゃね?」
「小っさいな。普通のゴブリンと同じくらいじゃないか?」
「どうすんだよこういう時。誰が喧嘩売りにいくんだ? ガキに因縁つけんのダセぇしヤだぞ」
「んなこと言って、ビビってんのか? 領主の息子と引き分けたんならお前より強いかもしれねーしな」
「んだとコラ。テメェから砂にしてやろうか」
「おい新人共、誰か喧嘩売ってみろよ。子供に負ける貴重な体験ができるかもだぜ!」
初めて来る場所だしなるべく目立たないようにしようと思っていたのだけれど、どうやらスピフィのせいで御破算のようだった。
いや注目浴びるのは予想してたけども、いきなり喧嘩する前提の値踏みするのはやめてほしい。戦いに来たつもりはまったくない。
「コラコラお前ら。このチビちゃんたちはいいんだよ。アタシの客人だから丁重に扱いな。もし失礼したらアタシの魔剣で刻むからね」
スピフィの一言で、騒がしかった冒険者たちの全員が一斉に視線を逸らす。脅しではなく本気なのか。
以前、黒鱗シーサーペントの剣牙亭はスピフィのワンマンで回ってるとか聞いた気がするけれど、あながち間違ってないのかもしれない。
「……貴女たち、もしかして他所の冒険者が来たら全員に喧嘩売ってるの?」
「モチロン。どういう奴か知るには、とりあえず闘ってみるのが一番ジャンね」
魔境かな?
「最近もイキのいい奴が来て面白かったぜー。都から来た偉そうなハゲ頭が負けても絶対に認めようとしなくって、しかも倒されながらギャアギャア言うのに合わせて仲間の吟遊詩人がノリノリで竪琴弾くもんだから、思わず笑っちまって続ける気が削がれちまってさー」
どうやらあの二人……というかザガムはしっかり洗礼を受けたようだ。
Cランクだし強そうではあったけれど、さすがにスピフィ相手じゃ分が悪かっただろう。この人は喧嘩するために生きてるんじゃないかってくらい喧嘩好きだ。
……とはいえ、スピフィも誰でも彼でもと喧嘩を売ってるわけではないと思う。さっき僕に対して誰をあてがうかで揉めそうになっていたところを見るに、その場その場でいい勝負をしそうな相手を見繕っているのではないか。
であるなら、スピフィが直々に相手をしたザガムはけっこうな実力者なのではないか。
「それで? ホントに今日はどうしたんだよチビちゃんたち」
「ああうん。戦闘訓練とマッピングの練習のために、こっちの下水道に潜らせて貰おうと思って。向こうはもう完璧な地図があるからつまんないし」
「は? チビちゃんたちはゴブリンロードぶっ倒したのに、なんで今さら大ネズミで訓練すんの?」
「スピフィはウェインたちが居たって知ってるはずだよね?」
いくら嫌いだからって、記憶から存在を消すのはどうかと思うよ。




