下水道の大ネズミ討伐依頼
「つまり、口止めね」
夕暮れの帰り道を歩きながら、リルエッタはそう断定した。
「仮に西の山々に大きな遺跡があった場合、彼らは自分たちで言ったとおり、発掘した品々を持てるだけ持って帰ってくるでしょう。そんなの冒険者の間では必ず噂になるし、追随して遺跡探索に乗り出す者たちも出てくるはずよ」
もうほとんど西に落ちかけた太陽に向かって歩いていく。夕陽が眩しくて少し下を向く。
少し変な感じだ。普段は町の外から帰ってくることが多いから、夕暮れ時はいつも影を追いかけて歩くのだけれど。
「けれど彼らはできることなら二度、三度と遺跡へ潜って発掘品は全て独り占めしたいと考えているから、そんな相手と競いたくはない。だから遺跡がある場所は他の冒険者には隠しておきたいわけね」
「でも、僕たちはツェルミラとザガムがどこへ行くか知っているから……」
「そういうこと。わたしたちが他の人に言わないよう、いつか成長したら行くといいなんて都合のいいことを言っておいて、自分たちだけで根こそぎ遺跡をさらってしまおうってことね」
なるほどなぁ。たしかにその通りだ。
今は無理でもいずれ自分たちで行く気だったなら、他人に言う気にはならないだろう。そしてその間、あの二人は探索し放題だ。
「でもー、本当にあの二人で取り切れない量の遺物があったなら、いつか取りに行けますよねー」
「そうね。でもどうかしら? あの二人に追随する冒険者だって間抜けじゃないわ。わたしたちが一日で調べられたことくらいすぐに思いつくでしょう。だったらその前に情報を売るのも手よ」
情報を売る、か。
もしツェルミラとザガムが財宝を持って帰って来たなら、マネして遺跡探索をしようという人たちは遺跡の位置を知りたがるに違いない。
なら情報は売れるだろう。けれど売るのは冒険者たちに知れ渡る前でなければダメだ。
「でも、できれば西にある遺跡も探索してみたいね」
「できれば、ね。ツェルミラとザガムも、あまり目立てばすぐライバルが増えるって分かってるはず。なら、なるべく噂にならないように行動するのではないかしら。それだったらわたしたちも黙っておいて、いつか遺跡探索に行くのもいいわ。……そのいつかが、いつになるのかは分からないけれど」
「行けますよー、きっと」
ユーネの楽観的な声に、リルエッタはため息を吐く。
「まあいいわ。その辺りは後で考えましょう。見つからずに泣きながら帰ってくる可能性も高いのだし。……それより、明日は分かっているわね?」
「うん」
僕は頷く。明日の予定はもう決定していた。
「東側の下水道へ潜る。もし核がある未発見のエリアがあるとしたら東側だ」
下水道は大ネズミの巣になっていて、討伐依頼が常設で壁に貼られている。
数が多いけど弱い魔物で、向こうから突撃してくるから探す必要もなく、でも一匹ごとの報酬は安いという仕事だ。駆け出しの冒険者が戦闘に慣れるため、一度はやると言われている仕事である。
もっとも、僕たちのパーティはまだやったことがないんだけど。
「それはそうよ。適当に歩いて、襲ってくる大ネズミを倒すだけの仕事だもの。冒険者の店に溢れている前衛で戦うことしかできない人の仕事だわ。わたしたちのように魔術が使えたり斥候ができたりするなら、能力に合った依頼があるもの」
つまり、そういうことである。
翌朝、冒険者の店に集まって朝食を食べながらの会話は、僕たちにとって初めての下水道についてだった。
「ウェインやニグとヒルティースもやっていたけど、最近は行ってないんだよね。イルゼが受付をやるようになって、おすすめの依頼を教えてくれるようになってからかな」
僕は野菜くずのスープに黒パンを浸す。
イルゼはまだ夏頃に冒険者の店へやってきた受付嬢で、元学者らしい。いつか魔物図鑑を書きたいという夢があるらしく、冒険者たちからよく話を聞き出している人だ。
頭がいいし話し上手だから冒険者の男たちから人気があるけれど、今日はお休みなのか受付には珍しく店主のバルクが座っていた。
「ニグとヒルティースはともかく、あのメッシュ男がやってたの驚きね。絶対実力に釣り合ってないでしょ」
「ウェイン、前衛しかできないし文字も読めないからね」
「冒険者って剣の実力だけじゃダメなんですねー……」
この前のゴブリンロード討伐で、東側で一番の冒険者である魔剣士スピフィとの見事な戦いをしてから、ウェインの実力は誰もが知ることになった。リルエッタとユーネもその強さは認めるしかなかったようだ。
けれどやっぱりウェインはウェインなので、みんなからの扱いは相変わらず雑なままだったりするんだけれど。
「まあ、そのおかげで洞窟ワニ騒動の時もウェイン、シェイア、チッカの三人が選ばれたんだけどね」
「そういえばその三人、今日はいないわね? 昨日はいたんでしょう?」
「ウェインはまだ大部屋で寝てたよ。最近ずっと忙しそうだったし、疲れてそうだから今日はお休みかな」
「シェイアさんは分かりませんけどー、チッカさんは釣り行ってるんじゃないでしょうかー」
チッカは海の方に行ってるだろう。彼女は釣りのために時間に自由が利く冒険者を選んでいる。久しぶりの休日なのだしきっと今頃はもう、寒い海岸で釣り糸を垂らしているのではないか。
「まあ、あの三人の話はいいのよ。問題なのは今日のわたしたちのこと。キリ、何か役立つ話は聞けたかしら?」
そう促されて、僕は昨日のうちに仕入れた話を思い出す。
「みんなに聞いたけど、下水道で使う明かりは松明がいいってことと、大ネズミに噛まれると病気になるから水薬を用意しておくようにだって」
僕もあそこに泊まり始めてから知ったのだけれど、ランクが低くてお金のない冒険者たちが寝起きする大部屋は大切な情報交換の場になっていた。
あの魔物は夜行性で弱点はあそこだとか、あの道は迷いやすいから方角を細かく確認しろとか、あの村は村人が冷たくて食料を分けてくれないから保存食を多めに持っておけとか、そんな具合。
まだ実力もそんなになく分からないことも多い低ランクたちが、情報を交換し合って互いに助け合う場所。それが大部屋だ。
「あ、水薬は大丈夫ですよー。ユーネの治癒術で簡単な病気くらいは治せますのでー」
「松明はどうして? 魔術の灯りじゃダメなの?」
「いやその……普通のパーティは治癒術士も魔術士もいないからね?」
改めて考えるとこのパーティ、やっぱり器用だよね。術士が二人もいるって普通じゃないんだな……。
「松明はあった方がいいかな。治癒術はともかく、明かりの魔術は意外と魔力がいるでしょ? 松明なら下水道の湿った床に投げ捨てても消えないし壊れないから便利なんだって」
僕は朝食のスープを飲んで考える時間を稼いでから、そう話す。水薬はユーネがいればいらないけど、松明は持っていった方がいいと思う。僕だって魔術は勉強しているから、明かりの魔術が初心者用の魔術にしては難易度が高めなのは知っている。
正確には使用難易度は低いけど維持が難しいのだ。一定の明るさのまま長時間その状態を保つには、それだけ魔力と制御力を求められるのである。そのせいか灯りの魔術は、魔術の修行に用いられることも多いとかなんとか。
「なにがあるか分からないし、魔力の温存はしたいものね。分かったわ、松明は仕入れて行きましょう」
「たしか武具屋さんに売ってましたねー。……でもあれって自作できないんでしょうかー? 木に脂を染みこませた布を巻くだけのようなー」
「詳しくは知らないわね……今度調べましょうか」
そんな話をしながら食事を終えて、三人で立ち上がる。そして、受付の方へ向かった。
下水道に入るなら、大ネズミとも戦うことになる。だったらついでだし大ネズミ退治の依頼も受けた方がいい。
「おはよう、バルク」
「おう、お前らか。また薬草採取に行くのか?」
「ううん。今日は戦闘訓練をしてみようと思って、東側の下水道に向かうつもり」
受付にいるバルクに挨拶し、行き先を告げる。遺跡探しをするのは内緒だ。まだあるかどうか分からないし、僕たちで見つけたい。
「下水道……は、まあいいが、東側? なんでだ?」
当然の疑問である。僕らは西側に住んでいるのだから、西側に潜ればいい。
「マッピングの練習もしようと思って。西側のマップはチッカが前に作っちゃったでしょ?」
「ああ、なるほどな。やりたいことがあるのは分かった。できれば西側を駆除してほしいところだが、まあいい。好きにしろ。……だが、そういうことなら受付はここじゃないな」
バルクはそう言うと、親指で窓の方……東の方角を示す。
「そこはあっちの縄張りだ。黒鱗シーサーペントの剣牙亭へ行け。……くれぐれも、うちの店の評判を下げるようなことはするなよ」




