情報の対価
「ハッハッハ、ここにいたのか少年少女たちよ! え、ずっとここにいたのか? こんな区画に? ここは町の歴史資料がある場所だろう? 西側の情報はあまりないと思うが……」
そうザガムに声をかけられて、僕らはかなりの時間がたっていることに気づいた。窓から差し込む光は紅色で、すでに夕方になっている。
僕はリルエッタとユーネと顔を見合わせた。ビックリだ。もうこんなに時間が過ぎたのか。
「……お恥ずかしい。仰るとおり、時間を忘れていたようです。最初は遺跡について調べていたのですけど、思ったよりヒリエンカの歴史が面白くて、夢中になってしまいましたわ」
代表してリルエッタが応対する。
ツェルミラとザガムの二人に、ヒリエンカの町にまだ遺跡が残っているかもしれないことを言うわけにはいかない。交渉に一番長けているのはリルエッタなのだし、彼女に任せるべきだろう。
「どうやら本当にずっとここにいたようだな。若者の集中力は怖ろしい。いや、普通の子供ならこんな本ばかりのところにいたら外に遊びに行きたくならないかね?」
なんだか年寄りくさいことを言うザガムだけれど、彼もそこまで歳をとっているようには見えない。ウェインと同じくらいか、もう少し上かという感じか。たぶん二十代ではあるだろう。
「しかし、いくら集中力が高くとも脱線するとはまだまだだな。好奇心による移り気もたまにはいいが、目的のためには最短距離を進まねばいかぬ時もある。人生は短いのだからな」
「いえいえ、このツェルミラは感服しましたよ。みなさんずいぶんと勉強熱心なのですね。わたくしめなどまた楽器を爪弾きに行ったというのに」
「お前はもう少し真面目に調べろ」
どうやらツェルミラはまた外へ行ったようで、ザガムが苦言をぼやく。なんだかもう慣れきったような、呆れと諦めが混じった言い方だった。きっといつものことなのだろう。
面白いモノ好きの吟遊詩人と、神さま志望の禿頭戦士。クセの強い二人だけれど、なんだかんだでいいペアなのかもしれない。
「わたしたちで調べたところ、この地はかつて砦のような役割を果たしていたのではないか、というところまでは予測できました。おそらく、橋を通る者たちの検問所も兼ねていたのではないかと思います」
「ほう、つまりやはり交通の要所であった可能性が高い、というわけか。……ああいや、それはすでにこちらも調べはついていたが、お前たちも同じ結論に達したのであれば、俺様の仮説も補強されるというもの」
ううむ。なんだかこう、ワキワキするな。変な感じだ。
たぶんザガムはそこまで調べてなかったのだと思うけれど、僕らとしては彼らには西へ向かってほしいのだから、それは指摘せずこのままの調子でいてもらった方がいい。
騙すために騙されているフリをするというか、まあ西にも遺跡があるかもしれないのならそもそも騙しているわけではないのだけれど、それはそれとして変な気分だ。暴れケルピーの尾びれ亭の面々だったら、遠慮なく口にできるのだけれど。
「うむ。やはり神を目指す者として、タダで情報を得るわけにはいかぬな。有力な情報には対価を払わねばならん」
禿頭の男ザガムは自分の言葉に陶酔するように天井を仰ぐと、ニッと笑って指を三本立てて見せる。
情報の……対価? それは意外な話だ。まったく考えていなかった。
「少年少女たちよ。俺様はお前たちに三つ、対価を払う。と言っても、金銭ではない。情報には情報だ」
「……それは、ありがとうございます。もしや遺跡の?」
「うむ」
リルエッタも予想していなかったのか、若干警戒している。とはいえ受け取るかどうかを確認する気はないようで、ザガムは返答を待つことなく口を開いた。
「まず一つ。これは地元に住む君たちの方が詳しいかもしれないが、遺跡があると目される場所は未開の山奥であることが分かった。険しい自然と未知の魔物が待つ場へ向かうのは、子供のお前たちには少々荷が重いと思われる。調べるのはいいが、挑戦するのは辞めた方がいいと忠告したい」
……ちょっとビックリだ。いや、かなりビックリした。
この禿頭の人は神さまになるとか言ってる変人なのに、すごく常識的なことを言っている。しかも顔も声も真摯で、本当に僕らを心配しているかのようだ。
え、もしかしてこの人、いい人なのかな?
「そして二つ。これは遺跡探索の経験がある冒険者としての忠告であるが、遺跡内部には危険な魔物が入り込んで巣を作っていたり、古代の罠やガーディアンが存在することも珍しくない。もちろんなにもない場所もあるが、基本的に危険な場所だ」
リルエッタが下唇を噛むのが見えた。悔しそうだけれど、事実ではあるのだろう。
とはいえ反発する気持ちも分かる。冒険者は危険を冒す者。そして、その先に手を延ばす者なのだから、危険だからというだけでは避ける理由にならない。判断基準は、自分たちの実力でそれが手に負えるか否かである。
「最後に三つ。これは後払いになるのだが、これまでの二つを踏まえた上で、もし西方に遺跡群が見つかった場合、俺様たちはお前たちにだけその場所を教えると約束しよう」
「え……?」
ユーネの意外そうな声が響く。リルエッタも目を見開いていた。
遺跡の場所。彼らが実際に現地へ行って見つけた遺跡を、僕らにだけ教えてくれると言っているのだろうか。それは……本当にビックリだ。情報交換と言っていたけれど、破格ではないか。
「驚いたかね? 驚いただろう。フッ、神とは気前が良くなければならぬからな」
「フフフ、そうですね。まあ実際の神がお願い事を聞いてくれたことは、あまりないのですが」
自分でも太っ腹な話だと思っているのか、親指を立てて決めポーズをするザガム。そんな相棒の姿が面白いのか、その横でツェルミラが笑っている。
「俺様たちの一番乗りは譲らない。そもそも明日の朝早くに出発する予定であるし、まだ西方について調べのついていないお前たちが追いつけないことは明白であるから、そこは諦めよ。そして、俺様たちが両手に余るほどの財宝を抱えてくることを待つがいい。安心しろ、大規模な遺跡群があったなら俺様たちでは掘り尽くせぬし、俺様たちは決して余人に遺跡の場所は漏らさぬ。だからお前たちは自らの成長を待って数年後、実力を含む万全の準備を整えて遺跡に挑戦すればよい。―――これは神を目指す俺様と、未来ある若人との契約である」




