絶対にわたしたちで見つけるの
「ヒリエンカの遺跡が、まだ生きている……」
リルエッタが言ったことを、そのまま呟く。
大きな川の河口があり海に面したヒリエンカの地は、本来ならば川の氾濫や洪水などの水害が起きやすいはず。でもそんな水害は今まであまりなくって、それが不思議で、かつてこの地に住んでいた人が対策してくれていたんではないかとリルエッタは考えた―――
なるほど。昔の人も災害は恐かっただろうから、そう考えれば筋は通る気がする。
「生きていないかもしれないわ」
チェリーレッドの髪の少女はあっさりと持論を覆すことを言って、真剣に聞いていた僕とユーネは思わず膝の力が抜けてしまった。
「水害が起きにくいのはそういう地形だからかもしれないし、土地が痩せているのも何か他に理由があるのかもしれない。大橋が落ちないのは施された魔術陣のおかげでしょうけれど、あれは単体で機能していてもおかしくないでしょう」
「まあ、そうだね……」
偶然が重なっているだけ、ってことも当然あるわけで、ヒリエンカにそんな機能のある遺跡があるかどうかはまだ分からない。
今のところはリルエッタの予想でしかないのだ。
「でもでも、それだけ筋が通るなら、本当にあるかもしれないじゃないですかー」
「そうね、可能性はある。けれど証拠はないわ。だから見つけるの」
つまり図書館に来たのは、リルエッタの仮説を補強する情報を探すためってことか。
ツェルミラとザガムに会ったのは予定外だったけれど、上手く嘘を教えて……いや、本当に遺跡がある可能性もあるから嘘とは言えないけれど、彼女の本命とは別の方向へ誘導した。
すごいな、リルエッタ。視野が全然違う感じだ。
「仮に、ヒリエンカの基になった遺跡にそういう機能が残っていた場合」
その声は小さく、そしてハッとしてしまうほど真剣だった。
「そしてその機能に、核のような……心臓のようなものがあった場合。それは間違いなく現代の技術では造り出せない遺物よ。すごく高価な値段で取引されてもおかしくないわ。それこそ、一攫千金ね」
町を護れるほど範囲が大きくて、橋を壊すような水害を抑え込むほど強力な、結界のような大規模機能。
そんなものの、心臓。たしかに高値が付きそうだけれど……。
「でも、それがなくなったらヒリエンカを災害から護る機能も失われてしまう。毎年のように、大橋を落とすような水害が町を襲うようになりかねない」
ゾワッとした。背筋の産毛が一斉に逆立つような感覚。
それは、いったいどれほどの被害が出るのだろうか。今まで危険を知らなかった町の人たちが大勢死にかねない話だ。それに橋が落ちてしまえば、ヒリエンカという町自体が成り立たなくなってしまうのではないか。
「そんなの、この町のことなんてお構いなしのよそ者に渡すわけにはいかないわ」
よそ者。つまり、都から来たツェルミラとザガムだ。
もしあの二人がヒリエンカに眠る未踏の遺跡を見つけて、町を護る機能の心臓を見つけた場合は……最悪だ。それは、ダメだ。よそから来た冒険者のせいでヒリエンカが滅びかねない。
彼らが目の前の大金よりも町のことを考えてくれるくらい善人で、魔術士でもないのにそれが現在も機能している大切なものだと見た瞬間に理解して、うっかり壊したりせずそっとしておいてくれるほど理性的であればいいけれど、少なくとも僕はあの二人をそこまでは信用できない。
「だから、絶対にわたしたちで見つけるの。キリ、ユーネ、協力して」
ようやく分かった。リルエッタはヒリエンカを護るために、今回の遺跡探しを決意したのだ。
「そして本当にあったら、領主様に売りつけましょう」
……ああうん。いい値段になりそうだよね。
調べることは、まず遺跡時代のころについて。
やはり展示されている品だけでは断片的なことしか分からないけれど、やはり砦の役割は果たしていたのではないか、という推測はできた。昔は橋の両側にもっと物々しい建物があったようだ。
次に調べたのは、ヒリエンカの水害が本当に少ないかどうか。これは近隣の海辺や川辺の村の記録と比べてみることにした。……が、いきなり難航する。だってそういう記録をまとめている資料がない。
ただヒリエンカの領主は先々代からマメな性質だったようで、かなりの量の日誌……治政記録が出てきたのでそれを最初のページからめくっていき、地道に水害に関することが書いてあるページを探していく。
やがてヒリエンカと近隣の村の水害記録年表ができて、明らかにヒリエンカの水害が少ない結果を見ながら、リルエッタは「この年表は図書館に寄贈できるデキね」とため息を吐いた。
三番目に調べたのが、畑について。いつ頃からヒリエンカの土地は痩せているのか。
これは比較的簡単だった。農業についてはまとまった記録があったのだ。どうも以前に調べた人がいるらしく、ヒリエンカの地はなぜか何を試しても作物が育ちにくいという愚痴が延々と添えられていた。
ユーネが著者名を見て「これ書いた人の名字、なんだか神職っぽいですねー」と言っていたので、たぶん教会関係者だろう。もしかしたらニビトイ村の畑を改善したという先代の辺境巡回神官さんかもしれないな、とかちょっと考えてしまった。
四つ目に大橋について。こちらも以前、王都から調べに来た魔術士たちがいるらしく、それについての記述を見つけた。
その魔術士たちはどうにもやる気なさげで仕事を怠け、おざなりに調べたふりだけして帰って行ったらしい。明らかに手抜きされた調査記録しか残っていなかった。
横柄で見下すような態度に先代の領主様が憤慨して大変だったという話の方が量が多くて、僕たちは三人で頭を抱える。
そして、最後に。
「もし仮に、ヒリエンカの地を護るために魔力を土地から吸い上げているのなら、かなり大がかりな魔力機構が残っているはずよ。けれど、ヒリエンカの地上にそんなものは見当たらないわ。……だから、あるとしたらこれだと思うの」
机の上に広げられた羊皮紙の右下には、西部下水道と書かれていた。
かつてウェイン、シェイア、チッカの三人が隅々までマッピングした、西側の下水道の詳細な地図。
他よりも新しい羊皮紙に書かれたそれは、最近になって公開されたからだろう。あれから時間がたって、いろいろ落ち着いてきた頃合いってことだ。
「改めて見ると妙に入り組んでいる構造だし、それが何らかの紋様を描いているようにも見えるし、全体的には橋を起点として半円を描いているわ」
リルエッタが下水道の地図を指でなぞりながら、その特徴を言っていく。
たしかに少し歪な気がするけれど、半円状だ。ただ、橋を町の中心にして住んでいたとしたらそうなる気もする。……ただ、最近までこの地図は半円じゃなかったんだよな。ウェインたちが新エリアを見つけてマッピングするまで、北西の部分がごっそり欠けていたはず。
だとしたら、下水道の地図を見て魔術陣を想像する人なんていなかったのではないか。
「もしこれが東側も同じようになっていて、大規模な魔術陣になっているとしたら……もしかすると、もしかするわよ」
リルエッタの目も声も真剣で、下水道の地図を食い入るように見つめていた。
そんな彼女の横顔を見ていれば、僕も少しずつ実感してくる。胸の奥の奥から期待が湧いてくる。
未踏の遺跡は、本当にあるかもしれないのだ、と。




