ヒリエンカの遺跡
「ヒリエンカには遺跡がないって言われているけれど、本当は未踏の遺跡がないが正しいわ。さらに言うなら、未踏破の遺跡がない、になるわね」
図書館の奥の方にはいろんな展示物が並べられていた。展示されている品は様々だけれど、工芸品や昔の様子を記録した絵が多い。
その中で、やけに古い品ばかりがある一角があった。
「冒険者は一攫千金のために財宝を求めて遺跡に潜るけれど、本当に財宝が出てくることは珍しいわ。ほとんどないと言っていい。けれど、少しでもお金になればと遺跡に落ちていたものを拾ってくる。それらは一つ一つなら価値がなくても、たくさん集まればかつての光景が見えてくるの」
古い鍋や食器があった。金属の指輪があった。壊れた椅子があった。よく分からない紋章みたいなものがあった。
昔、この地に住んでいた人たちがどのように過ごしていたのか、目に浮かびそうな品々があった。
「ここにあるのは、ヒリエンカ歴史資料館のころからあった品々っぽいですねー」
ユーネが案内書きを読んでそう教えてくれる。歴史資料館を図書館として増築したんだっけ。なら、ここにあるのは昔からあるものなのか。
「じゃあ、あっちのも?」
「そうね……」
生活用品の横の棚には、古くてボロボロの剣や盾、槍の穂先などが陳列してあった。壊れた兜や鎧もある。
そしてそれが、すごく多い。
「……交通の要所だったのなら、もしかしたら国境だったのかもしれないわね。大昔は砦のような役割を果たしていたのかも」
砦と言えば、あのゴブリンロード討伐の時のことを思い出す。あの場所は山と森に挟まれて、通れる幅が狭くなっていた。もし大勢の軍隊が通るなら必ず足止めできるよう、そういう立地に建設したのだ。
大きな川があって大橋が一つしかないのなら、たしかにこの場所に砦の役割を持たせるのは理にかなっている。
「ヒリエンカの町中にある遺跡の名残には、戦火に晒された痕跡があるものも多い……って書いてある。戦争があったんだ」
武器防具の棚の横にあった説明書きを読んで、呆然とする。戦争なんて遠い国の話かと思っていたけれど、かつてここは戦地だったのだ。
「ヒリエンカは遺跡の上に建設された町よ。だから、なにかしらの理由でこの地は一度滅んでいるのは間違いないでしょう。けれど、戦争があったというのはどうかしら。魔物の襲撃があった可能性もある……というか、そちらが本線でしょう」
魔物。そうか、それもあった。
大きくて強力な魔物が一匹だけで町を蹂躙したって物語は読んだことがある。それに、ゴブリンだって村くらいなら滅ぼしかねない群になることを僕は知っている。
「かつて繁栄していた人族の文明は、魔物の大量発生によってかなり失われたわ。五百年前に現れた勇者が魔王を倒したけれど、それより以前を暗黒の時代と呼ぶの。そのころにかなりの数の国が滅びたとされているから、たぶんここもそうでしょう」
「はぁー……この辺りも被害を受けてたんですねー」
勇者の物語だったら知っている。突然魔王が魔物の軍勢を率いてやって来た話も知っている。
けれど、どこか遠い地の話だと思っていた。
「……あれ?」
ふと不思議に思って、僕は顎に手を添える。
「どうしたんですー?」
「うん。この図書館……というか、歴史資料館って昔からあったんだよね。それなのにリルエッタもユーネも、初めて見たような反応してない?」
「え? 初めて見るわよこんなの」
あ、そうなんだ。
「図書館ってあんまり来たことないんですよねー。ここの展示物も目の端に映るくらいでー」
「言っておくけれど、ヒリエンカの歴史に疎いわけではないわよ。おじいさまに嫌と言うほど聞かされたわ。ただ、マグナーン商会がまだ小さかったころまでしか遡らなかっただけ」
意外なことにヒリエンカ生まれの彼女たちですら、遺跡時代のことは知らなかったらしい。ちょっと驚きだ。少なくともリルエッタは詳しいと思っていた。
……でもまあ、そんなものなのかもしれないな。僕もニビトイ村の成り立ちとか知らないし。
「近くのことは意外と見落とす……ね。あの神さま志望の変人、痛いところを突いてくるじゃない。たしかに不勉強だったわ」
リルエッタは展示された品々を一つ一つ、真剣な表情で眺めていく。ユーネも興味深げだ。
僕も展示物を見てみる。短く文字が彫られた小さな石版があって、その横に古代文字でハズレと書かれていると説明書きが置いてある。昔の人がくじ引きでもしたのだろうか。
「もしここが砦の役割をしていた場所だったら、交通の要所だったってことだよね?」
ゴブリンたちに占拠された砦が使われなくなったのは、あまりあそこを通る人がいないからだ。もし交通量が増えたなら、街道の安全を保つためにも兵が置かれるはず。
「そうね」
「ここが交通の要所だったら、西の方に遺跡があるはずってリルエッタはアタリをつけてるんだよね? だったら、もうそっちを調べた方がよくない?」
調べるのが僕たちだけならゆっくりやってもいいけれど、今回は競争相手がいるのだ。
ザガムとツェルミラの二人はCランクで遺跡探索にも慣れていそうな感じだから、少しクセは強いけれどきっと強敵だと思う。
急がなければ置いて行かれてしまうと思うのだけれど。
「西の地に遺跡がある可能性は、けっこう高いと思うわ。あってもおかしくはないんじゃないかしら。もしかしたら大規模な未踏の遺跡が見つかるかもしれないわね」
リルエッタは展示物を眺めながら応える。
「けれど、よく考えてみなさい。わたしたちだけで行けるのはせいぜい人里がある場所まででしょう? それともどんな魔物がいるかも分からない未開の山々へ挑む能力が、今のわたしたちにあると思うのかしら?」
「ちょっと無理かな」
「ですねー」
うーん、即答してしまった。
前に行ったときは神官さんや、ニグやヒルティースと一緒だった。完全に未開の地で、一人で行動した時は正直恐かったのを覚えている。
それにあの地には、僕が知る限りで最も出くわしてはいけない相手である兎獣人もいるのだ。兎人族は本当におっかないから、テテニー以外はあまり近寄りたくない。
……それともう一つ、重要な問題も思い当たる。遠征はお金がかかるのだ。
ニビトイ村までは三日、その奥の村まで行けば四日。往復で八日。さらに奥地へ踏み込んで探索するなら、最低でも合計十日、本気でやるなら十五日は見るべきだろう。
それで遺跡が見つかれば一攫千金もあり得るけれど、なにも見つからなければ収入ゼロ。
うん、厳しい。遺跡探索はワリに合わないって言われる理由がよく分かる。西のあるかもしれない遺跡は諦めよう。
「だから、あっちはいいの。ヒリエンカ周辺と言うほど近くはないのだし、ツェルミラのことも嫌いじゃないからあげてしまえばいいわ。問題は、本当にヒリエンカの近くにあった場合。……いいえ、ヒリエンカ内に未踏の遺跡が残っていた場合よ」
ヒリエンカ内に未踏の遺跡がある? それは町中ということだろうか。
それはさすがに、あるとは思えないのだけれど。
「昨日、ツェルミラは言っていたでしょう? 川の下流に面しているのにヒリエンカの土は痩せているって。だから作物があまり育たないって」
「言っていましたねー。それが?」
「ヒリエンカの大橋は一度も落ちたことがないの。暗黒の時代より以前からあるのなら、少なくとも五百年は健在ってことよ」
「まあ……そういう計算になるね」
「それで思い出したのだけれど、ヒリエンカって水害の被害が出たって話をほとんど聞いたことがないのよね。他の土地だったら、河口近くと言えば洪水とか川の氾濫とかって話はつきものなのに」
ちょっと難しくなってきたぞ。
水害ってのはピンと来ないけれど、大波で海釣りができないってチッカが嘆いていた日ならあったから、そういうののもっと凄い感じのやつだろうか。とにかくすごい波がやってくるのだろう。
それがあると、橋が落ちる可能性もあるほどのすごいやつってことか。それは恐い。
でもそこまでの規模の水害とやらは五百年以上もなくて、未だに橋は健在で、そして畑の土は痩せている。
……んん?
「すごい波を他に逃がしているから、運ばれてくるはずの養分がなくて土が悪いってこと?」
「いいえ。水害から町を護っている魔法機構が存在するかもしれないってこと」
リルエッタの声は小さく、囁くようで。
きっとそれは、図書館の中だからというだけではなかった。
「土地から魔力を吸い上げて稼働している大規模な遺物装置ってことね。―――ヒリエンカの基となった遺跡の機能は、未だに生きている可能性があるのよ」




