図書館の再会
「うわあー……」
羊皮紙とインクの臭いが漂ってくるその広い空間で、思わず感嘆の息が漏れた。
大きい建物は二階建てで、広くて薄暗い館内にはたくさんの本棚が並んでいて、吹き抜けになった中央から見上げれば二階にも本棚が並んでいる。
これが、図書館。こんなにたくさんの本、全部読むまでにどれだけの時間が必要になるんだろう。
「わたしは行ったことはないのだけれど、話に聞く都や王都の図書館はもっと大きいらしいわ」
リルエッタの話が、僕の半ば呆けた頭に入ってくる。
ここでもずいぶん大きいのに、まだ大きい図書館があるのか。そんなにたくさん本があったら、もう一生かかっても読み切れないのではないか。
「たしか、ここも今の領主様に代替わりしてから大きくなったんですよねー」
「そう。町の人たちの識字率を上げるためにいろんな本を置くようにしたのね。まあそれに関してはあまり効果はなかったようだけれど、ヒリエンカの歴史資料をまとめて展示するだけの場所だったころよりずっと利用者は増えたらしいわ」
そういえば昔、ここはヒリエンカ歴史資料館って呼ばれていたんだっけ。以前はヒリエンカの資料しかなかった場所を、今の領主様がいろんな本を揃えて図書館にしたということだろうか。
あの人は戦闘はからきしという話だったけれど、橋を作ったり図書館を作ったり、いろいろすごいことをしている。貴族はいざという時に戦場で戦わなければならない人だけれど、それだけではないのだと改めて分かる思いだ。
……エルノ、大変だな。僕と同い年のあの少年は、領主の嫡男として生まれたおかげで大忙しだ。
「ねえ、ここの本は全部読んでいいの?」
「この館内の中でならね。外に持って行ってはダメよ。受付の人に怒られてしまうわ」
見回せば、窓際の明るいところや、中央の吹き抜けになっているところには机と椅子が並んでいる。すでに座って本を読んでいる人もいた。棚から本を持って来て、あそこで座って読むのだろう。
どんな本でも読んでいいんだ。読み放題だ。
「勇者様の本とかもあるの?」
「あるとは思うけれど、今日は遺跡について調べるのよ。遊びではないんだからね」
「勇者様の本はまた別の日ですねー」
たしかにそうだ。残念だけれど、勇者様の本はまた休みの日に読みに来よう。
とにかく今日は遺跡だ。ちゃんと調べて、ヒントを見つけないと。
「あら、遺跡をお探しですか?」
聞き覚えのある声……というか、昨日聞いた声だった。
女の人の落ち着いた低音。冒険者には珍しい丁寧な言葉遣い。聴く者の心まで軽くするような明るい声音。
「おはようございますお三方。昨日ぶりですね。こんなに早くまたお会いできるとは思いませんでした」
後ろを振り向けば、黒くて艶のある長髪の女性の姿。
ちょうど吟遊詩人のツェルミラが、館内に入って来たところだった。
「あれ? おはようございます。ツェルミラさんじゃないですかー、どうしてここにー?」
「それはもちろん、遺跡の情報を求めて。昨日も元々はここで調べ物をしていて、休憩で弾き語りに出たのですよ」
ユーネの質問に、ツェルミラはニコニコと答える。
そういえば、ここも大橋の広場からはそんなに離れていない。というかご近所だ。
どうやら彼女も遺跡探しのため、図書館で調べ物をしていたらしい。同じものを探しているから同じ場所にやって来たということか。これは予想してなかった。
「ええい、休憩などと嘘を言うな。お前は一冊も手に取らず抜け出したではないか。真面目に調査をしているのは俺様だけだ」
そう、受付の方から聞こえてきたのは男の声だった。見れば、もう一人見たことのない人がいる。利用者は受付で名前とどこに住んでいるかを書くのが決まりだ。
この人が昨日言っていた連れだろうか。弾き語りをしている最中でも空気を読まない人。
「あまり本を読むのは得意ではないのです。たくさんの文字を追っていると目がチカチカしてきてしまうので」
「呼吸するように嘘を言いおって。俺様は記憶力もいいから覚えているぞ。お前、一日中詩の本を読みふけっていることもあるではないか」
「それはまあ、わたくしめは吟遊詩人ですからね。文字の一つ一つが輝くような心躍る詩であるならば、いくらでも読んでいられるというもの」
連れの男に苦言を向けられても、ツェルミラはひらりひらりと躱すみたいに、楽しそうに言い返していく。
なんというか、このやりとりで二人の関係が分かる気がするな。けっこういいコンビに見える。
「まあ、書物を調べるのは勤勉なあなたに任せますよザガム。わたくしめは吟遊詩人のやり方が性に合っております。そして、そのやり方で出会った素晴らしい方々を紹介しますよザガム。こちら昨日話したキリネさん、リルエッタさん、ユーネさんです」
「ほう? 彼らが西側の、小さいのになかなかやると噂の冒険者パーティだな。なるほど黒鱗シーサーペントの剣牙亭で聞こえてくるとおり、みな利発そうな顔をしている。フッ、君たちのような人材がいるのであれば、ヒリエンカの冒険者の未来は明るそうだ。ハハハ!」
ザガムと呼ばれた男の人は受付を済ませてこちらへやって来て、僕たちを見回す。
なんというか、すごく豪快な印象がある人だった。剃っているのか綺麗な禿頭で、眉がぶっとくて、目が大きくて、丸い鼻も大きくて、口も大きい。顔自体も大きめだし、耳も人間にしては大きいのではないか。背はそこまで高くないけれど首も肩幅も胴回りも幅があって、筋肉と金属鎧のおかげで身体も大きく見える。そして笑い声も大きい。
静かな図書館に声が響いて受付の女の人がこちらを睨んできたけれど、彼はまったく気づいてないようだ。
「えっと、おはようツェルミラ。そして、はじめましてザガム……さんでいいのかな?」
「フッ、礼儀正しいな少年。なかなか良い育ちをしている。そう、俺様は遺跡の都エルムフラーレンよりやって来た冒険者ザガム。ザガム・ボーグルソンズだ」
とりあえず僕がお辞儀をすると、ザガム・ボーグルソンズと名乗った男性は白い歯を見せてニカッと笑う。
そうして、まるで役者のように両手を広げて天井を仰ぎ、こう言い放ったのだ。
「覚えておくといい。そして、ヒリエンカの西側にも広めるといい。このエルムフラーレンよりやって来た禿頭の大剣使い、ザガム・ボーグルソンズの名を。―――俺様はいずれ、神になる男だからな!」




