汚れと傷
図書館に行くのに鎧は必要ない。必要ないけれど、買ったばかりの新しい鎧を着たい。
大部屋で目覚めて選ぶほどもない服を着ようとして、腕を組んで悩む。昨日は寒いから鎧を着たけれど、今日は少し暖かいし新しい外套を着ていけば十分だと思う。
さすがに場違いだろうし、どうしたものか。本を読むのに鎧を着て、どんな敵がくるというのだろうか。
しばらく考えて、僕は新しい鎧を身につける。新しい鎧は馴染まない内は擦れるとツェルミラは言っていた。冒険をしないときにもなるべく着ておいた方がいい。
そういうことにするために、しっかりと革紐を調整する。
「あれ? 三人とも久しぶり」
一階に降りると、酒場の方にいつもの三人の姿が見えた。
食事中なのだろう。ウェイン、シェイア、チッカの三人は料理の皿が載ったテーブルを囲んで座っている。
……というか、力尽きるようにテーブルへ倒れていた。
「おー……チビかー……久しぶりー」
「ガキんちょに会うの何日ぶりくらいだっけか……」
「……………………」
チッカはテーブルの上に顎と伸ばした両腕をのっけてぐでっとしてるし、ウェインは横向きで頬をつけながら肉をもぐもぐしてるし、シェイアにいたっては完全にうつ伏せになってるからたぶん寝てる。
「十日ぶりくらいかな。またギルドクエスト行ってたの?」
「ホントあの領主さぁ……」
「あの野郎、マジ次は容赦しねぇ……」
「……………………」
ゴブリンロード討伐の時に領主様を怒らせた三人だったけれど、手柄を立てたおかげでお咎めは免れることになった。
死刑になる可能性もあるってエルノは言っていたけれど、牢屋にも入ることなく許されたのは領主様の懐の深さだと思う。
ただし。
「Cランク相当指定で戦士、魔術士、斥候が必要ってギルドクエスト、連続で来てるんだよね?」
「安くってメチャクチャ面倒なヤツがね……寒空の下で沼地の地図作成とか……」
「面倒なだけで難易度低くて断りづらいの、嫌がらせの熟練度が高けぇんだよな……ゴブリンロードの砦みてーに、何年も放っておいた施設が魔物に占拠されてないかしらみつぶしに見回れとかよ……しかも、超短い期限付きで」
「……………………」
あの人、敵に回すと面倒くさそうだからなぁ。
まあ三人はあれからずっと忙しそうにしているけれど、このくらいで済んで良かったのだろう。文句を言いつつも他の町に逃げたりせずちゃんと仕事をこなしている辺り、三人ともこのくらいの仕打ちはしかたないと理解しているのだと思う。……逆に言えば、領主様はそのラインを見極めて依頼を出しているってことだが。さすが貴族である。
ちなみにウェインを兵士として雇うとかそんな話もあったようだけど、見事に立ち消えたらしい。そうだろうね。
「あ、そうだ。ごめんチッカ。あの鎧、小さくなったから売っちゃったんだけれど……良かった?」
「んー? ああ、たしかに少し窮屈そうだったもんね。いいよいいよ。というか断りなんか入れるんじゃない。一度あげたモノを返せなんて言うもんか。あたしのこと、そんなにケチだと思ってた?」
昨日ツェルミラが言ったとおりのことを言われてしまった。
ハーフリングは財産に固執しないって話だし、ケチんぼだと思われることを嫌がるのかもしれない。
「で、それが新しい鎧? 買ったんだ?」
「新品じゃね? けっこういい鎧じゃねーか」
「そうそう。昨日ちょっと町の東側まで行って、すっごい大きなお店で買ってきたんだ。いいでしょ?」
自慢したくて二人に外套を広げてピカピカの鎧を見せてあげる。シェイアに見てもらえないのは残念だけど、完全に寝てるからしかたない。
「また背が伸びるだろうし本当は少し大きめのにしようと思ったんだけど、身体に合うものがいいって偶然知り合った冒険者の―――」
「えい」
「とう」
グチャ、ガリ、と音がした。
何が起きたのか分からなくて、なんだか鎧に何かが当たった感覚だけはあって、下を見たらチッカが食べかけの果物を押しつけていて、ウェインがフォークで引っ掻き傷をつけていて。
「うあああああああああああっ! 嘘でしょ! 何やってるの二人とも!」
買ったばかりの鎧を汚されて傷つけられて、思わず跳び下がってやられた箇所を確認する。
うっわ酷い。果物の汁どころか果肉までべったり付いてるし、ひっかかれたところは完全に傷痕になってる。
「ピカピカの鎧なんてナメられるだけだよ。汚しときな」
「たまに新しい鎧をかばって怪我するバカいるからな。新品買ったときの洗礼だ」
そんな洗礼知らない。聞いたことない。
「ペリドットはすっごいピカピカの鎧着てるのに!」
「アレはいろんな意味で特別だからね?」
「金属鎧買ってもあいつのマネすんなよ。あれだけ磨くと陽の光を反射して位置丸見えになっからな」
せめて果汁を拭こうと思ったけれど、外套も新品だから袖は嫌で、でも早くしたかったから手のひらで汁を掬う。……ちょっとシミになってしまった。
「……うるさい」
シェイアがもぞもぞと起きてボソリとそう言って、眠そうに顔を上げる。半眼で僕を見て、新しいのに汚された鎧に気づいて、こてんと首を傾げた。
「焦がしておく?」
「い、いらないから!」
「それで逃げて来たのね」
「災難でしたねー」
これ以上鎧にイタズラされないよう慌てて冒険者の店の外へ出ると、リルエッタとユーネがちょうど店にやって来たところだった。事情を説明すると、汚れた鎧を見て同情してくれる。
「とにかく、今は店の中は危険だよ。他の冒険者も狙ってくるかもしれない。入っちゃダメだ」
「危険なのはキリだけだけど、そうね。今日はこのまま東側に行きましょうか」
「朝食はどこか違うお店でよりましょうー」
二人の宿には食事処がないらしいから、朝食はいつも冒険者の店で食べている。僕も朝食はまだなのでお腹は空いている。
途中にいいお店があればいいのだけれど。安くて、せっかくだから美味しくて、魔物を使ってないところ。
「でもまあ、分からなくもないわ」
「なにが?」
「鎧よ」
リルエッタは布を取り出して、僕の鎧についた果物を拭き取ってくれる。
「綺麗な鎧だから大した冒険をしてないなって思われるとか、傷一つない鎧が気になって動きが悪くなるとか、身を守る防具なのに身の危険を誘発してしまうことがある。だからこうする。……冒険者の鎧は、汚れて完成なのね」
……それは、なるほど。
ウェインもチッカも、決してただのイタズラってだけでこんなことをしたのではない。ちゃんと理由があるのだ。
「でもキリ君、なんで今日は図書館へ行くのに、鎧姿なんですかー?」
「え、それは……身体に慣らすためだよ。馴染むまでは擦れて痛くなるから、冒険に行く前に慣らしておかないと」
「あら、新品の鎧を自慢して歩きたいんじゃなく?」
リルエッタの指摘に息が詰まる。バレてる……これは恥ずかしいぞ。
「ま、いいんじゃないかしら。冒険者は顔を売るものよ。顔と名前が知れれば指名依頼が来ることもあり得るのだし、鎧姿で闊歩するのもパーティの宣伝になるわ」
「ですねー。冒険者さんは町中でも結構、鎧姿なイメージありますー」
そういえばそうだ。昨日のツェルミラも竪琴を弾いたり僕らの買い物に付き合ってくれたり、冒険中なはずがないのに革鎧を着けていた。
あの詩を披露して、それを聞いた人から依頼をもらう、なんてこともあるのだろうか。であれば、楽器ができるのって冒険者としてかなり有利なのかもしれない。
ふむ。冒険者は顔を売る、か。そういえばペリドットはキラキラだし、スピフィはオシャレだし、顔が売れている人はなかなか特徴的だ。もし本気で顔を売るなら、そういうところもいずれは考えないといけないのかもしれない。
「さ、とりあえず東側に向かいましょう。今日行く場所は別に理由なんかなくっても、いつかキリを連れていきたかったところなのよね」
「図書館って言ってたよね。本がたくさんあるんでしょ?」
行き先は昨日聞いている。図書館。東側にあるらしいそれは、本でしか知らない施設。
本棚がずらっと並んでいて、そこにはびっしりと本が詰まっていて、片眼鏡の学者さんが調べ物をしている場所。
この世界の全ての知識がある、って言われる、叡智の館。
「そう、図書館。昔はヒリエンカ歴史資料館、って呼ばれていた場所ね」




