チーちゃん
「ヒリエンカからエルムフラーレンにやって来る冒険者は、みながこう言うのです。あそこには遺跡がない、と」
すごく大きな蜂の子をぶつ切りにしてミルクで煮た料理をしっかり味わって食べて、ツェルミラはそう言った。
「ああ、なんだか聞いたことありますねー。ヒリエンカの近くって遺跡が少ないんでしたっけ」
「ヒリエンカの周辺に未踏の遺跡は残ってないと聞くわね。だから遺跡探索で財宝を探して一攫千金、なんてことを夢見る冒険者は、実力がついてお金に余裕が出てくると都に行ってしまうのだとか」
二人がヒリエンカの遺跡事情を話し合う。冒険者の店でもよく聞く話だ。
冒険者と言えば古代遺跡に潜って古代のすごい遺物を手に入れて大成功、みたいな物語がよくあるけれど、ヒリエンカでそうやって成功した人はいないらしい。なぜなら町の周りにある遺跡は少なくて、大した宝が見つかっていないから。しかもここ十年ほどは新しい遺跡が発見されたという話もないそうだ。
だから夢を見る人たちは都に行く。僕だって実際に、都で一旗あげると言って旅立っていったパーティを何組も見た。わざわざパーティから抜けて一人で旅立つ人もいた。
そして―――最近いないな、と思った人がいつの間にか都に行っていたということも、多くて。
都行きか。……正直、いい印象ないな。
「なぜ遺跡が少ないのでしょう?」
その疑問は単純で、だからこそ首を傾げてしまう。
なぜ? なぜだろう。
「この町は遺跡の下水道を利用していますよね。ここと都を行き来する隊商から、その下水道の新エリアが見つかった辺りからヒリエンカが活気づいている、という話を聞いて、わたくしめの連れが不思議に思ったようで。古代のこの地には下水道が施設されるほどの町が存在していたのですから、遺跡がそんなに少ないなんておかしいのではないかと」
遺跡が少ないのがおかしい、か。
ヒリエンカの近辺ではたしかに遺跡って感じの遺跡を見ることはない。少なくとも僕は一つしか見たことがなかった。それも海底に沈んだやつだ。
ただ町並みには名残が残っていて、チッカのあの古いけれど手入れされた宿なんかは遺跡を土台にして作られているとかなんとか。
たしかに変かも。昔はここに人が町を作っていたのだから、もう少しなにか残っていてもいい気がする。
「つまり、貴女たちは未踏の遺跡があるのではないかと探しに来た?」
「その通りです」
リルエッタは目を細めて、魔物料理を堪能するツェルミラを眺める。
「ヒリエンカの冒険者たちがずっと探してきた未発見の遺跡を、よそ者の貴女たちが見つけられると思っているのかしら?」
「わたくしめもそう思います。ですが、連れはどうにも自信過剰のきらいがありまして」
「ああ、その人に付き合わされているわけね……」
どうやら連れの人はなかなかクセの強い人らしい。
つまりツェルミラは都からはるばる、この未踏の遺跡は枯れたと言われているこの地へ遺跡を探しに来たということか。それはなかなか大変な話だ。
「とはいえ今は、思っていたよりも期待できるのでは、と感じています。遺跡があってもおかしくないな、と」
「え?」
いつの間にか蜂の子をたいらげ、スライムのゼリー固めに手を伸ばす黒髪の冒険者の言葉。それを、思わず聞き返す。
ヒリエンカの近くに、未踏の遺跡があるかもしれない。
「……なにか有力な情報でも掴んでいるのかしら?」
リルエッタも気にかかったようで、テーブルの上で組んだ手に力が入っているのが分かる。もう食器には触れようともしていない。
チラリと見れば、ユーネも興味深そうな顔で二人の顔を見比べていた。
僕も気になる。もしそんなものがあるのならば見てみたい。それだけじゃなく、踏み入って探索してみたい。もしかしたらすごい発見があるかもしれないのだ。
「そこまでは教えられません」
ニコニコとした笑みのまま、ツェルミラは答える。
「あなた方も冒険者、つまりライバルですからね。先を越されてはたまりませんから」
……それはそうだね。
「さて、そろそろこの話はいいでしょう。あなた方のお話を聞かせてください」
「杞憂で終わるに違いない心配事が、二つあるわ」
リルエッタがそう前置きしたのは、ツェルミラと別れて、帰りの大橋を渡っている最中だった。
「ツェルミラはどこかの密偵である可能性があるわね」
「密偵?」
「王家とか貴族が放つ諜報員よ。情報を集めて雇い主に送るの。ヒリエンカは最近発展してきているから、その調査に来たのかもしれないわ」
……えっと。
ヒリエンカを調べてどうするのだろうか。
「まあ、その場合はおじいさまに言っておけばいいわ。領主様の耳に入れば対処するでしょう。問題はもう一つよ」
昼食を食べて、ツェルミラにゴブリンロード討伐の正しい話をして、冬用の装備を調えて。特に冬用装備はリルエッタとユーネの分も揃えたので、みんなでじっくりと選んで買い物していたら時間がたってしまって、気づけば夕方だった。
リルエッタは橋の上から上流を眺める。次に口を開くまで少しの間、彼女はそうしていた。
「……もしこの町の周辺に未踏の遺跡があって、その場所を都からやってきた冒険者に先に見つけられてしまったとしたら、それはヒリエンカの冒険者の恥だわ。いくらエルムフラーレンの冒険者が遺跡探索に慣れているにしても、あってはならない」
再び振り向いたリルエッタは、少し固い笑顔だった。
「ねぇ、あたしたちでツェルミラが探している遺跡、見つけて攻略しちゃわない?」
それは。
「ツェルミラを出し抜くってこと?」
「彼女も言ってたでしょう? わたしたちはライバルだって。遺跡の財宝は第一発見者の物よ」
「それはそうだけれど……」
ちょっと抵抗感はある。けれど、それも冒険者にとっては普通のことではあった。
宝や手柄は早い者勝ちだ。それにもし遺跡が本当にあって、ヒリエンカの冒険者の手でそれを見つけるのであれば……それはツェルミラたちがまだ見つけていない今しかない。
あの、きっと僕が挑むことはない海底遺跡のことが、頭を過ぎった。
「ただ、さっきも言ったとおり杞憂ではあると思うの。遺跡なんてなくて、ツェルミラは何も見つけられずエルムフラーレンに帰ってしまって、わたしたちは遺跡を探した分だけ時間を無駄にするかもしれない。それに遺跡には罠があったり、魔物が入り込んでいることもあるから危険で、でも大したものなんか見つからないなんてことも多いわ。割に合わないことがほとんどよ」
遺跡がなければ全部無駄になるのは当然だ。
そして遺跡探索はほぼ割に合わないというのも、良く聞く話である。都に行こう、って言っている人たちが決まって言ってるそれは、冒険者にとっては常識だった。それでも遺跡に潜るのは、財宝が見つかったらすごく大きいからに他ならない。
「だから、二人が反対するならやめておくけれど……」
「僕はやりたい」
即答で賛成する。装備を買って懐は寂しかったけれど、まだ少し余裕はある。数日なら問題はない。
それに遺跡には興味がある。都の冒険者が探しているのなら本当にあるのかもと思ってしまうし、ヒリエンカの冒険者が見つけられなかったものを自分たちで見つけてしまおうというのも面白い。
「それならユーネも賛成ですー。遺跡探索、ワクワクしますしー」
たぶん僕の理由もそれが一番大きい。遺跡探索はワクワクする。
すごく昔に誰かがいた遺跡。いったいどんな人がどうやって過ごしていたのだろうか。そして、どんなものが眠っているのだろうか。
「なら、決まりね。まずはこの町周辺で怪しいところを調べるわ。明日は図書館に行きましょう」
「図書館って本がたくさんあるところ? そんなのがあるの?」
「ええ。そういえば図書館も東側だもの、キリは初めてよね。いろんな本があるから期待していいわ」
リルエッタは微笑んで頷く。そして。
「……もしあるなら、絶対に先に見つけるわよ」
そう呟いた。
「うわ、まだここにいたんだザガム?」
「ん? おお、ツェルミラ。フッ、そうとも俺様は勤勉な男だからな。思わず時間を忘れて読書にふけってしまったよ」
「ハハハ、それって寝言? 顔に机のアトがついてるよ!」
面白くも楽しい少年少女たちとの愉快なひとときはすぐに過ぎてしまい、名残惜しみつつも図書館へと戻って来ると、連れは本を開いたまま机に突っ伏して眠っていた。
禿頭でやたらと目力が強く、そして分不相応に偉そうな戦士の男。
自分の連れであり、仲間であり、パーティリーダーのザガム。
まあパーティと言っても今は二人しかいないのだけれど。
「ええい、お前はどうなのだ。どうせ調査を放り出して怠けていたんだろう」
「フフ、そのとおり! けれどそういう時にこそ前へ進めることもあるものでね。というか、今日は君の慧眼に少しだけ感心しているんだ。もしかしたら本当に、この地には未発見の遺跡があるかもしれない」
ピクリ、とザガムの分厚い耳が動く。ギョロッとこちらへ目を向ける。
なんというか、いつ見ても愉快な外見だ。綺麗に剃り上げた禿頭。ぶっとい眉。大きい目。ずんぐりした鼻。大きい口。分厚い耳にエラが張った頬に割れた顎。彼の顔はパーツがずいぶん大雑把に作られていて、見るだけで楽しくなってしまう。
これで自分はハンサムだと自信満々に思っているのだから、とても良い。気持ちがいいほどだ。
「―――なにか見つけたのか?」
「直接的な情報ではないけれどね。うん、期待していいヒントみたいなものかな。今日はとても有意義な一日だったと思う」
連れの真剣な声に思わず笑ってしまって、少しだけもったいぶる。
本当に、今日は楽しくて愉快でいい日だ。巡り会いの神ヨムウに感謝しなければならない。
「噂のキリネ君……西側の子供冒険者君に出会ったんだけれど、チーちゃんの鎧を着ていたよ。あの遺跡好きがこの町にいるんなら、可能性は大アリじゃない?」




