冬の始まりの朝に
目が覚めて、身を起こして、欠伸しながら伸びをして。
それから寒さに身震いした。
「うぅ……」
自分の肩を抱くようにしながら、毛布から這い出る。しっかりと閉じられた大部屋の窓をちょっとだけ開けると、朝日と共に外のさらに冷たい寒気が流れ込んできた。慌てて閉める。
まだ眠っている人も多いから、部屋を寒くするのは申し訳ない。あと僕も寒い。
日々は慌ただしく過ぎて、季節は移り変わって、陽の出る時間が短くなるにつれて気温は下がって、もう冬になっていた。
寒いのはあんまり得意じゃない。まだ眠気の残る頭で服を着替えながら、そろそろ厚手のものを買った方がいいだろうかと思い悩む。
いや、鎧の下に着込むものをあんまり厚手にすると動きにくくなるし、たくさん歩いて暑くなっても脱げないから困りものだ。まずは鎧の上から羽織るようなものを買った方がいい気がする。
大きめの外套みたいなものがいいだろうか。そんなことを考えながら、鎧を着ける。硬い革は最初はヒヤリとするけれど、着けていればそのうち温かくなる。風を通さないし夏場は暑かったけれど、冬はけっこう嬉しい。……ところで、金属鎧の人は冷たくないのだろうか。
「むぅ」
鎧の留め紐を縛って、手で少し揺すってみて、僕は唸る。
さすがにもうそろそろ、誤魔化せなくなってきたか。
「鎧が小さくなった?」
黒パンとクズ野菜のスープ。そして焼き魚。
朝食を食べながら仲間に相談すると、二人ともマジマジと僕を見てきた。
「ふぅん。たしかにその鎧、貴方には少し合ってないように見えるわね」
「背が伸びたんですねぇ。おめでとうございますー」
スープだけしか注文しなかったリルエッタが、匙を置いて目を細める。
僕と同じメニューを食べているユーネは手を叩いて自分のことのように喜んでくれた。
いやまあ、背が伸びたのは嬉しいんだけど。
「もともとこの鎧、チッカのでさ。もう使わないからって言われてもらったんだけれど……チッカって僕より小さいでしょ? 調整して使うのも限界になってきたんだよね」
焼き魚に頭からかぶりつく。
小骨が多いけれど、その骨ごと食べてしまえるようしっかり焼いてあるそれは、頭ごと全部食べてしまうのが冒険者流なのだそうだ。そんなウェインの話を信じてこう食べるようになったけれど、たぶんほぐして食べるのが面倒くさいだけだろうと今なら分かる。ユーネはちゃんと身の部分だけを食べている。
ヒリエンカは港町だから魚介が安くて美味しい。安いのも美味しいのもいいことだ。
「キリ君はちゃんと食べてますもんねー。前衛は身体を作るために食べるのも訓練ー、でしたっけ。それに比べてお嬢様は……」
「わたしは前衛じゃないもの。ことさら体格を作る必要はないわ」
「冒険者たるもの、後衛だって身体作りは大事ですよー。しっかりした食事をしなければ体力がつかないじゃないですかー」
体力か。そういえば、力も少しだけどついた気がする。
この鎧はハーフリング用だから特別軽いけれど、最初の頃はやっぱり重みを感じていた。けれど今はすっかり慣れてしまって、着けていると安心感があるほどだ。
「それにこれは背丈の話ですからー。ほらほら、お二人とも立ってみてくださいよぅ。背比べしてみてください」
ユーネにそう言われて、食事の途中ではあったけれど一旦椅子から降りて立ってみる。
リルエッタは立たなかった。
「えっと……リルエッタ?」
「……遠慮するわ」
頑なに立たなかった。
しかたないので椅子に座り直す。―――そういえば出会った時、リルエッタは僕よりもちょっとだけ背が高かった。
もちろんリルエッタだって背は伸びているだろう。でも僕より三つ……僕が十歳になったから今は二つ年上の彼女は、偏食で小食なせいで十二歳にしてはかなり小さい方である。
今なら並んでいるか、もしかしたら追い抜かしている可能性もあるかも。少なくとも差は縮まっていそうな気がする。
「とにかく、合わない鎧で冒険に行くべきではないことだけはたしかよ。命を守る装備だもの。絶対におろそかにしてはダメ」
背丈の話題から離れたいのか、リルエッタが強い口調で話を戻す。そうだ、鎧の話だ。
お金のない冒険者は身体に合ってなかったり壊れていたりする防具を着けていることも多いけれど、今の僕は違う。実はけっこうお金を持っている。
なぜなら……そう、なぜなら、コツコツ貯めてきたから!
神官さんとニビトイ村に行ったり、領主様のゴブリンロード討伐について行ったり、僕もけっこう大きな仕事はしてきた。それに最近は薬師ギルドの在庫がなくなってきたとかで薬草の値段も上がっている。ムジナ爺さんに教えてもらったマナ溜まりも、この前新しい場所を探索してきたばかりだ。
最初のころは報酬なんて生活しているだけで消えちゃうものだったけれど、最近はちゃんと貯金ができている。
おかげで今は余裕があるのだ。装備を買い換えるくらいはできる。
「うん。だからそろそろ鎧を新調しようと思って。それと防寒着も欲しいし、近いうちに一日お休みを―――」
「あ、そういえば貴方って冬着を持ってないのよね」
「この町の生まれじゃないですもんねー」
僕が防寒着を持ってないことが意識の外だったのだろう。言葉が途中で遮られてしまう。まあヒリエンカ生まれの二人なら冬着くらい当たり前に持っているはずだし、気づかないのは当然だろう。
ニビトイ村から出てきたのは春で、本当に着の身着のままだった。当然冬服は持ってない。そして実家に取りに帰ろうにも歩きで三日、往復で六日かかるから、そこまでするくらいなら新しく買った方が絶対にいい。
それに背が伸びたから去年の冬着が入るかどうかは分からないし……とはリルエッタの前だから言わないけれど。
「そうですねー。では今日はお仕事はお休みにして、お買い物に行きましょうかぁ。ちょうどユーネも買いたいものありますしー」
「賛成するわ。久しぶりにいろいろと見て回りたいもの」
おおう。
合わなくなってきたとはいえ、鎧はまだ着けられるのだから別に今日じゃなくても良かったのだけれど。……でもさすが冒険者、思い立ったら即断即決である。
しかも三人で行くことになったらしい。自分一人で行くつもりだったから、それはちょっと嬉しかった。




