かくして貴族の少年は
ゴブリンは狡猾で残忍だけれど、臆病な魔物だ。
砦の構造をある程度は理解して利用できるくらいには頭が良くて、有利な場所から敵をいたぶり殺すことを愉しみ、そしていざ戦況が悪くなればすぐに逃げ出す。
そういう性質だから、正門を破られ裏門も破壊され、雪崩れ込む兵と冒険者を見てゴブリンロードは敗北を悟り、手下を見捨てて逃亡を計った。
そうなると読んで、彼らはここに来た。
理解はできる。そうなることだってあるだろう。でも、そうならない可能性だって高いはずだ。確実性なんかまったくない。
どうしてそんなものに賭けられるのか。しかも、どうしてダメだったら逃げようだなんて思えるのか。今の生活をそんなに簡単に捨ててしまっていいと、本気で思っているのだろうか。
意味が分からない。
意味が分からないのに、事実として戦場は躍動する。
派手な爆発音と共に一致団結した冒険者が奇襲を行えば、ゴブリンは浮き足立つだろう。そんな敵を兵士たちは易々と蹂躙するはずだ。
敵将が戦場から逃げ出したのならば、今頃その手下たちは大混乱の最中だ。まともに戦うこともできていないのではないか。
そして自ら軍勢から離れ、わずかな護衛しか連れず間抜けに姿を現したゴブリンロードは、先回りした追っ手にここで討たれる。
かくして完全勝利だ。論理は雑で、手法はムチャクチャ。倫理なんか気にもしていない。なのに、どうしてこうなるのか分からない。
「よっし大将首だ。ガキんちょは右、坊ちゃんは左任せた。そして俺は当然真ん中のデカいのだ。行くぜ!」
は?
理解がついて行かないまま、指示が飛んでくる。
そうだ。ゴブリンがいる。ゴブリンロードがいる。倒さなければならない。そしてそれは、ここにいるおれたちがやるべきだ。
おれたちが戦わなければならない。
だからってそんなおざなりに割り振っただけで、いきなり駆け出すことあるか?
「ちょ、まっ……―――」
待ったの声は聞き届けられず、戦士の男が駆け出す。
思わず罵声を発しそうになって、けれど声は上げられなかった。
なぜなら走り出した姿はもう一つあって、それが自分と同じ歳の、同じくらいの背丈の少年で。
―――つーか敵を見誤るなっての。お前とやり合ったのは俺じゃねぇだろ、坊ちゃん。
どうしてこんなのに即応できるのか。彼だって無理矢理連れてこられたはずなのに。
なぜ。
「―――っ!」
槍を構えたキリネが走る。先を越される。置いていかれる。
嫌だと思った時には、彼を追って走り出していた。
遅れたのは四歩? 五歩? 走りながら腰に差した剣を抜く。その動作の分だけさらに離される。
穴の中から這い出たゴブリンロードはまだ立ち上がっていなかった。こちらに気づき、慌てて他のゴブリンに知らせ、刃こぼれだらけの長剣を構える。
その長剣を、ウェインの剣が弾き上げる。
ああクソ。そうだ。まだ敵の体勢が整っていないあの状況なら即断で奇襲を仕掛けるべきだ。そんなの考える必要すらないではないか。理解していなかったのはこの場で自分だけだ。
なぜ、はキリネに向ける疑問ではない。ましてウェインに投げる文句であるはずがない。自分だ。貴族の子エルノ・リオノックス。同年代なら剣術試合で負けなしの、才気溢れるともてはやされていい気になってる、ただの子供。
なぜお前は初動が遅れた。なぜお前は剣を抜いていなかった。なぜ、戦場に出ておきながら自らが戦うことになった現状に驚いている?
振り向いたゴブリンの喉をキリネの槍が裂く。
器用に穂先で斬った今のは、剣の動きの応用だ。突いた槍を抜くという動作を挟まず、流れるように次の敵へ。―――そんなことを考えて技を選択する余裕を、見せつけられているようで。
すぐ隣にいたはずの彼が急に遠くなった気がした。自分が知らないずっとずっと先にいるように見えた。待ってくれ、と叫びたかった。
そう叫ばなかったのはきっと、意地だったんだと思う。
分かった。全部分かった。これが冒険者だ。
心のままに前へ踏み出せる、この身軽さこそが自由の証。
「あ……」
ウェインが横から襲ってきたゴブリンを斬り伏せる。自分が任された左側の四匹の内の、一匹。
その隙にゴブリンロードが力任せに長剣を振り下ろす。同時に左側の別のゴブリンが跳びかかる。
「ああ―――」
魔術の弾が降りそそぐ。投げナイフが敵将の手の甲を貫く。
戦士の口の端が獰猛に吊り上がる。
「あああああああああああああっ!」
気が遠くなるほどの遅れを経て、やっと辿り着いて、叫び声と共に剣を振り下ろして。
ムチャクチャな剣筋のそれは、それでもゴブリンの頭蓋を砕き割った。
1月30日、書籍発売日決定です! ox先生の超美麗カバーイラストも公開されています! キリと三バカの姿が見えるよ!
というわけでまずは宣伝でした。KAMEです。これにて六章終幕です!
皆様いかがでしたでしょうか。僕は書いててすごく楽しかったです。バカの比率が高い……!
団体行動、お偉いさん、東西の軋轢。この辺によってストレスゲージがぐんぐん溜まっていく登場人物たちを上手く書けていたら嬉しいです。
そして今回は重要なフラグも解禁されましたね。そう、ついにヒリエンカの港町、東側の住人との邂逅です。
……六章やぞ?
というわけで、七章では橋を渡って町の東側にも行くことになるかも? 次章をお楽しみに!




