休日の買い物
「なかったわね」
「なかったですねー」
食事を済ました後、僕らはすぐに武具屋に向かった。
冒険者の店から歩いてすぐのお店だ。武具屋と看板が出ているけれど実際には冒険者御用達の何でも屋で、ロープとか水筒とかランタンとか油とか、冒険者にとっては必要なものは一通り揃っている
チッカの部屋を掃除した時に出たゴミを売りに行ったり、僕の槍や背負いカゴを買ったこのお店は、しかし鎧だけは置いていなかった。……というか、鎧は普通にあったけど僕の体格に合うものがなかった。
「この歳で冒険者の店にいるのはキリぐらいだもの。そんな売れない物を置けるほど広い店じゃないのだし、しかたないわ」
「ハーフリングさん用のも合わないんですよねー」
お店にある鎧のハーフリング用の鎧は大きめのと小さめので二つあって、今僕が着ているのは大きい方とほぼ同じだった。……まあハーフリング用だから人間のと比べればどっちも小さいんだけど。
チッカはハーフリングの中でも背が高い方と言っていたから、きっともう僕の体格に合うものはないだろう。あったとしても、すぐ背が伸びて使えなくなってしまうに違いない。
ハーフリングの鎧は特別軽くて薄いから前衛に向かないし、買う気はないんだけれど。
……まあでも、実は予想通りだったりする。
この店は冒険者がいろいろ売りに来るから、もしかしたら中古品が入ってないかな、って思って来ただけだ。近いし。
「実は、前にも探しに来たんだよね。その時も売ってなかった」
「そうなの? けっこう以前から買い換える気はあったのね」
「うん。大人用の鎧の値段見て、あったとしても買えないなって諦めたんだけど」
それは二人に出会う前の話。
ムジナ爺さんの仇討ちで、ウェイン、シェイア、チッカの三人とゴブリン討伐に行ったあの時。ゴブリンの攻撃がすごく痛くて、鎧をもっと厚いものにした方がいいと思って、それで探したことがある。
今思えばバカだった。あの時は厩で寝起きしていたくらいだったから、そんな余裕なんかあるわけないのに。
「んー、やっぱり革職人さんに注文するべきかな……」
僕は頭をポリポリ掻いて悩む。高く付かないか心配だけれど、ないのならしかたがない。
「それだと時間がかかっちゃいますねー。これから作るってことですしー」
「確実ではあるでしょうけれどね。でもその間、町の外に出られないのは困るわ。別に鎧を売っているのはここだけではないのだし、他を探してみない?」
ん? もしかして二人とも、僕が鎧を新調するまで町の外に行かないつもりだろうか。
それは誤解されてる。今のこの鎧は身体に合わなくなってきているけれど、それでもこうして着られているのだ。だから、少しくらい時間がかかってもいい。
僕の背がもう少し伸びてこの鎧が本格的に着れなくなるまでは待てる。
「できるまではこの鎧を使うからいいよ。まだ着られるし」
「ダメ。準備を疎かにして冒険はできないわ」
ピシャリと言われて、むぅと呻く。
たしかにそうだ。冒険は危険なのだから、できる限りの準備をして挑まなければならない。仮にこの鎧が原因で全滅なんてことになったら、そのときは後悔してもしきれないだろう。
これは……リルエッタが正しいな。僕が緩んでいた。
「とりあえず他のお店を回って探しましょう。ここで話していても進展はないのだし」
リルエッタがそう提案して、三人で歩き出す。行く道はとりあえず大通りだ。
とはいえ僕は、この武具屋の他に革鎧が売ってそうなお店を知らないのだけど。
「注文はしないにしても、革職人さんのお店に行けば在庫があるかもしれませんよねー。あ、鍛冶屋さんはどうですー? キリ君、金属鎧にする気はありませんかー」
ユーネが笑顔でそう聞いてくるけれど、それは僕には早いと思う。
「金属鎧は重いし、これからの季節は冷たそうだからね。まずは革鎧がいいかな」
「あ、分かりますー。革鎧って暖かいんですよねぇ。風を通さないですし、防寒着代わりになりますー」
「ユーネも神官服の下に革鎧だよね。その着方、暖かそうだな」
正直、金属鎧はカッコいいし憧れはある。ウェインもペリドットもダルダンもスピフィも、腕の立つ前衛の多くは金属鎧だ。
けれど僕の力だと金属鎧を着たら動きが鈍りそうなんだよね。それに周辺警戒も担当してるから、歩くたびに音が鳴るのは困る。僕らは戦闘が得意なパーティではないのだから、あくまでも先に危険を見つけて避けないと。
あと値段も高いし。
「……ユーネは宿まで戻らないとダメだからしかたないでしょうけれど。もしかして買い物に行くだけなのにキリが鎧を脱ごうとしないの、寒いからだったりするのかしら?」
「うん。今持ってる服の中でこれが一番暖かいんだよ」
さすがに槍は置いてきたけれど、今も鎧を着けている。ユーネが言うとおり、革の鎧は風を通さないからいい。……まあ、ハーフリング用として軽くするために胸当てと肩当てでできてる鎧だから、お腹とかは寒いんだけど。
リルエッタはため息を吐いた。
「キリ、鎧は服じゃないのよ。……やっぱり冬服も早急に必要ね」
呆れられてしまった。たしかに冒険者だって、冒険に行く予定のない日まで鎧を着ている人はいない。僕だってついこの間まで、たまの休みの日とかは普段着で過ごしていた。
やっぱりこの格好は変だろうか。
「あー……冬服を先に買うべきかな?」
どのみち鎧の上から羽織るような防寒着も欲しかったし、それを買って着れば鎧も目立つことはないのではないか。
「そうしますー? 実はユーネも冬服が欲しいんですよねー」
そういえばユーネはさっき、自分も買いたい物があるって言っていた。
彼女も冬服が欲しいのか。僕と同じで背が伸びたのだろうか。
「ああ……そういえば貴女、最初に会った時より……」
「違いますからねお嬢様?」
ユーネにしては早口だったな今。どうやら背丈じゃないらしい。
「いいのよユーネ。おじいさまが貴女に甘い物ばかり食べさせていたからよね。悪いのはおじいさまだわ」
リルエッタのお爺さんはヒリエンカでも有力な商家であるマグナーンの当主で、海塩ギルドの長だ。
どうやらユーネはそのお爺さんに美味しいものをたくさん食べさせてもらったらしい。……ということは、ユーネって昔は今より痩せてたのかな。ちょっと見てみたかったかもしれない。
「そうじゃなくて、ちょっとオシャレな服を買いたいなーって思っていましてですねー」
「オシャレな服?」
思わず声が出てしまった。暖かければなんでもいいと思ってたから、それは考えてなかった。
「はい、オシャレです。ユーネは修道院にいましたから、服っていつも同じものばかりだったんですよねー。でもこうして冒険者になって院とも離れたことですし、憧れの綺麗な服も着てみたいなーと」
「そういえば貴女、あんまり服持ってないわよね。今着てるのも見習い神官の服でしょう?」
「お嬢様は特別に衣装持ちだと思いますけれど、そうなんですよー」
ユーネの言うとおり、リルエッタは衣装持ちだと思う。魔術士は魔力の扱いが乱れるからと鎧を着けないことが多くて、だから冒険の時もけっこういろんな服装をしている。
もっともその服も、最初に比べれば生地が丈夫になってたりするんだけれど。
しかし、オシャレ。オシャレか……。
僕が知ってるオシャレで印象的な人といったら、まずは太陽の輝き宿すペリドット。あの人は鎧とかもピカピカに磨いてるしすごくキラキラしてる。
そして、もう一人は……。
「ユーネもスピフィみたいに、髪の毛を黄色と紫にするの?」
「しませんよ!」
よかった。ユーネにはあの奇抜な髪型は似合わないだろう。
もしスピフィに影響されてマネしようとしているんだったら、どう止めてあげたらいいのかと悩んでしまった。
「ふぅん……オシャレな服ね。それに、キリに合う革鎧……」
歩きながら、リルエッタは形のいい唇に人差し指の甲を当てて考える。
大通りの革職人のお店を通り過ぎたけれど、あのお店は一般の人用だから鎧は売っていない。前に槍が壊れたときにチッカと行った鍛冶屋は、通りを一本奥に入った場所にあった。武具を売ってるお店はそういうところにある気がする。
この町に住む多くの人は、武器とか防具とかを必要としないのだ。
「そうね。スピフィに倣うのはいいと思うわ」
「え」
リルエッタが胸の前でパンと手を叩いて、ユーネが頬を引きつらせる。
「橋を渡るわよ。今日の買い物は東側でしましょう!」




