大橋からの眺め
あなたは神を信じるか。
そんな問いに、鼻で笑ったことがある。そもそも神とは、人に信じられることを望んでいるのか? と。
己を信じる者だけを救うのならば、神はそもそも人を愛していない。選り好みし、己を信じてくれる―――つまりに己にとって益のある者だけを掬い上げているにすぎない。
ならば神は、神を信じていれば獣や魔物だって救うだろうし、他の益があるなら神を信じていなくとも救うだろうし、神を信じていても損が益を上回るならば地獄に捨てるだろう。
神を信じるということは、神がその程度の存在と認めることではないか?
それは王の所作だ。人の価値観だ。
賛美者や賛同者を優遇し、そうでない者を排除するのは、好き嫌いという感情による曖昧な基準でラインを作っているという認識で間違ってないだろうか。ならば神はそうして、己にとって気分のいい世界を創ろうとしているのか?
だとしたらガッカリだ。きっと天国は神に見放される恐怖でがんじがらめにされる、心底からつまらない場所だろう。
神がそんな存在であるだなんて思えない。そんなモノであってはならない。
世界を創り出すほどの力を持ちながら、己を信じ褒め讃える声に一喜一憂し、信じない者を冷遇するという精神性は、さすがに小物すぎないか。
だから信じることも、祈りを捧げることも、あまり意味を感じない。
とはいえそんな教会が説く神とやらが嫌いかと言えば、そうでもなかった。なぜならば神に仕える者らが言うに神々は、人々を見守ってくれているらしいから。
つまり観客だ。
ならば嫌いだなんてとんでもない。大好きだ。愛している。この身の全てをかけてでも、全霊をかけて楽しませてやるべきだ。
そして中でも特に好きなのが、巡り会いの神ヨムウである。
あの神はいい。分かっている。
気まぐれによって普段とは違う選択をした両者が、思いがけない出会いを果たす。そんな些細な偶然によって始まる物語は、きっと運命でしかありえないのだから。
思うに、巡り会いの神ヨムウはイタズラが好きなのだ。
「うわぁ……」
景色に声が漏れる。町の中で光景で感動するのは久しぶりだ。
僕もヒリエンカにだいぶ慣れてきたから、村から出てきたばかりで二階建ての家で驚いていたあの頃とは違う。けれど、この町にはまだまだ僕の知らないものがあったらしい。
「東側に行ったことがないのは知っていたけれど……もしかして貴方、この橋を見たこともなかったのかしら?」
目を奪われていると、呆れ声が聞こえてくる。
ヒリエンカの真ん中に川が流れていることは知っていた。そして橋が渡されていることも知っていた。
けれど、これほどまで幅のある川で、そしてこんなに大きな橋だとは知らなかった。
「いい景色ですよねー。ヒリエンカ絶景スポット、堂々の一位だと思いますー」
「都どころか、王都にもない景色なのはたしかね」
これはそんなにすごい景観なのか。そう、聞こえてくる声に驚いてしまう。
二頭引きの大きな馬車が余裕ですれ違える、大きな石橋だった。欄干は僕の顎の高さまであって、橋桁のある場所は幅が広く円形になっていて、それがかなり先の方まで続いている。こんなに巨大な建造物は初めて見た。
そして、その橋の上から眺める川も凄かった。広くて、底が見えなくて、海へと続いてさらに広がっていて。
「大きい……」
思わず足を止めて欄干に手をかけて背伸びして、見入ってしまう。二人を待たせてしまうことになるけれど、目が離せなかった。
東側は西側にはないものがたくさんあるのだろうと楽しみにしていたのに、まさかその途中でこんなに感動するとは思わなかった。
「マルムニルド川に架かる大橋はヒリエンカに一つしかないの。橋を作るには資材と労力が必要だけれど、それが揃ってもこの大きさの橋を建設するのはかなり難しいわ。今の人の手では無理ね」
「だから、この大橋から遠い場所では渡し舟が出ているんですよー。ほら、ここからでも見えますよねー」
ユーネが指で示す方向を見れば、人を乗せた舟が川を渡っていくのが見える。
だいたい六人くらいは乗れる大きさだろうか。両岸に舟を係留する場所があるから、きっとそこを往復しているのだろう。
「今の人の手では無理って、じゃあこの橋はどうやって作ったの?」
「この橋は遺跡なのよ。町の下にある下水道が古代の遺跡だってことは知っているでしょう? この町はかつて栄えた町の跡地を利用しているの」
遺跡。この町全体が……いや、大昔の人は下水道のある区分の上にだけ住んでいたと考えるなら、範囲は狭くなるのだろうけれど、とにかくこの町は遺跡の上にあるのか。
「遺跡を利用と言っても、地中にある下水道以外はほとんど残ってませんけれどねー。でもこの橋だけはすごく丈夫だから、今も補修しながら使われてるんですよー」
つまりこの橋は特別に残った、古代の遺産なのか。
それは……すごい。どんな宝物よりもすごい気がした。だってこの橋は誰もが通れて、ヒリエンカの西と東を繋げている。
この橋がなかったらこの町は東西で完全に二分するか、あるいは片方にしか人が住んでいなかったかもしれない。目下の広い川を眺めれば、そんなもしもの想像が浮かんでくるほどだ。
「橋桁のところが円形に広くなっているでしょう? あれは魔術陣の役割を果たしていて、それで橋の強度を保っているのではないか、って言われているのよね。あれが解析できれば、今よりずっと大きな建築物が造れるようになるっておじいさまが言っていたわ」
「なんだかすごいらしいですよねー」
ヒリエンカにずっと住んでいる二人にとっては、この光景は見慣れたものらしい。初めての僕に解説までしてくれている。
名残惜しいけれど、僕は背伸びをやめて柵から手を離す。今日の目的は買い物だから、あまりここに長居はできない。
二人の方へ振り向くと、待っていてくれた二人は何事もなかったように歩き出す。僕も並んで歩く。
いずれ僕もあの光景を見慣れるのだろうか。流れの速い細い川と大きめの池くらいしかないニビトイ村では考えられない眺めだった。
「あー……ところで、ですねー」
歩きながら、ユーネがおずおずとこちらを覗き込むようにして、顔の高さまで手を挙げる。
その声はなんだか、妙に遠慮がちな響きで。
「せっかく東側に行くんですし、ついでで寄り道をしませんかー?」
「寄り道?」
「はい。そのー……教会に、お祈りだけでもどうかな、とー」
顔の高さまで挙げた手でそのまま前方を示す。
もしかして、橋を渡ってすぐのあの大きい建物が教会なのだろうか。あれはちょっと大きすぎないか。ビックリするんだけど。
「なんでそんなに遠慮してるのかしら? 別に時間に余裕はあるのだし、お祈りなら断る理由もないのだけれど」
「そうだね。町の教会も見てみたいし」
「え……いえ。それならいいんですけどー……。そ、それでは行きましょうかー」
何かを誤魔化すように早足になるユーネ。もしかして僕らに、教会に行くのを嫌がられると思っていたのだろうか。
へんなの、と僕はユーネを追う。




