挟撃作戦
「よくやった!」
正門が破壊され、領主ノグランズが喜色の声を上げる。
「拙いところもあったようだが、良い! 投資してきたかいがあったぞ錬金術師!」
賞賛の言葉でその台詞が出るってことは、けっこうな額を出してきたのではないか。
「みなの者、見よ! 砦の門は破られ、我らを阻むものはなくなった! 今こそこの地を脅かす邪悪なる魔物を殲滅する時である。進軍だ! 進め!」
ノグランズが整列する兵士に向かって号令し、応じる鬨の声が大地を震わす。
兵たちの進軍が始まった。盾と槍を構えて武装した兵たちが、列を成しつつも早足で砦へ向かっていく。
「呆っとしていないの、キリ。早く行くわよ」
リルエッタに手を引かれた。そうだ、眺めている場合じゃない。僕たちは慌ててウェインたちのいる場所まで退いた。
ここからは兵士さんたちの出番だ。邪魔はしてはいけない。
「どうなることかと思ったけれど……なんとかなったわね。フフ、これから忙しくなるわ。木材の買い付けに職人の手配。魔石の交易に関しても一から見直さなきゃ」
リルエッタはすでに商売の方向へ頭が切り替わっているようで、なにやら上機嫌にブツブツと呟いている。ユーネはとにかくにもホッとしているようで胸を撫で下ろしていて、グミさんはまだ泣きそうな顔で動かなかった一台の原因を調べていた。
僕もユーネと同じ気分だ。とにかく安心した。成功して良かった。これで……―――
「―――こちらは成功。作戦開始」
そんなシェイアの声が、かろうじて耳に届いた。
声音は大きくない。けれどそれは魔術で風に乗せられて、遠くへと伝えられる声。別の場所にいる冒険者たちへと届くはずのその内容は、決して変だと言えるものではない。こっちの状況を伝え、次の動きに移れるよう指示する言葉。
……けれど違和感があった。その内容に、ではない。声の弾み具合にだ。
いつもは気怠げなシェイアの声は、まるでイタズラでも始める前みたいに明るくて。
「あああああああっ!」
起動しなかった一台を調べていたグミさんが叫び声を上げる。絶望と驚愕の混じった声。
まるで、想像もしていなかったあり得ないことが起こったかのような。
叫び声に注目が集まる。リルエッタとユーネが、領主が、兵士たちが、エルノが。
「なんだこれは! ない! ないぞ、火の魔石が全部! ただの小石にすり替えられてる!」
……は?
火の魔石がすり替えられている? 兵器の中に入れられていたものが全部? 動力の分まで?
それがどういうことか、誰がそんなことをやったのか。
考える前に状況がさらに動いた。
大きな爆発音が響く。砦が揺れる。ウェインの口の端が吊り上がる。
「な、なんだ? なにがどうなっているっ?」
「原因不明の爆発によってなぜか裏門が破壊された。魔物は正門と岩山側に集中して手薄なため、好機と判断。冒険者たちが突入を開始」
領主様が困惑する声に、魔術で声のやりとりをしているシェイアが答える。
いやおかしい。いくらなんでも爆発から冒険者の突撃判断が早すぎる。普通、原因不明の事態が起こったら警戒くらいはするはず。
あらかじめ用意されていた作戦? あの爆発音はなにが起こってそうなった? グミさんの兵器の魔石がすり替えられていたのはどうして?
僕は信じたくない心地のまま、たぶん主犯の男を見上げる。
「まさか……盗んだ?」
「おっとガキんちょ。証拠もないのに人聞きの悪いこと言うもんじゃないぜ!」
言ってることは正しいけどその満面の笑みが証拠だ。
唖然としながら考える。最初にして最大の疑問はどのタイミングで魔石を盗まれたかで、すぐに思い至った。―――僕とエルノが試合している最中。グミさんを含む全員の視線と意識が完全に兵器から外れる時間。
僕は馬車の荷台で兵器と一緒に寝ていたし、グミさんたち女性陣も同じようにして別の馬車で寝ていたはず。そして馬車が止まっても基本、馬車のそばで作業している。気づかれずに魔石を盗むならあの時しかない。
あの時、ウェインたちはペリドットとダルダンの二人と一緒にいた。……ペリドットは前線に行きたいとウェインに言っていたらしいし、木工が得意で兵器作りを手伝っていたあのドワーフなら、釘を外してバレないように元に戻すくらいやるだろう。
つまり海猫の旋風団が協力している。ということは昨夜のコルクブリズは妨害だ。刻限ギリギリにしか完成できないように邪魔して、最終チェックの時間を削った。当然、ダルダンの腰痛も嘘のはず。
なにやってるんだこの人たち。
「な―――なぜだ! こんなことをしていったい……」
「いや、一発で門を破壊できるのに四発もいらねぇだろどう考えても。働けって言うならこっちにも寄越せよ。戦い方クソ下手かオッサン?」
「牢にぶち込むぞ貴様!」
たぶん最初から隠す気なんかなかったのだろう。耳に小指を突っ込みながらの言い様に、あの領主様ですら語気が荒くなる。
無理もない。むしろ当たり前だ。命中率に不安があるから数を揃えたのに、三台とも外れて正門が破れなかったらどうするつもりだったのか。
「ハハハハハハハ! そいつは恐ぇ、だから逃げるぜ! 行くぞガキんちょども!」
「え、なんで僕らまで……わっ」
「待て! 無用に戦場を混乱させておいてタダで……―――」
「兵の隊列乱れてんぞ総指揮官殿! さっさと号令して立て直した方がいいぞー!」
猫みたいに僕の首根っこを掴んだウェインが走りだす。シェイアもチッカもそれに続く。
怒りに顔を紅潮させながらも、優先順位を思い出したのだろう。領主様は逃げるこちらを追わずその場に立ち止まった。動揺する兵士たちへと向き直る。
「―――隊列を正せ! 今、冒険者たちが裏門より奇襲をかけた! これにより魔物共は動揺し、しばし指揮系統が乱れるはずだ。これは好機である! こちらはただ整然と進み蹂躙せよ!」
やけっぱちの大声。けれど的確な指示に、兵士たちが声を上げて応じる。
僕はと言えばウェインに運ばれながらそれを聞き、リルエッタとユーネとエルノが慌てて追って来てくれるのを見ながら、顎に手を置き思案に暮れる。
太陽は眩しく、首根っこを掴まれたまま揺らされるとグエッとなって、ただの置物になった兵器と一緒に取り残されたグミさんが頭を抱えていて。
……これ、僕ら共犯扱いにならないよね。




