錬金術の兵器
四台の自動走行車輪型兵器が砦に向かい、真っ直ぐに照準を定めていた。
僕たち―――グミさん、ユーネ、リルエッタ、僕の四人は、一人ずつ兵器の横に並ぶ。
順番は右から年齢順。兵器は誰でも使えるように合言葉で発動するようになっているが、誤作動防止のために一つずつ違う言葉が設定されている。
つまり、僕らは起動係だ。
「それでは皆様方、そろそろ準備はよろしいでしょうか。よろしいなら、この非才の身が開発した兵器のお披露目をさせていただこう!」
エルノが人質としてウェインの元へ行くのを見届けて、グミさんが高らかに声を張り上げる。
親指で眼鏡の位置をクイッと直し、徹夜明けの瞳を爛々と輝かせて、錬金術師は自慢の作品たちを手で指し示す。
「まずはこの非才の身の前にあるスタンダードタイプ! 特別な仕様はないが出発前に完成していた一つで、魔術陣に関しては最も細部までこだわっている! 完成度が高く抜群の安定性を見せてくれるだろう!」
あ、一個ずつ紹介していくんだ。
「次に治癒術士ユーネ君が起動するのは、柔軟で軽い木材を使用した速度重視軽量タイプ! 敵が妨害する間もなく戦場を駆け抜けられるよう、速さ重視の術式を組み込んでみた一品だ! 白い見た目も美しく、軽快かつ圧倒的な速度で見る者を魅了する走りを期待してほしい!」
突然始まったハイテンションな説明にどよめきが起こる。
たぶん話の内容は半分も理解されてなくて、特に求められてもいないこだわりポイントを陶酔した表情で並べたてる錬金術師の奇行に困惑しているのだ。
グミさんはこういうところがなければモテると思うのに。
「そして魔術士リルエッタ君の隣に座すは、車輪の外径を大きくした悪路踏破タイプ! 単純に車輪を大きくすることで障害を乗り越える能力が格段に上がり、かつ術式も走破性を重視した力強さ溢れる性能となっている。彼ならどんな困難な道でもハイキングのように踏破してくれるはずだ!」
リルエッタが頭痛に耐えるように額を押さえる。
普段ならこうなったグミさんを止めるのは彼女の役目なのだけれど、この人数の前で下手に目立ちたくないのだろう。まるで嵐が去るのを待つように羞恥に耐えている。
「最後に昨日素晴らしい試合を見せてくれたキリ君の横に並ぶのは、この非才の身と同じスタンダードタイプ。刻限ギリギリの完成となり特別な仕様を付け足すことは叶わなかったが、バランスの良いパフォーマンスは保証しよう」
なんか僕のだけ妥協してないかなっ?
「さあ、あの砦のゴブリンどもに目に物見せてやろう。そして我らが背後の戦人たちに、錬金術がどれほどのものかを知らしめてやろう。―――幾度の失敗を重ねようが、どれほどの困難が前に立ちはだかろうが、凡人共に夢見がちな眉唾集団と嘲笑されようが、我らにはなんら歩みを止める理由になりはしない!」
高らかに、誇らしげに。
一人の錬金術師は、自らが求め探し、造り上げた研究成果へと手を触れる。
整列した兵士たちが見守っていた。領主様が腕を組んで待っていた。ウェイン、シェイア、チッカの三人も無言だった。エルノが、凝視していた。
「我はアンサルクロストフ。このクソッたれな現実を打ち壊し、理想の果てに手を伸ばす者!」
錬金術師グミ・アンサルクロストフが合言葉を口にする。今明らかに余計な言葉を足したな?
「は、遙か遠き幻想を掴まんとする者!」
グミさんの乱心にすこし戸惑いながらも、ユーネが続く。
「未知溢れる世界に挑戦する者」
リルエッタは冷静だ。静かに決められた言葉を繋ぐ。
「惨憺たりし現在に、天を貫く憤怒を抱く者なり」
僕も合言葉を紡いだ。―――つまり、グミ・アンサルクロストフという人はそういう女性だった。
あるいは魔術の素質に嫌われ、錬金術の道に脚を踏み入れた者が……その程度のことでは何一つ諦めることなどできなかった者たちの誰もが、そうなのだろう。
既存の常識などぶち壊してしまえ、と。この世界はそんなつまらないモノではないだろう、と。もがくように、その先へ手を伸ばす。
僕が担当する兵器の魔術陣が発動する。側面に貼りつけられ、繋ぎ合わされた羊皮紙の下に仕込まれた魔石から魔力が供給され、溝に水が流れ込んでいくように術式が淡く光り輝いていく。
自動走行車輪型兵器が、動く。
魔術陣は円であり、車輪もまた円である。
そして術式が発動し、動力を得て転がり出したそれは、くるりと一つ回転するごとに車輪の内側で円を描く。
くるり、くるり、くるり、と。
起点の魔石は自ら術陣を描くたび再び起動して、術式は幾度となく発動を繰り返し、兵器の速度は際限なく増していく。
車輪の特性を活かした術式の連続起動。それによる常識の範疇を超えた加速。
錬金術師グミ・アンサルクロストフが開発した兵器の特性は、彼女の性質をそのまま移し現すように、全てを薙ぎ倒すような爆走だった。
走る。走る。走る。車輪型兵器たちがすさまじい速度で競うように走行する。
初速こそゆっくりだったそれは三度も回転すれば馬の脚を超え、すぐに鷹の翼に並び、矢の速度をも超越した。土埃を巻き上げて競うように爆走する姿が初めて目にする人たちの顔を引きつらせる。
通常、飛び道具は初速が最速だ。投げナイフも、弓矢も、投石器も、魔術の火球とかだってそうだろう。全て最初が一番速度があって、だんだんと勢いを落として地に落ちる。
この兵器は逆。初速は遅いが、魔術陣が連続で起動することによってどんどん加速していく。
「つまり、質のいい魔石さえあれば射程は問題にならない」
風になびく髪を手で押さえ、見送るリルエッタが呟く。今これを見ている人たちの中に、そこまで思い至る者はいるだろうか。
今回は命中率を上げるためにここまで近づいたけれど、これがもっと精度を上げるか量産できるようになれば、兵器の常識は変わるだろう。戦争の有り様さえ変えてしまうかもしれない。……と、それが彼女の見立てだった。
僕は正直ピンと来ないのだけれど、遠くから攻撃できるのは強いということだろう。僕も槍と剣なら、槍の方が強いと思う。
―――とはいえ、まだ問題も多いのだけれど。
「な、なぜだ! どうして起動しない! 出発前に完成させた、一番手間暇かけれた自信作なのに! 秘密のビックリ術式を仕込んであるのに!」
グミさんが悲壮な声を上げていた。どうやら一台は走らなかったらしい。頭を抱えて泣きそうになりながら、術式の見直しをしていた。
……まあそういうこともあるだろう。これはコルクブリズが足を引っ張ったせいで最終確認ができなかったせいだと思う。羊皮紙が剥がれかけていたとか、魔術陣のインクが擦れて一部消えてしまったとか、そんなことでも起動しない繊細な代物だし。
正直、僕は一個くらいそんなことになるんじゃないかと思ってた。
「あっ、そんなー―――!」
今度はユーネが声を上げる。見れば、何かの段差でもあったのだろうか、突出して先頭を爆走していたユーネの車輪型兵器が爆速のまま宙へ跳ね上がった。
速度重視軽量タイプの弱点が出たのだ。軽くて速い分、障害物の影響を受けやすい。
あれは……マズい!
跳ね上がったそれが落ちる。地面に激突する。―――内蔵された大量の火の魔石が、一斉に起動する。
閃光と炎が弾けた。ほぼ中央に落ちたのに、門の両脇の砦壁が揺れた気がした。兵器の破片でも当たったか、壁の上にいたゴブリンの頭が吹っ飛ぶのが見えた。こっちまで爆発音が届いてビリビリ響いた。
ヤッバい威力してるぅ……さすが実戦用。馬車に揺られながらアレの横で寝てたと思うとゾッとするんだけど。
いや、そんな余計は後回し。残りの二つは―――。
「無事だ! ああ、でも!」
爆発には巻き込まれなかったけれど、リルエッタの方が破片か瓦礫にでも乗り上げたのが見えて、少しだけ進路が逸れる。……それでもさすが悪路踏破タイプだ。少しで済んだのは僥倖かもしれない。
僕の方はかろうじて走行を続けているけど明らかに傾いて、今にも倒れそうにぐらついていた。
「……というか、なんで四台同時に起動したのかしら?」
「その方が派手で見応えがあるから、ってグミさん言ってた!」
冷静なリルエッタの疑問に答えた直後、車輪型兵器が恐ろしい速度で砦に突っ込む。―――しかし惜しくも正門より少し右側。爆発を巻き起こし、石材の砦壁を破壊し、門扉の片方を傾かせる。
当たった。けれどアレじゃまだダメだ。兵たちは通れない。
もう一発必要だ。
僕の車輪型兵器はさっきの爆発で傾き、グラつき、それでも魔術陣の補助かそれ以外の要素か、ギリギリのバランスで正門へと向かう。
ガッ、と石か段差かに躓いて浮いた。さっき地面に激突したものよりも低い起動で空中に放り出され、完全に斜めに傾いて、それでも進路は真っ直ぐに。
兵器としての役割を、全うするように。
「行け―――!」
両手をギュッと握って、祈るように叫んで。
僕の車輪型兵器が、砦の正門を粉砕する。




