人質
「さあお待ちかねの本番だ! いろいろあったが今までのは全て前座で、これがメインイベントだとも! ギリギリだが間に合ったぞ覚悟しろゴブリン共め!」
目に隈が戻ったグミさんが大声で叫ぶ。完全に徹夜明けのあの感じだ。僕らの錬金術師が戻ってきた。
昨夜は領主様と二人で会話なんて恐ろしいイベントがあったけれど、その後は特に何も起こらず、とにかく最後の一つを組み立てることに専念できた。
おかげでなんとか完成はして、僕らの前には今、四台の自動走行車輪型攻城兵器が並んでいる。
「本当に、完成して良かったわ。コルクブリズは全然役に立たなかったけれど」
「むしろ邪魔ばっかりしていましたねー」
それぞれ並んだ兵器の隣に立って、リルエッタとユーネが寝不足の顔をしかめる。
あの飲んだくれ神官が肝心なところで手を滑らせたりよろけてぶつかったりするせいで、だいぶん時間がかかってしまったのだ。たぶん水筒のお酒で酔っ払っていたのだろうが、作業の手伝いをしにきたのにお酒を我慢できないのは本当にダメだと思う。
結局スピフィがつまみ出したけれど、おかげで最後の一台を組み終えたのは明け方だった。
結局グミさんはそこから組み上がった兵器を動かす魔術陣の構築を始めて完徹し、僕らも仮眠しかしていなくて、本番当日だというのに万全とはほど遠い状態である。特に予定していた四台全部の最終確認ができなかったのは本当に不安である。
「あれが……壊さなきゃいけない正門」
僕もまた兵器の横に立っていた。大きな正門を眺めて、呟く。
命中率を上げるため、兵器の起動はできるだけ近づいてからと決まっていた。そしてこうして近づいて見れば、遠くから眺めるだけだった昨日と違って砦の構造がよく分かる。
開けば二頭引きの大きな馬車が余裕で通れるだろう大きさの門は、漆黒に塗られた丸太を繋ぎ並べて鉄で補強したもの。見た目は無骨だけれど頑丈そうだ。
門の両側にはレンガの砦壁が曲線を描いて突き出ていた。その上のボコボコした場所の隙間からゴブリンが弓矢でこちらを狙っているのが見えて、たまに威嚇のようにこちらへ矢が飛んでくる。
矢は全然届かないので恐くない。ただ、ゴブリンは正しく砦を運用しているようだ、ということは分かった。
大勢の兵を中に送り込むにはあの正門を使うのが一番だ。だから扉はしっかりと閉じられ、それを破壊しようと突撃してくる敵には上から弓兵が矢を射かける。
単純だけれどすごく厄介。そうなるように造られているのが砦であり、敵はそれをちゃんと理解しているのだ。
ゴブリンは低脳とよく言われるけれど、これくらいのことができる程度の知能はあるのだろう。
「うむ。あの砦門さえ壊せば、我の兵は苦なく雪崩れ込むことができるだろう。この作戦はそなたたちにかかっていると言っても過言ではないな」
背後から声がして、振り向けば武装した兵士たちが整列していた。全員の注目が僕たちに向いていて、その一番前にいる男……ノグランズ・リオノックスが代表して言葉を発す。
「期待しているぞ、錬金術師。そして子供たちよ」
ニコリと笑いかけられる。……責任重大だ。身震いする。
昨日の試合は勝手に賭けの対象にされただけだから無責任でいられたけれど、これは元々僕らの仕事で、兵士たちの命がかかっている。
失敗するわけにはいかない。成功させなければ。
「そんなこと言ってこの領主、昨日のうちにちゃんと破城鎚用意してるからな。大してお前らのこと信用してねーぞ」
その横に立つウェインが、失敗したときのために用意された策を暴露する。その後ろにはシェイアとチッカもいた。
兵士たちの間で苦笑が漏れたところを見ると、僕らの見えないところにあるだけで本当に用意はされているのだろう。
どうやら僕らが失敗しても終わりではないらしい。
「……ウェインたちは裏門の方へ行かなくていいの?」
「いいんだよ。冒険者の代表ってのは指揮する偉いヤツじゃなくて、面倒事を押しつけられた可哀想な貧乏くじだからな。今も面倒な役をやってる最中だ」
「私は進軍が始まったら魔術で連絡を取る役」
「シェイアがこっちの状況を伝えた後は、あたしたちも遊撃の方に行くつもり。だからサボりじゃないからね」
結局、冒険者たちは本隊とは別で動くことになっていた。
兵士たちが足並みを揃えて正門から進撃し、冒険者は裏門や側面に回って逃げようとするゴブリンを狩る。ウェインが最初に言っていた役割である。
ただ、今は陽動のために山側の側面に集まっているはずだ。まとまった人数が集まっているのを見せることで、ゴブリンは正門だけに数を集中できなくなるという手はずだったはずだ。
これはCランクパーティのリーダーの一人、魔術士の人が幻術で数を多く見せられるという話だから、けっこう有効な作戦なのではないか。
「成功するかも分からぬ怪しい兵器に託して用意を怠るのは、ただの愚か者であるからな。準備くらいはするとも。……が、たしかにそなたたちを信用していると言えば、嘘になるやもしれぬ。成功すれば大きいが、まあ失敗したとて問題ではないというのが本心か。我の兵たちはゴブリンごときに負けはせぬからな」
背後の兵たちに聞かせるように、よく通る声でノグランズは言った。
グミさんの兵器が失敗したところで士気が落ちないように。そしてその時はすぐに次の行動へ移れるように。そうすることで、僕たちの緊張をほぐすように。
きっとこの人はどこまでも為政者なのだろう。
……けれど、分かる。この人は信用できないことを僕はもう知っている。
次善の策が用意してあろうと、失敗しても問題ないと言われようと、成功した方がいいに決まっているのだ。
成功しなければあの門の前で矢の雨に降られ、人が死ぬのだから。
「父上、お話があります」
若い声が響いた。声変わり前の少年の声。僕と同い年の、男の子の声。
この場にいる全員の注目が集まる。僕も、彼の方へと視線を向けた。
昨日も着ていた質のいい鎧に身を包み、腰に本物の剣を吊して、金の髪を陽光に輝かせた貴族の少年が前に出る。
「どうしたエルノ。兵たちと共に前線に出す気はないと言ったはずだが」
「それは分かっています」
領主様の言葉にエルノは頷く。
その表情が少し、昨日までとは違って見えたのは、気のせいだろうか。
「ですが、おれ……私は、私なりにできることをしたいのです。そして、自分なりにこの作戦へ貢献できる方法を考えてきました」
領主様も違和感を感じたのだろうか。真剣な声で話すエルノの様子に、訝しげに目を細める。
……けれど、それについては触れなかった。ただ頷き、話の続きを促す。
「出発時、我々は冒険者たちをパレードに参加させず、不信感を買ってしまいました。そのおかげで、彼らはまだ我々を信用しきれていないのではと私は懸念しています」
「そうだな。それで、そなたに何ができる?」
「私を人質としてお使いください」
ざわ、とどよめきが起きる。
その困惑に混じって、へぇ、と感心の声が聞こえた気がした。
「我々がここにいるのは、魔物を討ち民を守るため。その誇りを忘れ戦友たる冒険者を害するような行いを我らがするなど、天地が逆さまになったとてするはずがない。それを裏付ける証拠として、この地を治める為政者の血統を差し出しましょう。……この作戦中、彼のかたわらにて見聞を積むことをお許しください」
そう言って、エルノはウェインを示す。
深い海色の瞳はとてもではないけれど人質などという殊勝さなど持ち合わせず、むしろ挑戦するような鋭さを感じさせる。
これはなにかあったな、と一目で分かるくらい露骨。けれどそれくらい、彼の中でそれが重要なことなのだと察することができて。
「……ふむ、良いだろう。その提案を却下する理由を我は持たぬがゆえ、許可する。我は、我が兵も冒険者も信じている」
「ありがとうございます、父上」
小考の末の返答を受けて敬礼してから、エルノはウェインへと向き直る。
なぜか耐えきれないといった様子でクツクツと笑う男を、まっすぐに睨む。
「そういうことになりました。よろしくお願いします、ウェイン殿」
「ああ、ヨロシクだお坊ちゃん。言っておくが、俺のトコに来るなら見学なんてヌルい話はナシだ。ちゃんと働いてもらうぜ」




