コルクブリズ、日和る
「フフフフフフフフフフフフフ。いやあ拙僧、教会を追い出された未熟者ですからな。あの場面でどちらかに勝敗をつけるなどという大それた度胸など、最初から持ち合わせているはずがありませんでしたとも!」
夜に染み渡るような明るい声は完全に酔っ払い。泥酔間近の酒カスが気分良くなっちゃってるあの感じ。
平原の村で仕入れたのだろうか。この破戒僧は水筒に酒を入れてきたようで、グイッとあおっては真っ赤な顔で笑う。
「つーか、そもそもお前が最初にルール説明しとけばモメなかったんじゃん? 聖職者ならちゃんと手順踏めよ酒カス神官」
「それは無理ってものでしょう。なにせ事前にルールなど聞いてませんでしたからねぇ。そもそも当事者の二人すら分かってなかったなら、最初からないのですよそんなもの。存在しないものを説明しろだなんて神々の問答ですか? いやあ哲学的ですねぇ」
「ニャハハ! だったら確認しろって話じゃんね!」
スピフィもコルクブリズの酒を分けてもらって飲んでいるらしく、二人の笑い声が星空に吸い込まれていく。
つまりだけれど、あの試合は酒の席の笑い話になった。
―――勝者なし。剣士にとって剣とは誇りそのもの。ならば敗北が決するのは、剣が地面に触れ、土で汚れた瞬間である。
そして、それは同時であった……と。それがコルクブリズの下した判定だった。
僕の木剣は高く打ち上げられ、エルノが投げを決められた時に手放した木剣と同時に落ちた……らしい。たしかにあの時、地面に落下した木剣の音が同時に響いた気がする。
剣が誇りであるというのは、僕には分からない。でも試合とは誇りを賭けて挑むものだろう。なら剣を誇りに見立てたコルクブリズの判定は、決して不当ではない、と思う。
ただこうして酔っ払って笑ってるところを見ると、やっぱり蹴りたくなるけど。
「胸を張りなさい」
錬金道具の準備をしながら、リルエッタが声をかけてくれる。
どうも彼女は面白がっているようで、機嫌よく笑っていた。
「あの酒カス神官が日和った結果とはいえ、エルノ相手に引き分けならよくやったわ」
「そうですよー。思わず手に汗握るいい勝負でしたー」
ユーネもそう言ってくれて、僕は内心でため息を吐いた。冒険者のみんなだけじゃなく、兵士たちまで誰もがそう言う。なんなら僕も引き分けなら上々だと思う。……それでも胸の底では納得できていない。
あれは、勝たなければならない試合だったから。
「……勝ちたかったな」
「またやればいいわよ。次があればね」
茶化すようなリルエッタの声に今度こそため息を吐いて、僕は運んでいた板を地面に置いた。グミさんの錬金術兵器の、まだ未完成な最後の一つ。その部品。
昼の試合が終わってからも行軍は順調に進み、僕たちはついにゴブリンの群が巣窟とするくだんの砦を臨む場所まで来ていた。まだ距離はあるけれど、陽が出ている時は遠目に眺めることができた距離だ。
おそらく有事の時は、この場所で敵の侵入を塞ぐことを想定しているのだろう。せり出すような岩肌の山脈と鬱蒼とした森の浸食で、平原が細く狭まる場所。
一度放棄され、そして今は魔族の住処となっているその砦は、僕らを見下ろすようにそびえ立っていた。
「はいはい、静かに。キリ君の試合は戦闘について素人なこの非才の身としても、見事だったと思う。語りたいのは分かるよ。……しかしここは切り替えてくれないか。なにせ我々の期限は明日までなのだからね!」
パンパンと手を叩いて、グミさんが注意する。
そうだ。すでに砦は遠目で眺められる位置にあって、明日にはもう攻め入ることになっている。
砦の正門を確実に壊すため、領主様はグミさんに四つの自動走行車輪型兵器を注文した。威力的には一つ、できれば二つ当たれば十分破壊できる計算なのだけれど、実績が全くない新兵器で当たるか不安なための四つだ。
そして、現在完成しているのは三つ。残り一つは今夜中に作りきらなければならないのである。
「そして残念なお知らせがある! 我らが木工職人のダルダン先生が腰を痛めてしまい本日はお休みだ!」
悲しいなぁ。
たった二日間でかなり兵器造りを進めてくれたドワーフの職人は、最終日になって離脱してしまった。
腰はダメだ。本当にダメだ。ニビトイ村の村長さんが腰をやったときは、大人ってこんな情けない声で泣くんだ……って後ずさったものだ。治癒術をかけたから明日には治ってるはずだと聞いたけど、ちゃんと養生してほしい。
まあ不幸中の幸いにも、未完成な兵器は残り一つ。それも途中までは終わっている。これならみんなで協力して頑張れば、今夜中に完成できるだろう。
「フフフフフフフフフフ。頑丈なのが取り柄のドワーフですが、この行軍で疲れが溜まっていたのでしょうか? それともキリネ君たちの戦いを見て興奮したのでしょうかね? というわけで、ダルダンの代わりにお手伝いに来ましたコルクブリズです。よろしく」
「手伝いねぇ。一応聞いておくけどお前、木工なんかできるのか?」
「モチロンです。教会では自分たちでできることはなんでもしましたからね。よく言われたものですよ、お前の大工仕事は雑だが手だけは早いな、と。ええそれはもう、最低限使える程度のものをパパッとやっつけるのが得意で」
「手抜きが上手いだけじゃん! 足手まといだ錬金術舐めんな!」
スピフィに蹴られるコルクブリズを見て、生ぬるい笑みが漏れる。
村にいた頃は、聖職者といえばみんな神官さんみたいな人なのだと思っていた。こんな神官もいるなんて、神さまってけっこう寛容なんだな。
「聞くだに不安はあるが、今は猫の手も借りたいところだからね。コルクブリズ神官には皆の補助をしてもらおう。もし邪魔になるようだったらスピフィ君に排除をお願いするよ。さあ、最後のひと頑張りだ。気合いを入れて頑張っていこう!」
「おー!」
グミさんのかけ声に、みんなで拳を突き上げて応じる。
エルノとの試合は終わった。けれど本番はこれからなのだ。ゴブリンロードとの戦いは明日で、僕たちは砦攻略のために兵器を完成しなければならない。
特に僕は今まで剣術の練習で作業してなかった分、頑張らないと……。
「こんばんは。少しいいかね?」
その声量のわりによく通る声は、聞き覚えがあった。なんというか、印象に残る声だ。記憶に残る感じ。
為政者の声。
「これはこれは領主様。こんな場所に御足労いただくとは。護衛もつけず大丈夫なのですか?」
夜闇の向こうから魔術の明かりの内へやって来たのは、ノグランズ・リオノックス。ヒリエンカの領主様で、エルノの父親で、この一団の総大将。
リルエッタが上品に一礼し、その横ではユーネが直立不動でガチガチに固まっていた。コルクブリズは後ろ手に酒を隠して神妙な顔をし、スピフィですら姿勢を正す。
僕はただただ驚いていた。こんなに偉い人が、たった一人でこの場にやって来るとは。
「祭りの余熱冷めやらぬこの夜に、護衛をゾロゾロ連れて出歩く方が問題であろうよ。……して、錬金術師グミ・アンサルクロストフ殿。作業の邪魔をしてすまない。進捗はどうかな?」
「予定していた通り、順調ですね。最後の一台も完成間近です。明日の朝には十分間に合うでしょう」
予定通りは嘘だ。僕関連のトラブルがなくたって、ダルダンがいなければ厳しかったはず。
「そうか。では少しの間、彼を借りてもいいだろうか?」
彼、と言われて、こちらを開いた手で示されて。
思わず後ろを見たけれど、誰もいなくて。
「たしか、キリネ君だったね。少しだけ話がしたい。よろしいか?」




