試合終了
あの動きは普通じゃない。おそらく魔力を使っている。なら回数制限がある。
三回目でフェイントが成功したにも拘わらず、その時にあの技を使わなかったのはなぜだ。
剣を弾いた時も使わなかった。きっとああいう状況じゃ使えないのだ。発動にも条件もあるに違いない。
いや、そう思わせてこちらを油断させ、確実に木剣を当てる隙を狙っている―――?
とか、考えている頃だろう。
エルノ・リオノックスは強い。
最初の試合から分かっていたことだけれど、こうして再戦し改めて確信した。動きが僕とは段違い。これなら同世代じゃ負けなしも納得だ。スピフィの技を使い捨てていなければ、今頃はなにもできず負けていたのではないか。
それほど強い彼だから、今もきっと戦いの中で作戦を練っている。
最初に二回使って、三回目の攻撃で使わなかった時点で無制限で使えないことはバレた。
だけど、もう魔力切れなのは分からないはず。最低でもあと一回か二回は残っていると考える。……エルノが悩むのはそれを出させないように立ち回るか、出し切らせてから処理するかのどちらかだが、明確に何回撃てるか分からないのなら前者しかないといずれ腹をくくるはず。
彼は攻撃を防御しつつ反撃は最小限にとどめ、まずは体勢を立て直すことを最優先にして、そして少しずつ情報を集める。
全部持っていけばいい。
「ウル!」
木剣を振り下ろすフリをしつつ叫べば、それだけでエルノはビクリと身構える。それを見て剣の軌道を変えれば、エルノはまた無理な避け方をしなければならない。
フェイントはかけ放題。それどころかなにも言わない時ですら相手は最大限の警戒を解くことができない。おかげで僕は最初からずっと攻勢に出られている。
けれど僕の木剣は当たらない。意表を突いて防御の隙間を縫っても、避けられるよう準備している。それで体勢を崩しても戻りが早い。攻撃のことごとくは防御されるか空を切るかで、決定打が与えられない。
ああ、そうだ。これほどの力を持っているなら、冒険者になれば成功するかもしれない。
身一つで危険に挑戦し、成果を得て帰ってくる。そんな単純な生き方ができる場所があり、その実力があるのなら、それは重責のある貴族の身分からしても輝かしく見えるはずだ。
一つ仕事を終えたら乾杯して、美味しいものをお腹いっぱい食べながら朝まで騒いで、お金がスッカラカンになるまで遊んで、そして次の依頼を探す……そんな馬鹿みたいな生き方を、彼はどんな目で見ているのだろうか。
剣がぶつかり合う。
ごめん。
最初の試合の時にはもう、気づいていた。君が僕の剣を空へ跳ね上げて、明るくニカッと笑う前。
あの時、ほんの少しだけ間があった。察せるだけの間。君は、僕の実力にガッカリしたのだろう。
ごめん。君の代わりになれなくて。
ごめん。君の敵になれなくて。
ごめん。君がなりたかった冒険者に、僕はなったというのに。
どうか、ここで倒してあげるから、許してほしい。
カァン、と一際大きい音がして。
高く高く、太陽に向かって飛んでいくかのように、僕の木剣が空へと跳ね上げられた。
「ああ……懐かしいわね」
そう呟いて、預かった槍の感触を確かめるように柄を撫でる。
本当に懐かしい。そう感じて、そんなふうに感じた自分に少し笑ってしまった。あれは恐ろしい記憶だったし、後悔の記憶だったし、消し去りたい過去だった。
馬鹿みたいに危険のまっただ中へ踏み入った失敗も、友人を危険な目に遭わせたことも、酷いことを言って置いていった彼に助けられたことも……魔物のように恐い彼の姿も、グチャグチャになった思考で彼を責めてしまったことも。
本当に、なかったことにしてほしいと願ったものだ。
けれど今は……あの日のことを覚えていたいと思うくらいには、懐かしいと感じている。
あの時に謝っていなかったらきっと、一生後悔していただろう。それを彼が受け入れてくれなかったら、こんなふうには思えなかっただろう。
クスリと笑って、槍を握りしめて。
「やっちゃいなさい、キリ」
エルノは強い。明確に、僕よりも強い。
だから意表を突いてスピフィの技を見せれば、まず守勢に回り反撃の機会をうかがう。
そしてその反撃は、一番安全なものであるべきだ。
多くを背負い、捨てられず、自分だけのために戦えない。
そんな君はきっと、冒険をしないから。
例えば……僕が攻撃した直後に武器を狙う。
こちらはすぐに次の動きへ移れず、十分に間合いが空いているから不測の事態にも対応しやすい。
それは最初の試合で君が見せた技。ディザーム―――武器落とし。
片手持ちの状態でも見事に決めてみせたあれは、きっと得意技。
―――つまり、自分の武器をわざと落としてやるんだ。
「やっ―――」
歓喜の表情が見えた。最初の試合でも、彼はここでニカッと笑って見せた。
ああ良かった。今回は間がなかった。ガッカリされなかった。ちゃんといい試合の演出はできていたらしい。僕を強敵だと思ってくれたらしい。喜んでくれてなによりだ。スピフィの技を使い捨てたかいがある。
おかげで隙ができたよ。
「―――教えてあげる」
大きく、エルノの脚と交差するほどに深く踏み込んだ。空いた両手で、武器を持つ彼の腕を掴んだ。
今なら分かる。これは冒険者の技ではなく、傭兵のものなのだと思う。魔物相手より人と戦う時の方が、この技の真価は発揮される気がする。
ウェインはこれを、普通に勝てる相手には使う必要がないクソ技、だとか言っていた。僕が教えてもらう技はそんなのばっかりだ。
だからこそ、エルノに教えるにはちょうどいい。
これは敵の油断を誘う技。転じて、最後まで気を抜かない心得。
そして、最後まで諦めないという生き汚さそのもの。
自分より強い者に勝つための、奥義。
君は殺し合いをしたことがないから、知らないだろう。―――敵は殺さないと死なない。
「ぜりゃぁ!」
気迫とともに投げる。完全に油断していたエルノの身体が、宙に半円を描く。受け身すらとれず地面に叩きつけられる。
衝撃で彼が木剣を手放す。回転しながら宙を舞って、ちょうど空に跳ね上げられていた僕の木剣と同時に落ちて、試合終了の音を鳴らした。
振り下ろした僕の拳が、エルノの鼻先で止まる。




