見せ技
馬鹿だ。
アタシが剣を教えてやった子供は、二回しか使えない技の二回全部を開幕でぶっ放した。
あれはダメだ。だってあの技は必殺技……つまり決め技だ。何度も撃てないからこそタイミングには気を遣うし、使ったからには倒しきらなければならない。
打ち合いの中でわずかな隙が生じた時、そこにねじ込むために使うのが基本で、そりゃあ速度強化なのだからいきなりブッパしても弱いわけじゃないが―――
ゴッ、と木剣と木剣がぶつかる音が響く。
―――防がれたら、それで終わりだろ。
金髪の少年がからくも木剣を横にして、超速の剣を受ける。かなりギリギリではあったが間に合った。
上段の構えから踏み込んでの振り下ろし。たしかに最速であり、最も基本の動きだ。だからこそ身体の負担は少ないだろう。
だが、剣の軌道が見え見えだ。
あの傭兵野郎がアタシの技を防いだ時と同じこと。来ると分かる攻撃を警戒しないはずがないのだから、他の子供であればともかくエルノであれば反応するだろう。
両陣営から驚きの声が上がった。領主など大口を開けてポカンとしている。それはそうだろう。アレはアタシが教えた技だ。エルノ完勝を予想している観客はもれなく面食らったはず。
だからどうした。終わりだ。もうダメだ。しょせんただのチビガキだった。
ここからはもう一方的に倒されて負けるだけ。思い切りは評価してやらなくもないが、考えなしの無謀は勇気ではない。
せっかく教えてやったのにがっかりだ。別に見込みがあったとか才能を感じたとか、そんなことはなかったが……―――
「―――ダッカ!」
声高らかに、笑みすら浮かべて子供が叫ぶ。
僕は結局、スピフィの技を完全に習得することはできなかった。
脚力強化のレグと、肩関節の速度強化のウル。この二つだけは集中的に練習して使えるようになったけれど、使いこなすとなると話は別だ。
使う前に集中がいる。真っ直ぐ踏み込んで真っ直ぐ振り下ろすしかできない。他の動きと連動しようとすれば身体を痛める。
当然だけどとっさに出すなんて無茶で、もしやるなら自身も怪我をしながら突撃するくらいか。
ああ、そうだ。スピフィはきっとそう使わせるつもりだった。
試合は一撃入れれば勝ちだ。ならたしかに相手の隙が見えたとき、そこに特攻できるのは強い。その後で向こうの剣が僕を斬ろうが、痛みで動けなくなろうが問題ない。だって勝ちは勝ちなのだから。
けれど、そうじゃない。そんなのは勝ちとは言わない。少なくとも僕は認めない。
ゴッ、と木剣が木剣に受け止められる。
エルノのとっさの防御はギリギリで間に合い、交差した木剣の向こう側に歯を食いしばった彼の表情が覗く。
さすが、と思わず口元が緩んだ。そうでなくては。この程度で勝てる相手なら最初から眼中にない。
ただの付け焼き刃。未熟で未完成のクソ技。本当にそんなものが、僕がエルノに教えるものか? もっと他にあるだろう? 例えば―――
「ダッカ!」
―――性格の悪さとか。
手首を返しながらの叫びに、エルノがビクリと反応した。僕の剣筋に対応して防御する。
それはそうだ。さっきのは未熟とはいえ。限界を超えた速度での踏み込みと一撃だった。初手でその二つを見せられたなら、次を警戒しないはずはない。
魔力なんか込めなくても、呪言の意味なんか知らなくても叫ぶだけで反応する。してしまう。
側頭部を狙って放った横薙ぎは、金髪の少年が守備で構えた剣に届く前にピタリと止めた。
表情を歪めたエルノに見えるよう、舌を出して挑発する。試合だ。戦いだ。こんなのは騙される方が悪い。
角度を変えて防御を迂回し、剣を掬い上げる。エルノは体勢を崩しながらも後ろに跳んで回避した。
迷わず追う。
例えば、荒っぽさとかはどうか。
攻撃を受けようと横向きに掲げられた剣を狙った。エルノの手首ごと折ってやるつもりで、全力で叩きつける。
さすがに剣も手首も折れなかったが、大きく横に弾いた。胴体ががら空きになる。
例えば、したたかさ。
エルノが弾かれた剣を腕力と手首の力で無理やりに振った。剣技とは言えない、とにかく距離をとりたいだけの大振り。
身を低くして避ける。予測できた牽制だ。こんなのは喰らわない。剣は素人だけれど、僕にだって戦いの心得ならある。
そう、僕だって前衛なのだ。ちょっとは自信がある技くらい持っていた。
剣は頑丈で刃が付いただけの棒とのことだ。そう剣士であるスピフィは言っていた。であるなら、剣技にこだわる理由すらない。
雑な大振りを避け、剣を腰だめに構える。右腕を引き、左手は刃の部分を中指と薬指でつまんだ。
槍のように構える。
「あれを見せ技に使うとは性格が悪いねぇ。誰に似たのかな?」
「槍使いは性格がねじ曲がるんだよ」
ペリドットと俺は観客たちの最後列、馬車の一つにもたれかかり、試合の行く末を見守る。
最初のあれは魔剣士としてのスピフィの技だろう。ガキんちょたちのところで遊んでいるとは思っていたが、まさかあんなもんを教えてやってたとは思わなかった。―――技ってのは剣士の生命線だから、そう簡単に人に教えたりしないはず……というのは、傭兵の考え方だったか。冒険者が戦うのは人でないのだから、気に入ったヤツには生命線として渡したくなるものかもしれない。
そのスピフィの技を見せたことで、金髪の方は警戒が必要になった。隙を見せれば一瞬でやられるのなら、実力の差など覆される。そうとうやりにくくなったはずだ。
おかげでいい試合に見えている。
「ところで、君はどっちが勝つと思うんだい?」
「そりゃ金髪の坊ちゃんだろ」
ガキんちょが槍の構えから突きを放つ。金髪の方が紙一重で避ける。
鎧に擦ったほど惜しい一撃だ。今ので決められなかったのは痛い。
「ここまで焚きつけておいてそれかね。酷いヤツだな君は」
ペリドットが肩をすくめて呆れる。なんと言われようが実力は裏切らないものだ。
それに、スピフィに習った技はそう便利でもあるまい。
自分でも一度体験済みだし、こうして観ていれば分かる。……あれは制限付きだ。
なんの縛りもなければ、ずっと使って速度で圧倒すればいい。だが最初の二回だけしか使ってない時点でそれはない。俺の時だって一番最後の決め技としてだけ使ってきたのだから、回数制限か反動くらいはあるはず。あるいはその両方。
なら、時間をかけるほどに不利だろう。金髪の方は立て直しつつあの技ありきで調整して、そしていずれ反撃に出る。それができる実力差はある。
「お前はどうなんだよ?」
「もちろんキリネ君だとも」
即答するのかよ。
「予想と言うよりは期待だけれどね。彼はそろそろ、勝利の喜びを知るべきだ」




