挨拶の意味
「あなたたちは大地母神アーマナの慈愛を受けてこの世に生を受け、巡り会いの神ヨムウの導きにより出会い、戦神ワグンダルにより戦う理由を授かり、そして天候神モーハテッゼ=アウスにより本日の晴天に恵まれました。運命によりこの一時が用意されたならば、神々もあなたたちの試合を砂かぶりで見守るでしょう。恥なき戦いを心なさい。悔いなく全力を振るいなさい。神官コルクブリズ、教会を代表しこのたびの立会人を務めさせていただき、この試合の証人となりましょう」
神官らしい顔で神官らしい言葉をのたまい、コルクブリズが首からさげた聖印に触れて祈る。
うん、人選には文句があるけれど、立会人をやらせるならたしかにこの人だろう。神官ならもう一人ユーネがいるけれど彼女は僕の仲間だし、たとえお酒の飲み過ぎで教会を追い出されていても神官としては彼の方が格上だ。さっきペリドットと一緒にいなかったのはこういうことか。
というか立会人ってなんだ。もしかしてこれ、教会認定の試合として正式に記録されるってことなのだろうか?
「皆も聞き及んでいるだろうが、改めて確認する。この試合には、対ゴブリンロード戦での全体指揮権がかかっている! 言わば我が軍と冒険者たちの代表戦である!」
領主様が声を張り上げる。あの細い身体からよくあんな大きな声が出るものだ。
そしてこの条件、本気なんだ。よく飲んだなこの人。
「ハッキリと言おう、決して受け入れる必要がある条件ではなかった。利と損の釣り合う賭けではなかった。だが、あえて乗った理由は分かるだろう! 我が方に異存がある者はいるか! 冒険者とはいえ同い年の少年を相手に、我が息子エルノ・リオノックスの勝利を疑う者はいるか! 許すぞ、遠慮なく声をあげよ!」
これで遠慮なく声をあげられる人はすごいと思う。
けれど、領主様の口調は明るい。いっそ楽しそうですらあった。たぶん、本当に声をあげる人がいても許してしまうのではないかと思うくらいに。
そして兵士たちもまた、この馬鹿げた条件をもってしても顔には余裕がある。当たり前だ。だってエルノの普段の訓練相手は彼らに違いない。……少年の力を疑う者は誰一人としていないはず。
だからこそ、この賭けは成立したのだろう。
「おお、かましてくれるじゃねぇかよ。冒険者どもはどうだ。男同士の戦いに水を差すダセぇヤツはいるか! こっちのガキんちょに賭けられねぇ臆病者はいるか! 強ぇ相手に挑む馬鹿を止めてやるような、お優しい人格者はいるか! いるならいいぞ、出てこい。笑いもんにしてやるぜ!」
ウェインが煽ると、冒険者たちが声を上げて笑う。
最初の試合はけっこうな人数が見ていたはずだが、さすがCランク以上のパーティばかりの上級者たちだ。大穴に賭けられない日和見なんかこちらにはいない。ここにいる彼らなら喜んで有り金全部を僕に賭けるだろう。
「ずいぶん大事になったね」
おそらくは質のいい魔物の素材が使われているだろう。ところどころ装飾を施した革鎧姿のエルノが、観衆を見回しながら緊張した面持ちでそう話しかけてくる。
少しやりにくそうだ。大勢の注目を浴びることなら、僕よりも慣れてそうだけれど。
「そうだね。大丈夫?」
僕が聞くと、彼は一瞬鼻白む。
そして表情を引き締めると、僕を睨み付けた。
「……問題ないよ」
「ならよかった」
僕は心からそう言った。エルノが全力を出せないなら意味がなくなるところだった。
「そっちは大丈夫なのかい?」
「みんな野菜に見える」
ユーネの助言のとおり、観客の顔は全部野菜だと思うことにしてみた。別にそんなことしなくても緊張とかはなかったけれど、意外にもこれはいい。だって言葉を発されるのは面倒だ。
野菜ならなんか騒いでるなと思うだけ。意味までは頭に残らない。
だから、目の前の相手だけに集中できる。
「ああ―――やっぱり」
そんな僕を見て、呟くようにそう言って、金の髪の少年は笑む。
「冒険者になりたかった」
それは無理だと思う。だって貴族とかどうとか関係なく、彼には冒険者の才能がない。ダメ人間の素質がない。壊滅的に向いていない。
勝手にのせられた重責を素直に背負って、しかも力に変えてやろうだなんて考えてる時点でもうダメだ。何も背負う気のない僕を、この状況で自分のためだけに戦おうとしている僕なんかを羨ましがるだなんて、もはや勘違いでしかない。
僕らはなんて、住む世界が違うんだろう。
きっと、こうやって試合できることすら奇跡に違いない。
「……双方、準備はよろしいでしょうか」
眼を細めるコルクブリズの確認に、僕とエルノは同時に頷く。
「では、始め!」
合図にエルノが構え、口を開く。
「よろしくお願いします!」
僕も同じように構えて、同じ言葉を返す。
「―――よろしく、お願いします」
考えてきた。考えてきたのだ。
どういう戦い方をするか、ではない。どういう戦い方をするべきか、を考えてきた。
僕が、なにをエルノに教えられるかを。
教えてください、よろしくお願いします。試合の時の挨拶をスピフィはそういう意味だと言った。
双方ともにそう挨拶するならば、教えてもらうだけじゃいけない。こちらからも出さなければ公平じゃない。
ではなにを差し出す? なにを差し出せる? 僕が持っていて、彼が持っていないものはなんだ?
ふぅ、と息を吐いた。すぅ、と息を吸いつつ木剣を持ち上げた。上段に構えなおす。
「―――レグ」
開始の合図は出された。互いに構え、挨拶もした。だからもう遠慮は要らない。集中し、脚に魔力を通す。
脚力を強化し、一気に踏み込んだ。
「なっ―――!」
予想外の速度に、エルノが驚きの声をあげる。
一つ、確信があった。感覚的なものだけれど当たっていると思う。
最初に彼と戦ったとき、僕に気負いはまったくなかった。……なぜだろうと疑問に思って、彼からはまったく恐怖を感じなかったことに気づいた。
ただの試合だからだとは思わない。ウェインと試合するときも、ニグやヒルティースとやるときだって気負いくらいはある。
けれどエルノは彼らと違った。あの金髪の少年はただ楽しんでいた。僕との試合を心から喜んでいた。だから……気迫が違い、勝とうという意気が違い、真剣さの種類が違う気がして。
そこまで思い至って、気づいたのだ。
―――君はきっと、殺し合いをしたことがないんだろう。
一ヶ月前あの森で戦った髪を逆立てた男より、エルノは強いだろう。けれどあの男の方が段違いに恐かった。あれとの戦闘に比べれば、試合など遊びだと思えるくらいに。
かけっこや的当てを恐いと感じないように、兵士たちと試合ばかりしてきた彼に、貴族の子たちと腕比べで負けなしだという彼に、僕は恐怖を感じなかったのだと思う。
ああ、そうだ。……だから、それを教えよう。
「ウル!」
二回しか使えないそれの、二回目を使う。驚きに目を見開くエルノに、限界を超えた速度の木剣を振り下ろす。




