観衆
「……って、言ってやったんだよ」
ハッハッハ、と笑うウェインの脛に、僕は思いっきり蹴りを入れた。
昼になって馬車が止まる。その前にはすでに目が覚めていた。
どれだけ準備が足りなくても、不安があっても、ダメな気がしても、時間は流れ刻限はやってくる。
「よし」
とりあえずそう口に出して起き上がる。
必殺技はギリギリだったけれど二つだけ、身体を痛めず使えるようになった。作戦も一応たてている。
夢にまで見るほど対策を考えた。あとは戦うだけだ。
革鎧と脛当てをつけて、鉢金をしっかりと縛る。木剣を手にして、町の外なのでなにかあったときのために槍も持った。試合中は誰かに預ければいい。
グミさんの兵器や道具でほぼ埋まっている馬車の荷台は、狭いし揺れるし寝心地は悪い。けれどもう慣れた。おかげでじっくり眠れたし、昨日倒れるまで訓練したにもかかわらず体調はいい。冒険者はどこでも眠れるのも素質の内と聞くけれど、それだけはもう一人前かもしれない。
転がらないよう、平らな面を横に寝かせて積み込まれたグミさんの兵器を見る。ダルダンはずいぶん腕のいい職人のようで、この荷台に積んである分はもう完成していた。魔術陣を描いた羊皮紙も何重にも貼りつけてあるし、中には魔石も入っているはずだ。あとは起動させれば自動で転がっていって爆発するはず。
僕はそんなのの横で寝てたのか。
我ながら図太いことだ。思わずクスリと笑ってしまう。
今までのような試作品ではないのだ。砦の正門がどれだけの大きさかは知らないけれど、いつも通る町の門くらいだろうか? だとしたらそれを壊せるこの兵器が横で爆発したら、僕なんて即死に違いない。
「よし、行こう」
笑ったら肩の力が抜けた気がした。
しょせん試合は試合だ。死にはしない。だとしたら、こんな危険物の横で寝る方がよほど危ない。
後部の両開きの扉を片方だけ開いて、荷馬車から外に出る。今日も晴天。ありがたいことにこの遠征は、天候には恵まれているようだ。
わっ、と歓声が上がった。また冒険者が喧嘩でもしているのだろう。疑問にも思わず馬車を降りて、扉を閉める。
そして顔を上げると、僕に注目する冒険者たちの一団の一人と目が合った。Cランクパーティのリーダーで、大柄な戦士の人だ。彼は僕に力こぶを作って見せて、ニッと笑った。
なんだろう、と思ったけれど、まあそういう挨拶だろう。返すように僕も力こぶを作る。
わぁっ、と声が沸いた。
振り向いた僕は思わず驚いて目を見開く。
大勢が集まっていた。冒険者のほぼ全員。兵士たちがたくさん。なぜか領主様までいる。
そしてその全員が、僕を注視していた。
「なんなのよこれ……」
隣の馬車から降りてきたリルエッタが髪を手櫛で整えながら僕の隣にやってきた。
「なにか大事になってますかー?」
「おやおや、なんだか面白いことになってるじゃないか。まったく、君たちと一緒だと退屈しないね!」
ユーネとグミさんも馬車から降りてくる。この三人にとってもこの状況はまったく知らないようだ。
じゃあ誰だろう。こういうことで一番怪しいのは……。
「んあ? なんだこれ……?」
御者台で爆睡していたスピフィが薄目を開けて、寝ぼけた声を出す。
手伝いをしてくれるようになってから、荷台が狭いからとスピフィとダルダンは御者の横に陣取って休んでいるのだけれど、あそこで眠るのはもはや芸だと思う。やはり僕は冒険者としてまだまだだな。
というか、スピフィでもなさそうだ。
では、いったい誰が……。
「ようガキんちょ! よく眠れたかよ」
かけられた声の方を振り向けば、晴天の太陽に負けないくらい爽やかな笑顔の男がいた。
……ああ、ウェインがすっごい上機嫌だ。昨日あんなことがあったのに。まだ怪我した腕の布もとれていないのに。
「やあチビ、調子は良さそうだね。うん、これなら大丈夫。がんばんなよ!」
「あっさり負けないように」
一緒に近寄ってきたチッカが激励してくれて、シェイアも言葉少ないけれど応援してくれる。
うん、二人とも完全に他人事。面白がってるだけなのがヒシヒシと伝わってくる。
「フフン、知っているだろうけれどエルノは強敵だよ。彼もまた英雄の素質ある少年だ。だががんばりたまえ、強敵こそ倒しがいがあるというものサ!」
なんでこの人までいるんだろう。
太陽の輝き宿すペリドットは、スピフィとほぼ同じことを口にして髪をかき上げる。全然タイプは違うけれど、もしかして冒険者の筆頭になる人って思考は同じなのだろうか。
「バッハッハ! まあ、全力でやってくるといい!」
最後にダルダンがそう言ってくれた。このドワーフはどうやら一足先に起きていたらしい。
なんだか珍しい組み合わせだな。この五人が揃って全員が機嫌がいいとか、今まで見たことない気がする。そしてテテニーはともかくコルクブリズはどこだ。
やだな。凄くやだ。嫌な予感が止まらない。絶対ダメなヤツだこれ。
「一応聞いておくけれど、これってどんな状況?」
「ああ。お前らの試合で賭けやってるんだ」
余計な事するな。
「いやなに、あの領主が息子は絶対に勝つに決まってるとか言うもんでよ。なに言ってるんだこっちのガキんちょの方が強いに決まってるだろ、勝つのはこっちだっつーの。もしそっちの生っ白い坊ちゃんが勝ったら、冒険者一同媚びへつらってゴブリンの砦に突撃してやんよ。そのかわり負けたら全軍の指揮権寄越せよへっぽこ貴族、って言ってやったんだよ」
ハッハッハ、と笑うウェイン。
あまりのことに僕はぽかんと口を開けてしまって、それからコトの大きさの意味が少しずつ分かってきて、ふつふつと怒りが湧いてきた。
人の試合に冒険者や兵士たちの命運とか、そういうのを軽々しく賭けるな。
「フフン、面白い催しじゃないか。バグラポンポン君にしては趣味がいい。賭けの結果は絶対だ。たしかにその条件なら文句なしだとも」
「ハハハこの野郎また名前間違えやがって。スピフィの次はテメェだぶっ殺してやるからな」
楽しそうに殺伐する二人。賭に負けたくらいで素直になる冒険者ってそうはいないと思うけれど……そういえば昨夜、ペリドットが前線に行きたがってたってウェインが話していたっけ。
そうか。だとしたら彼からしてみれば、僕が負ける方が都合がいいのかもしれない。
「ま、そんなワケだから、いっちょかまして来い。大丈夫だお前ならできる! あんなお貴族様なんか楽勝だろ!」
「ちぇりゃぁ!」
思いっきり脛を蹴っ飛ばしてウェインを悶絶させる。踵で踏み抜くように当てれば。けっこう脛当ての上からでも効くことは知っていた。
はあー、と深く深くため息を吐く。とりあえず状況は分かった。本気で余計な事に、僕と彼の戦いは真剣勝負からみんなの娯楽に格下げされてしまった。最低だ。この人数の前で、僕は習い始めて数日の剣術を披露しなければならないらしい。
僕は五人に背を向ける。もういい。良くはないけれどいい。少なくとも、肩の力だけは完全に抜けたからいいことにしよう。
「キリ。槍を預かるわ」
「ありがとう」
リルエッタがそう言ってくれて、僕は持っていた槍を手渡す。
「き、緊張しちゃったときはー……観客の顔を野菜だと思うといいですよー」
自分が戦うわけでもないのに、なぜか震える声でユーネが見当違いな助言をくれる。
大丈夫、緊張とかはまったくない。
「まさかこれだけの観衆、さらには領主の前での試合とはね。この非才の身は剣のことなどサッパリだが、普通の戦士が聞いたら羨ましがるのではないかな? けっこう得がたい機会だと思うよ」
グミさんの言うことはもっともだ。なるほどたしかにこの状況、戦士としてはむしろ己の力を示す絶好の機会に違いない。
問題は僕に領主様に見せるほどの力はないことだけれど、そこはもう目をつぶろう。
「ニャハハ! ま、どうせやることは同じじゃん。勝ってこいよ、チビちゃん」
「うん、行ってくる」
木剣を握り直す。領主様の隣にいるエルノと視線を交わす。
少し意外なことに、彼の表情は固かった。……それはそうか。賭けに、この観衆に、実の父親である領主様。向こうの方が負けられない条件が揃っている。
「……教えてください。―――教えてあげる」
口の中だけで呟き、前へ進み出た。




