再戦の申し込み
ウル、レグ、ウル、ダッカ。
肩、脚、肩、手首。
肩が起点で支点。振り上げると同時に地面を蹴り、振り下ろすときは腕に余計な力を入れない。最後は手首でしっかり止める。
あのスピフィの技に必須なのは、動作を分解して理解すること。一つ一つの動きにどんな意味があり、どう力を入れれば最大効率が得られるかという問いかけ。剣を振るという単純な行為をひたすら突き詰めた解答。
つまり彼女は、剣士だった。
ただひたすらに剣を究める者という意味で、彼女はあまりにも純粋だった。
「おお、すごい! 昨日よりずいぶん良くなってる!」
僕の見せた素振りに、エルノが目を丸くして拍手する。……驚くのと褒めるの同時にやれるの、ホントに性格いいんだなって思っちゃうな。
「スピフィに教えてもらったんだ。ちょっと……だいぶ酷い目にあったけれど」
平原の村を出てから、道がなくなった……というか、道らしい道が途絶えた。ここから先は通る人がほとんどいないから、地面が踏み固められていないのだ。おかげで少し行軍の速度が落ちて、馬車がさらにガタガタ揺れるようになった。
寝心地の悪い馬車の荷台がさらに悪くなって、身体のいろんなところが痛くって、昼の明るさが眩しくって目を細める。
そうか。僕は今日、ちゃんと動けているんだ……ユーネの治癒魔術に感謝しないと。
「特に意識して動かす箇所と、脱力する箇所を教えてもらったかな。槍と一緒だね。剣も余計なところに力が入ってると上手に振れない」
もちろん今は魔力を使ってはいない。とりあえず発動は安定してできているけれど、まだ身体を痛めずに振れたことはないし、なによりできる限り本番まで隠しておきたい。
ただ……魔力を通さなくても、スピフィの技はなんというか……分かりやすいのだ。
あの呪言は意味が分かれば動かす箇所の名称でしかなく、普通に素振りするだけでもそこを意識して動かせば、ただ漠然と剣を振るより手応えがあった。
彼女が昨日見せてくれた剣舞を思い返せば、それがそのまま剣術の手本になるのだ。
「スピフィかぁ……やっぱり強い?」
「え、知らないの?」
「彼女、すぐ抱きついてくるし頭撫でようとしてくるから苦手」
そういえばエルノ、スピフィと会った時悲鳴上げてたな。きっと近寄らないようにしているのだろう。僕も掴まれて動けなくされるのは嫌だったし、気持ちは分かる。
ということはあの技は知らないか、知っていても見たことはないかもしれない。
「でも剣を教えてもらえるのは羨ましいかも。おれもペリドットさんに教えてもらえたらなー」
「あの人は槍じゃない?」
「おれは槍も習ってるから」
やっぱりエルノは槍も使えるのか。もしかしたら……いや、きっと僕より強いんだろうな。
「でも剣の方が得意なんだよね。貴族はまず剣だって父上に言われてさ」
「そうなの?」
「そうそう。剣なら鞘に収めてさえいれば、だいたいの場所に持ち込めるでしょ? いざって時に頼りになるのは剣だって。父上、自分は全然戦えないのにね」
ああ、なるほど。たしかに洞窟とかの狭い場所だと、槍より剣の方が使いやすい時があるって聞いたことがある。
「それに大会とか決闘とかだと剣がやっぱり主流だしね。槍は馬上槍の方が人気かな」
馬上槍とは、言葉通り馬の上で槍を振るのだろうか。それは普通の槍技とは違いそうだ。
どうやら貴族にとっては、剣の方が明確に使う機会が多いらしい。
「ペリドットさんは馬も乗れるよ。メルセティノって名前の芦毛」
「あ、聞いたことある! ペリドットさんなら馬上槍の試合も連勝しそう!」
エルノは本当にペリドットが好きなんだな。前に一回試合したことあるってことは秘密にしておいた方がいいだろうか。
「―――ところで、あのウェインって人は強い?」
「ウェイン? 強いよ」
聞かれて、反射的にそう答えた。
この行軍中はやってないけれど、いつも戦闘訓練をしてくれているのはウェインだ。強いのは分かっている。
「前、すっごい大きな洞窟ワニを倒してきたことがあったかな。丸焼きにしてみんなで食べたけど、美味しかった」
あのお肉の味は今でも覚えている。
……あれ? あれはシェイアとチッカも一緒に行ってたんだっけ。でもソロでも狩ったはずだし、まあ嘘ではないから大丈夫だろう。
「すごい大きなワニ? もしかして下水道の? ウェインって人、あの下水道の冒険者なんだ?」
「その呼び方は嫌がるからやめてあげてね」
二つ名はもっとカッコいいのがいいって嘆いていたからなぁ。
下水道なんて汚い呼び名、シェイアもチッカも可哀想だし。
「え、そのワニを丸焼きって……」
「下水道が自然洞窟に繋がってて、そっちの方にいたヤツだから」
慌てて説明する。そういう反応するのは分かるけれど、誤解はしないでほしい。
「はー……やっぱりすごいな、冒険者は自由で。でも、実績あるんだね、あのウェインって人」
「最近は難しい魔物討伐もけっこうやってるみたいだよ」
魔物図鑑を作りたいっていう受付のイルゼにのせられて、いろんな依頼を請けていたはずだ。
そういえばかなりの種類を討伐してたハズだし、ウェイン以外の冒険者からも資料を集めていたなら、けっこう溜まってきているんじゃないだろうか。
「そっか。実は父上が、あの人を兵士として雇いたいらしくってさ」
―――ザワ、と胸の奥が波打った。
「ほら、ヒリエンカってその下水道の新エリアが見つかってから、かなり活気づいてきてるでしょ? それで元々人手不足だったわけでさ。今回の討伐に冒険者を連れてきたのって、兵士に向いてそうな人がいたら勧誘したいって考えもあったらしいんだ」
ああ……だからギルドクエストで、Cランク以上の実力者ばかりを集めて。
冒険者には向かない団体行動をさせて。
この行軍の間も、兵士としての適性を見ていた。
「ヒリエンカは誰も戦争を知らないから、元傭兵がいてくれると心強いって。兵士たちは大反対していたけれど、父上は声をかけるつもりみたい。兵隊長にするつもりかも」
ペリドットやスピフィは実力は高いけれど、あの性格だ。きっと冒険者の方が向いているし、もともと東西の筆頭冒険者として領主様とは顔見知りだった。誘うつもりならとっくに誘っているだろう。
ウェインは? Cランクになったのも僕が冒険者になってからで、領主様との面識はないはず。元傭兵なら団体行動にも慣れているのでは。
そう考えれば、兵士にもなれるのではないか。
「……でも、バカだよウェイン」
「え、そう? あんまり頭悪そうには見えなかったけど」
そっか、ウェインは戦いについては鋭いところあるから、今回みたいな依頼だとあまりボロがでないのか……。
なんだろう。嫌な感じだ。すごく、嫌だ。
僕が冒険者の店に入って、受付をやってたバルクの次に会ったのがウェインだった。冒険者では初めての知り合いになるのだろう。
薬草採取の依頼を教えてくれたのも、槍を選んでくれたのも、ムジナ爺さんの仇討ちを一緒に行ってくれたのもウェインだ。リルエッタとユーネと喧嘩したとき、仲を取り持ってくれたこともあった。
―――なんでも持っているのに、まだ持っていくつもりか。
「明日には、砦に着くよね?」
少し、焦った。
「え? うん。その予定」
ウェインが兵士に誘われるとしたらいつだろうか。
今日か、明日か。それともゴブリン討伐が終わった後の道中か。どれもあり得そうな気がした。
「順調にいけば夕方前には着くけれど、夜目が利くゴブリンに夜襲は不利だし、砦攻めは明後日になるかな。先に行ってる騎士たちの報告も聞きたいし」
砦に着いてしまえば忙しくなるだろう。遊んでいる暇はない。
そして砦攻めで大きな被害が出れば、さすがにそんな雰囲気ではなくなってしまう。
なら、そうか。刻限はもともと決まっていた。
「じゃあエルノ。明日の昼、もう一度試合しよう」




