焚き火と羊肉と曇天と
「ぼくはね、自分が前線へ行くために君を代表に推薦したのだよ」
羊肉の串焼きをゆっくりと噛んで飲み下し、ペリドットはフフンと笑う。
お前それ、塩加減バカにしたワケじゃねぇよな?
「なのに君は冒険者を前線に向かわせまいとしている。それはぼくの予想にはない行動だ」
「前線に出たいのなら不満だろうな」
「不満だね。君は練度の足りない兵士たちに突撃させて見殺しにするつもりかい?」
ふむ、どうしたもんか。
一本あげちまったし、新しい串焼きをつくるべきだろうか。それなりに喰ったしまだ焼き途中の肉はあるが、腹具合としてはもう少し入りそうだ。
ただ、羊肉は食い過ぎると翌朝胸焼けになるって聞くしな。なったことねぇけど。
「ナメ過ぎだ。兵士は戦うためにここにいる」
俺は新しい串焼きを用意しながら答える。
ヒリエンカの兵は陸戦より海戦の方が得意だという話だが、練度が足りないは言い過ぎだろう。まして相手はゴブリンだ。
今のを兵士たちが聞けば、侮辱ととるに違いない。
個の戦闘能力で言うなら、今回選出された冒険者は兵士たちより上ではある。Cランク冒険者なんて実力がなければなれない。この場にいる冒険者の全員が魔物どもの屍の山を築いて今の立場にいるだろう。
数が多いとはいえ、ゴブリンごときに恐れをなすはずもなし。むしろ活躍して、自分たちより弱い兵士たちを守ってやろう、とでも思っているかもしれない。
「侮っているのサ。尊重してあげる理由があるのかい?」
―――なるほど。
パレードで冒険者たちを蔑ろにした領主たちを見返してやるために、幼児のようにお守りしてやろう、と。コイツの気まぐれはそっちの方に振れたのか。
ならゴブリンロードの首を獲る気だな。
「傭兵にとって戦は仕事だ。楽して手を抜くことを考えろ」
焚き火を眺めながら言ってやる。元から焼いていた方の串焼きは、もう少し待った方がいいだろうか。
「ぼくは冒険者だよ。傭兵じゃない」
「俺が元傭兵だから推薦したんだろ。なら傭兵の感覚で代表をやれってことだ」
互いに焚き火を眺めていた。顔は見なかった。
「フフン、そう解釈したならそれでもいいけれどね。傭兵とは勇ましいモノかと思っていたが、ずいぶん腰抜けらしい。ああ、そういえば傭兵崩れの野盗を狩ったことがあったね。仕事がないときは一般人を襲って生きていたのかい?」
「いや? 仕事なんかいくらでもあるだろ。戦の臭いがないこの辺にわざわざ来るヤツらなんか、元から傭兵まがいだ」
傭兵なんかクズ野郎ばかりだが、野盗になるヤツらってのは単純に弱いか、信用できないならず者が多かった。名の通った傭兵やデカイ傭兵団なら、仕事は次から次へとやってくるからだ。
「それは自分のことを言っているのかい?」
「ああ、そうとってもらってけっこうだ」
少なくとも俺に野盗の経験はないが、戦の匂いがない場所を選んでわざわざやってきたのだから、俺も傭兵まがいではあるのだろう。
べつにいいさ。今の俺は冒険者だ。傭兵稼業に未練はない。今回の役に選ばれるまで忘れてたほどだ。
「いいんだよ。金もらって頭数揃えて、適当にサボって終われば万々歳だ。仕事中に顔見知りの傭兵と当たったら、何日か野営して睨み合いで膠着してましたって言い訳したりな。互いに足止めしてるんだから、それでも仕事としちゃ上々だ」
「ロクでもないねぇ」
「そんなもんだ」
そろそろ焼けてきた串焼きを手に取ってかぶりつく。やはりこのくらいの焼き加減がいい。
焦げるほど焼いた肉も嫌いじゃないが、生焼けは新鮮な肉でしか楽しめない。
「仕事ってもんは美味いもん喰って、酔い潰れるまで酒飲んで、馬鹿話で騒ぐためにするんだろ? 死ぬためにやるヤツはいねぇよ」
「家族を養うために稼ぐ者もいるだろう?」
そういうヤツもいるな。
「傭兵のスタンスは分かったけれどね。しかし、ちゃんと戦う時もあっただろう? 今回の相手はゴブリンだ。魔物相手に戦わないなんて選択肢はないよ」
「バカか。今回の相手はゴブリンじゃねぇよ。あの領主と兵士どもだ」
はあー、と大きくため息を吐く。
正直面倒すぎて嫌だが、そろそろ説明しないといけないらしい。傭兵時代でもこんな面倒なことはやらなかった。俺はその辺で羊肉を食い過ぎて寝転がってるヤツらと同じ立場だった。
なんで俺はこんなところやらなきゃいけないんだ。コイツのせいだわ。
「ゴブリンに勝つのは当たり前だ。それなりに被害は出ても、負けはしねぇよ。問題はどうやって、の方だろ。……この行軍、この烏合の集を構成しているのは冒険者と領主の兵じゃねぇ。―――冒険者と、領主と、兵だ」
軍は生き物だから、どういうヤツらがいるのか正確に把握しろ……だったか。俺は受け売りの言葉を思い出しながら、頭を抱えたくなる。
なんとなくこんなこともあったよな、とか。そういえばこういう感じだった気がするとか、頭目ってそんな程度で知識でやっていいもんだったかな。
「つまり、どうしようもないバカの俺らと、なーんも戦いのことが分からないド素人の偉いヤツと、お手伝いさんなんかに負けるかーって張り切ってるプライドの塊だな」
「…………」
ペリドットが黙る。このクソみたいな危うさがちゃんと理解できただろうか。
ちなみに俺はあまり理解してない。たぶんヤベーだろうなとは思ってる。
「あの領主のこと知ってるんだろテメェ。こんな遠征に錆で癒着して抜けないような剣持って来やがるようなゴミだ。あとガキんちょがあの美人の錬金術師に攻城戦は十倍の戦力が要るって吹かれたらしいが、それも元をただせばあの領主の勘違いだった。速攻確認したらなるほどそういうものなのか、とかぬかしやがったんだぜ?」
「……んー、町の発展には貢献してる人なんだけどねぇ」
「たった今この状況で足手まといだろアレは」
たしか前領主が荒事はだいたい片付けちまったから、これが領主になって初みたいな参戦だったか。
本人の戦闘能力はゴミ。指揮経験はゴミ。つまり戦場だと完全にゴミ。
なんでアイツここにいるの?
「例えばだ。お前がゴブリンの群に突撃してめっちゃ活躍したとする」
「フフン、悪くない想定だね」
「それを見た兵士たちが、冒険者にいい顔させるなって奮起する」
「いいことじゃないか」
「で、隊列がグチャグチャになって、突出したヤツらがゴブリンに返り討ちに遭う」
「最悪だねぇ」
最悪なんだわ。そしてよく見る光景だ。バカが前に出て、そのバカにつられてバカが行っちまって、いつの間にか囲まれてフクロにされる。
あれ、最初に前に出るバカはいつも同じなんだよな。なまじ実力があるから生き残りやがるんだよ。
「あの領主は被害を抑えるために冒険者を雇ったワケだが、そういうクソみたいな事態になったときなんとかできる指揮官かアレ?」
「なるほどよく分かった。君はたしかに傭兵だ」
元、だ。今は違う。
傭兵は俺には合わなかった。冒険者で気ままにやるのは性に合ってる。特に余計なしがらみがないのがいい。
「―――だけれど、それは冒険者が考えることではないよ」
そうだな。冒険者はなんも考えてないもんな。
「そして君のやり方は面白くない!」
やっぱなんも考えてねぇじゃねぇか。
「君の主張は結局、楽してサボりたいだけだろう? ぼくはそんなものを認めない。全力で楽しむためには、やはり全力で活躍しなければ!」
「テメェが代表に推したんだからスジ通して言うこと聞けよ」
スン、と静かになるペリドット。ホントにコイツ、スジは通すんだよな。
「……い、いいや! 自分で推薦したからこそ、間違っていると感じたら指摘するのサ!」
「復活早いな。べつに間違ってないだろ」
ぶっちゃけた話、俺はこの状況をどうすればいいのか分からない。分からないが、元傭兵としての俺が選ぶならこうだろう。
冒険者という不測の事態を排除し、無能な領主の指揮で混乱させず、兵士たちに活躍させる。
それを間違いだと言うのなら、正解があるということだ。
あるいは、コイツらしくもないことだが―――
「で、本音は?」
―――ただの建前か、だ。
焚き火がパチッと細かくはぜる。それが耳に入るくらいには静かだった。気づけば宴会は終わって、だいたいが後片付けもせずその場で眠っていた。
冒険者はどこでも眠れるものだ。そろそろ俺も眠くなってきた。
「……君は、頭が悪いだろう?」
「殺すぞ?」
「君の無能を期待して、ぼくは君を代表に推薦したんだ」
「やっぱ殺すわ」
ペリドットは星のない、月が薄く透けて見えるだけの曇天の夜空を仰ぎ、フゥ、と息を吐いた。
そうして、諦めたようにこちらを見る。
「君はバカだしぼくを嫌っているだろうから、必ず一番強いパーティである海猫の旋風団を最も危険な場所に配置するだろう。……そう予想して、ぼくは自分が最前線に行くために、代表の座を君に渡したんだ」
「物好きか?」
少しだけ、風が吹いた。炎が揺れた。
「一ヶ月前、君もその場にいたと聞くが……この先の砦に陣取っているのは、兎獣人の集落、つまりテテニーの故郷を襲撃したゴブリンの群なのだろう? 仲間が怒りに心を燃やしているのなら、ぼくは一冒険者として、その隣で槍を振るいたい」




