魔剣士の技2
「魔力切れね」
うつ伏せでバタンと倒れたまま動かないスピフィの様子を見て、リルエッタが断定する。
彼女は立ち上がりもせず作業を続けていた。近くで確かめる必要性を感じないほど、それは当然の結果なのだ。
「効果範囲と効果時間からして、一回一回の魔力消費は少ないだろうけれどね。あの勢いで使用すればすぐに底をつくはずだ。いやぁ素晴らしい。あんなものを使いこなせる剣士がいるとはね。やはり外の世界はいい。学院などに籠もっていてはこの感動は味わえなかっただろう」
グミさんはしきりに感心しながら、コップに水筒の飲み物を注ぐ。どうやらリルエッタと同意見のようだけど……それお酒じゃないよね。
「だ、大丈夫ですかー。お顔から地面に倒れた気がしますけれどー」
駆け寄ったユーネが様子を診て、慌てて治癒魔術をかける。どうやら顔面強打したようだ。
完全に気を失っているらしく、スピフィの反応は一切なかった。
「バッハッハ! さすが魔剣士スピフィよ。自分が死んでも相手を殺す、噂通りの前のめりな剣じゃの!」
それでBランクまでいったのかこの人。なんて冒険者だ。
はぁー、と息を吐く。いつの間にか呼吸を止めていたらしく、そのまま一度深呼吸した。
「これが、魔剣士の技……」
倒れた冒険者の姿を眺める。黄色と紫に染められた髪も、黒く染められた鎧も、怪しい雰囲気を宿す魔剣も、彼女の本質に比べれば大人しいものだ。
魔剣士とは、魔術を使う剣士という意味ではなかった。あれはきっと魔術ではない。だって術式がない。術ではないのなら魔術とは呼べない。
木剣を握る手に力が入っていた。
単純な身体強化の魔術なら、呪文詠唱がいる。だからとっさの事態だと使えない。そして強化箇所を選んで瞬間的に発動するなら、要所で強化の強弱もつけられるだろう。
応用力も爆発力も高い、まさしく冒険者である彼女が実戦で使って、磨いてきた技だ。
―――数えきれぬほど繰り返し魂にまで染み付いた構えをとれば、魔力は淀みなく自然に流れ、体内で循環されます。そして研ぎ澄まされ不純物を除いた意思は、そのオドに方向性を与える。……神官戦士としては、神技の加護。魔術士ふうに言うならば、体技の型が魔術陣として機能する。
―――研鑽の果てに体躯は技を繰り出す機能と化し、精神は神と標的を繋ぐ導管と成る。
似てる、気がした。
あの大樹へ放たれた拳と同じ、身体と心で魔力を使うイメージ。……そこに呪言を加えたもの? いや、順番が違う。まず技があって魔力を通すのが神官さんで、魔力を使って技を補助するのがスピフィだ。
けれど完全に別物とも思えない。その二つはすごく近しいもののような気がした。
―――慣れりゃ、呪文なしでも発動できるようになる。
根っこが違っても、到達するところは一緒なのではないか。
スゥ、と息を吸った。夜に向かって木剣を構えた。中段ではなく上段。振り下ろすだけの形。
つまり、魔力だ。
自分の体内にある魔力を、次に動かす身体の部分に集中。どう動かしたいかを明確にイメージし、呪言にて発動させる。
スピフィは、僕にもできると言っていた。
「ちょ、待ちなさ―――」
「ウル!」
踏み込みと同時に呪言を放つ。肩。剣を振り下ろす動きの起点。
熱が弾ける。
力が暴れる。
千切れるような痛みが。
「ギャッ!」
酷い痛みに悲鳴をあげる。思わず倒れ込んだ。
想定しないほどの速度で残像を描いた木剣は、止めることすらできずに自身の膝を強打した。
「ニャハハ! そうそう、できたじゃん!」
タフだなこの人。気を失ったのは本当に少しの間だけか。それとも僕が間抜けをするのを待ってたのだろうか。それくらい性格悪くても驚かないけれど。
スピフィはうつ伏せに倒れたまま、血の気の引いた青ざめた顔だけこちらに向けて笑っていた。本気で倒れてるなら大人しく寝てればいいのに!
「バカ! こんなの制御できるわけないじゃない! 何のために術式ってものがあると思ってるのよ!」
もっとも過ぎる。打った膝も痛いけれど、膝を抱えようとして伸ばした腕が引きつって声にならない悲鳴をあげてしまった。肩が外れたのかと思うくらい痛い。何だこれ。内側からスジが捻れたような―――。
「ふむ、身体強化系の魔術には身体への負担を考慮した式があったはずだが、当然ながらそれもあるわけないよねぇ。センスと経験で消費する魔力を調整する必要がある。いやあ、よくあの速度で扱うものだ」
「おう褒めろ褒めろ! すっげーだろ、東の冒険者筆頭が使う必殺技だ! これで殺せなきゃ死ぬって意味の必殺だ! すぐに使いこなせると思うな!」
クソ技ぁ!
文句を言いたくても肩と膝の痛みで声が出ない。痛すぎて気持ち悪くなってきた。全身に嫌な汗が流れる。涙出てきた。前にウェインが剣は自分の脚を切るって言ってたけれど、これがそうか。こんなに情けないのか。
「キ……キリ君、大丈夫ですよー。すぐに治しますからー」
ユーネが治癒魔術を使ってくれる。彼女は今日二回目の治癒術だ。なんで素振りしてるだけなのに怪我人が続出するんだここは。
「まあ使ってみて分かったと思うけど、ソイツは動きを補助する術じゃない。限界を超えて魔力で身体をぶん回す技だ。下手に使うと身体がぶっ壊れるぜ!」
「バッハッハ! んなもん子供に教えるとは、さすが頭がどうかしとるのう」
エルノに勝つよりスピフィに一撃入れたくなってきた。無理かな。無理だろうな。
―――この技を使いこなす人相手には、無理だな。
「けれど、使いこなせば最強になれる」
本当に悪魔のような人だ。
ごく短時間の身体強化。使用難易度が高く、失敗すれば身体が壊れ、使いすぎれば魔力切れで倒れる。
でも、たいていの敵は……殺せば死ぬのだ。
必殺。
「……使えれば、勝てる」
ユーネの治癒魔術が効いてきて、痛みが引いてきた。そうすると、あの感覚が蘇ってくる。
肩に感じた経験したことのない力。脳裏に焼き付くような、自分で振ったとは思えない速度の木剣。
手のひらで乱暴に涙を拭いた。肩も膝もまだ痛みはあったけれど、顔をしかめながらちゃんと動くことを確かめる。
そんな僕を見て、グミさんは眼鏡の位置を直しつつ声をかけた。
「やる気かね、キリ君。まあ君も男の子だし、勝負に勝ちたいと思うのも、必殺技に憧れるのも分かるのだけれどね。……けれど、君はまだまともに魔術を使えないんだろう?」
「あ……うん、初めて使った」
そうだ。初魔術だ。僕は今日初めて魔術を使えたんだ。
考えていたのとは違ったけれど、なんだか今さらに感動してきた。そうか、僕は魔術を使ったんだ。
「つまり君は周囲に漂うマナを使わず体内の魔力……オドだけで魔術を発動したわけだ。魔術においては一般人並みの素質の君がね。自分の魔力残量は測れるかい?」
「……え?」
そういえば。
ユーネの治癒魔術のおかげで痛みはなくなったけれど、嫌な汗が引かない。気持ち悪さが治らない。首から上が妙に冷たくて、力が入らない。
なんで、魔力が切れてる?
「魔力とは生命力でもあるから、魔術士が自分の意思で自由に使える魔力量というのは少量なんだよ。だから一のオドで十の効果を出すために、マナを操るんだ。スピフィ君はさっきもマナを使っていたのだろうが……魔術士としてまだ修行中の君はオドだけで使うしかない。まあ初めての魔術行使となれば加減も分からなかっただろうし、慣れて効率が上がれば一回で魔力切れにはならないとしても……」
フ、とグミさんは笑う。
「一度の戦闘で使えるのは、一回か二回ってところかな?」




