魔剣士の技
「やあ、いい夜だね。今日は領主に呼ばれてないのかい?」
「帰れ」
羊のどこかよく分からない肉を焼きながら、俺はペリドットにそう言ってやった。
今は夜だ。太陽の輝き野郎は山の向こうにでも隠れていればいい。
「遠征中にどこに帰ると言うんだい。というか、こんなに大勢いるのにぼくだけ仲間はずれはさすがに傷つく」
まあ、たしかに気に入らない相手とは言え、今のは無下だったかもしれない。この場は大人数だ。
集まっているのは俺、シェイア、チッカの三人に、今見張り中じゃないCランクの冒険者パーティ三つ。そして魔剣士スピフィのパーティメンバーである五名。つまり冒険者側のほぼ全員。
領主が村の羊肉を買ったらしく大量に肉が持ち込まれ、おまけに酒も振る舞われたせいで、宴会騒ぎになってしまったのである。
むしろなぜここに海猫の旋風団がいなかったのかが不思議なくらいだ。
「分かったよ。肉食うか?」
「いただこう。あ、お酒は遠慮するよ」
相変わらずの下戸らしい。腐らない酒は貴重な飲み水の代わりになるから、好んで水筒に入れていく冒険者もいるのだが。
焚き火を挟んで向かいに座った男に、炙っていた肉の串焼きを渡してやる。焼き加減はいいはずだが、受け取ったペリドットは気に入らなかったのか火にかざした。
「ウェルダンが好きでね。肉の焼き加減は好みがあるだろう?」
「新鮮な羊肉は生焼けが美味いぞ」
「好みが合わないねぇ」
馬車の車輪にもたれて座るシェイアが酒を飲みながら、こちらへ視線を送る。その隣で両手両足を広げて寝てるチッカは、はたして本当に眠っているのかどうか。
少し離れた場所ではスピフィの仲間たちとCランクパーティの何人かが大食い勝負をしているが、そろそろ決着だろうか。食い過ぎで何人か倒れているヤツらは明日……というか、見張り交代までには快復するだろうか。
まあ今日はいいだろう。むしろ元気いっぱいで村の方に行かれる方が厄介だ。迷惑かけるから村にはあまり入るなという領主からの通達は、憤る者も多かったが……妥当な処置だろう。こんなにガラの悪いヤツらが大勢で侵入してきたら、村人たちは戸口に閂をかけるに違いない。
「テメェんとこのヤツらはどうした?」
「ダルダンはキリネ君たちのところの手伝いに行ったよ。テテニーは人の多いところが苦手だから、少し離れた場所にいる。……コルクブリズは、村の酒場かな?」
おいコラ。
「迷惑かけるから村には入るなって言われてなかったか?」
「彼は神官だからね」
布教の建前で呑みに行きやがった。こっちにも酒はあるってのに。
腐っても神官だ。派手な騒ぎは起こさないだろうが、兵士に見られないことを願うばかりだ。
「で、テメェは今までどこにいたんだ?」
「フフン、テテニーの様子を見に行ってきたのサ。元気そうで安心したよ」
あの兎なら心配するまでもないだろうに。俺は警戒されているのかあまり顔を合わせないが、たまに見るときは元気なもんだ。
串焼きの油が垂れて、パチパチと火が踊る。
十分に焼けたそれをペリドットは引き寄せて、確かめるように間近で眺める。
「ところで、らしくないね。―――ずいぶん、ない頭を絞って空回りしているようじゃないか?」
……やっと本題か。
ハ、と焚き火に笑う。コイツがわざわざ俺のところに来るなら、そりゃあ文句の一つも言ってくるだろうさ。
「なんだ、喧嘩売りに来たのか?」
「さて、まずは確認だ! チビちゃんはどこまで魔術を習得している?」
最初にスピフィが聞いてきたのはそれで、意外なその質問に思わす言葉に詰まった。
魔術。たしかに、僕は勉強中だけれど。
「なんで僕が魔術を使えるって思うの?」
「アタシが手伝いに引き込まれた時にそこの眼鏡が言ってただろ? チビちゃんは魔術士の見習いだって」
エルノに呼ばれた時だっけ。たしかにそんなことがあった気がする。
必殺技を教えてくれるって言われたからすごい剣技かと思ったけれど、魔術に関することだろうか。たしかにスピフィは魔剣士なんだから、その可能性はある。
けれど、それは期待外れだ。
「まだ魔術はなにも使えないけど」
「それは分かってる。着火も使えないんじゃんね? で、どこまで行ってる?」
正直に言っても、スピフィはさらに聞いてくる。……魔術を使えなくてもいいということだろうか? それならそれで期待してしまうけれど。
「今は呪文に魔力をのせる練習をしてる……かな」
人が扱う魔術というのは、基本的に自然界に満ちる魔力……マナを使う。けれど人がマナに直接触ることはできないので、魔術士は呪文に自分の体内にある魔力をのせて周囲のマナに、こんな感じのことがしたいから協力してほしい、って呼びかける。
これが魔術の基本的な流れだ。魔術書にはもっと難しいふうに書いてあったけれど、だいたいこれで合ってるはず。
僕は第一段階の体内の魔力認識、そして第二段階の体内の魔力操作まではなんとかできるようになった。けれどその次、呪文に魔力をのせるのが一回もできていない。
「うんうん、それそれ。そこだって思った。いい? 初心者はそこで詰まるんだ。魔力を体外に出す、という技術だな。魔力は産まれながらに持ってるから認識はできる。そして普段も体内で循環してるから動かすこともそう難しくはない。でも一定以上の量を体外に排出する機会はほぼないからね、感覚として分かりづらいんだ。そこそこ素質はあるのにそこで詰まって結局やめちゃった、なんてのもいるくらいだ」
たしかに体外に魔力を出すという感覚は、普通はなかなか体験しない。
あの血の気が引いて、汗が噴き出て、身体が冷たくて、頭がグルグルとして吐き気をもよおすあの感覚を知ってる人は、魔術を使える人か魔力を吸い取られる罠にかかった人くらいだろう。
僕、体験したことあるんだけどな……。なんでできないんだろ。
「つまり、魔力を体外に出さなければ、チビちゃんはもう魔術を使える素養は持ってる」
スピフィは簡単にそう言って、魔剣の切っ先を僕に向ける。
「チビちゃんが最初に使う魔術は、着火でも探査でもない。身体強化だ」
……………………いや、まって。
「無理よ。ふざけないで」
否定の声が上がった。リルエッタが口を歪めていた。
良かった。僕の記憶違いじゃなかった。
彼女がこう言ってくれるならば、これはムチャクチャなことを言われてるってことだ。
「身体強化は中級魔術なのよ。初心者にできるわけが―――」
「だいじょぶだいじょぶ。効果決定。出力調整。持続時間。その辺りの術式を全部放棄するから」
「―――バカなの?」
辛辣な言葉は、けれど完全に同意見。
呪文の短縮、つまり詠唱省略なんて言うまでもなく高等技術。そんなの僕にできるはずがない。
「ニャハハ! そんな顔しない。詠唱省略じゃなくて、術式放棄って言ってるじゃん」
けれどスピフィは笑い飛ばして、呪文を唱える。短い詠唱、簡単な術式。たてた人差し指の先に青白い明かりが灯り、空中へ浮かぶ。
明かりの魔術。それはフワフワとゆっくり動いて、リルエッタの明かりの近くへ寄っていく。
「アタシの明かりは青白い。チビ嬢ちゃんの明かりは橙色っぽい。同じ詠唱なのに少し違うじゃんね? 魔術……いや魔力ってのは、けっこう曖昧で適当なものなのさ」
説明しながら、スピフィは剣を構えた。
中段。剣術の基本の構えは、けれどウェインやエルノのものとは違って見えた。より脱力していて、少し猫背に見えるほど前傾。しなやかな四肢と挑発的な顔が、まるで獣が跳びかかる直前を思わせた。
「振り上げ」
剣が振り上げられる。
「踏み込み」
一歩前へ。
「振り下ろし」
剣が振り下ろされる。
……なんの変哲もない、ただの素振り。おそらく我流が多く入ったそれは、ゆっくりにもかかわらず流れるようで、思わず目を見張ってしまう。
「アタシはこれを、ウル、レグ、ウル、ダッカと呼んでる」
「ウル、レグ、ウル、ダッカ?」
分からない言葉だ。でも、たぶん呪文に使われている言語だと思う。
「肩、脚、肩、手首」
クク、と笑い声がした。おそらくこの中で、一番そういうのに詳しい人。
アンサルクロストフの錬金術師。
「なるほど、つまり術式の振れ幅の悪用か。いや、現代呪言による原始魔術への回帰かな? フフフ、正統派が見たら卒倒するんじゃないだろうね!」
グミさんが楽しそうだ。もう一気に不安になってきた。
「ニャハハ! 術理は簡単だ。魔力で力や速度なんかを補助したい箇所の名を呼んで、魔力を発動させるだけ。あとは意思と動きに反応して、魔力自体が効果を決めてくれる。―――効果範囲はその箇所のみ。出力は感覚で調整。効果時間はたったの一瞬!」
聞くだけですごく効率が悪いのが分かる。そんなものをあの人魚の魔女が見たら、激怒するか笑い転げるかのどちらかではないのか。ムチャクチャなことをやらされるのではと疑いはしたけれど、まさかそのムチャクチャを普段から普通にやってるのかこの人。
スピフィはもう一度剣を構える。
「ウル、レグ、ウル、ダッカ」
剣の軌道が見えなかった。
光源は二つもあって十分なのに、その動きが速すぎて目で追うことすらできなかった。
今まで見たどんな剣撃よりも速いそれは、もはや見とれることすら不可能で。
「膝、腰、肘。―――アルマ、ノギ、リビ」
そのままゆっくりと重心を後ろに引きながら、剣を引く。……待て。
それは攻撃の動きじゃない。
「足首、膝、腰、背骨、肩、肘、脚。―――ガト、アルマ、ノギ、ロルゴ、ウル、リビ、レグ」
軸足を捻ってグルリと回転し、そのまま横薙ぎに剣を振る。
「ダッカ、リビ、ダッカ、レグ、バウス、ビレ、ノギ、リビ、ウル―――」
肘から先だけで二回剣を振った。踏み込んで突き。そこからバックステップしながら背中を反らし、上体を振り回すようにして横薙ぎ。
連撃がゆっくりと振るわれる。さらに続いていく。呪言をなぞるように女性のしなやかな身体が動く。
もはや単語の説明はなく、言葉と共に動く箇所を必死で目で追っていく。
星のない夜闇の中、二つの明かりに映えるその剣士は、踊るようで。
「―――慣れりゃ、呪文なしでも発動できるようになる」
もう一度最初から、ヒリエンカの東側最強の冒険者は連撃を繰り出す。
神速で舞う。剣の軌道を教えてくれる光の反射が幾重にも重なるようで、その綺麗さに魅せられた。
「ニャハハ! どうだ、これが魔剣士の技だぜ!」
最後にスピフィはビシッと動きを止めて、快活に笑って。
そして、ぶっ倒れた。
「……は?」




