友達の条件
「いいかチビちゃん! 剣ってのは鉄で頑丈に造られてて、効率よく殺すために刃をつけてあるだけの棒っきれだ! つまりそいつでぶった斬れば敵は死ぬ! 容赦するな! 殺せ!」
落ち着いてくれないかなぁ。
僕は大きくため息を吐いて、肩の力を抜く。今日エルノに教えられた通りに中段で木剣を構え、踏み込みながら振って見せた。
「なかなか様にはなっておるの」
ドワーフのダルダンが金槌を片手に褒めてくれる。
「じゃが剣はただの棒ではないが故な、そう投げやりに振るものではない。戦場においては命を預ける相棒であり、相対する者の命を奪う刃じゃ。であれば、誇りと敬意を持って振るわねばならぬ」
結局どっちなのか。
「貴方たち、教えるならちゃんと教えなさいよ。キリが困ってるじゃない」
「どっちも真実だからいいじゃん。剣ってのはしょせん棒っきれで、そんなもんのために安い誇りを抱え込むのがアタシたちだ」
リルエッタの言葉をスピフィは茶化すようにそう言って、自分の腰に吊した剣を抜く。
鞘に入っているうちから分かってはいたけれど、ウェインのものより少し細い。……そして、魔力の明かりを浴びて青白く光る。
「……魔剣」
「魔術も使う剣士だから魔剣士だってのに、勘違いするヤツが多くてさー。めんどくさいから持つことにしたんだ」
そんな理由で。
魔剣って冒険者からしたら憧れの武器なんだけれど、さすがBランク。東の筆頭だ。
「さて。さっきの一振りで、だいたいチビちゃんの実力は分かった。剣術でエルノに勝つのは無理だ。アイツは生意気なことに才能があるからな、初心者じゃ相手にならない」
「……だろうね。というか、またエルノと戦わせるつもりなの?」
「もちろん。今度は勝たせてやるぜ」
相手にならないと言ったり、勝たせてやると言ったり忙しない。正直遊ばれているだけのような気がするが、彼女のおかげで助かっているのも本当だからタチが悪い。グミさんも肩をすくめて黙認してしまった。
どうしたものか。できれば早めに飽きてもらって、ダルダンの手伝いにでも入りたいんだけれど。
「エルノ・リオノックスはいいヤツだろ、チビちゃん」
魔剣の腹を肩に置くようにして、スピフィは僕へと目を細めた。
まるで心を侵す悪魔のように、唇を吊り上げる。
「剣が上手くて、性格が良くて、頭が良くて、顔も良くて、おまけに貴族ときた。家は金持ちで、兵士たちをたくさん従えてて、可愛い許嫁までいてなぁ。生まれついての勝ち組ってのはああいうのを言うんだろうな」
まあ、誰が見たってエルノは恵まれている。正直住む世界が違う気がする。
少なくともあんな子、ニビトイ村にはいなかったし。
「で、そんなエルノとの初試合で奇襲ぶっかましたくせに、チビちゃんは完敗しちまったわけじゃん」
「そうだね……」
思い返せば恥ずかしい話だ。ああすれば勝てるだろうと思って仕掛けて、予想を上回る力量で真正面から覆された。
剣なんか振ったこともなかったのだから、それを説明すれば……少なくともあんな恥ずかしい思いはしなかっただろう。
「お前らの格付けは、あの時に終わっちゃってる」
―――ざわり、と胸の奥が波打った。
「ただでさえ勝てるところがないってのに、ああまで完敗したらもう決まりだ。エルノが上でチビちゃんは下って構図は完全にできあがっちまった。だからエルノが見下しているつもりもなく普通に振る舞っても、チビちゃんはそう思えない。思えるはずがないんだよ。―――なぜなら、チビちゃん自身がエルノを見上げているからだ」
クツクツとスピフィは笑う。
馬鹿にしているように。侮辱しているように。無遠慮に傷口へ指を入れるように。
酷く気に障る、笑い方。
「どうしてか、エルノはチビちゃんを気に入ってる。だから今は毎日会いにくるし、構ってくれる。まるで新しい玩具をもらってはしゃぐ子犬みたいにね。けれど少し考えれば分かるじゃんね。それって、今が特殊な状況だからそうしてるだけなんだってさ」
そんなことは、分かっている。
今の、この状況。町から離れて、兵隊と冒険者が一緒に行動して、エルノと僕がそれぞれの理由でそれについてきているこの状況。
そんな普通ならあり得ないはずのこの期間だけ、僕と彼の関係は構築された。
「当然だが、これが終わればアタシたちはヒリエンカに帰る。それぞれが日常に戻り、それぞれの人生を生きていくワケだが。まあ、エルノは三日でチビちゃんを忘れるだろうね。忘れたまま勉強だの剣術だのに明け暮れて、領主の息子として偉いこといっぱいやって、貴族の友達と美味いもん食いながら笑い合って、いつかなんかの偶然でチビちゃんと再会したらこう言うんだ。―――ああ、あの時の子か! ってね!」
僕と彼が会うのは、この期間だけ。それ以降はすれ違うこともなく、忘れ去られる。
それくらい分かっていた。こっちはきっと忘れられないことも。
「いーい顔だな。それが見たかった。どうだいチビちゃん。―――エルノとは、お友達になれたかい?」
悪趣味だ、と誰かが言った。本当にその通りだと思った。
この女はきっと悪魔だった。
「同い年の友達なんて、いたことない」
「ぶはっ!」
思わず吹き出すスピフィ。笑うと思った。
「ニャハハハハハ! そ、それは悲しい! 悲しいなチビちゃん! マジかゴメン! それはデリケートな話題だったわ!」
悔しいな、と。そう感じた。
馬鹿にされて笑われていることではない。笑われて当然だと思ってしまったことに、悔しいと思った。
もしかしたら、エルノと友達になれるかもしれない。―――そう、勘違いしていた。
勘違いして、期待していたのだ。馬鹿にされない方がおかしいではないか。
「……友達か。友達ってなんだろ?」
「お、根暗なヤツにありがちなヤツじゃんそれ! ホントに友達少ないんだなチビちゃん! いいね、いいね。じゃあそれ、お姉さんが教えてやろう」
情けなくなってしまって肩を落とすと、腹を抱えて笑っていたスピフィが涙を拭きながら顔を上げた。泣くほど笑ったのかこの人。
「つっても簡単じゃんね。別れた後にまた会いたいって双方が思ったら、それで友達だ。そういうもんだよ」
ああ、そうか。また会いたいってなれば友達で、けれど片方だけじゃ成立しなくて。
互いに会いたいから、わざわざ会いに行くのだ。
ふぅ、と息を吐く。それは諦めのため息だった。
グミさんが手を止めてこちらを見ていた。リルエッタも、ユーネも、ダルダンですら僕とスピフィへと注目していた。
完全に日が落ちて夜になった空には星がなく、月が透ける薄雲が広く覆っている。
「どうしたら、そうなれる?」
きっと、僕はその答えが分かっていた。スピフィがそう聞いてほしそうだなとも感じていた。
そう分かっていながら、聞いたのだ。
悪魔に魂を売るように。
「勝て」
気持ちいいほど単純明快。
「剣士は負けたままじゃいられない。こんな棒っきれに懸けた安い誇りを裏切れない。才能があるヤツほどそうなる。チビちゃんが勝てば、呼ばなくても向こうから会いに来るさ」
それははたして友達という間柄なのか。もっと違う何かではないのか。
そんな疑問は浮かんだけれど、気にしないことにした。
かまわない。どうせ今のままじゃ納得がいかない。
「ようし、いい顔だな。その顔なら叩き込んでやれる。この魔剣士スピフィがチビちゃんを勝たせてやる。―――東の筆頭冒険者の、必殺技をくれてやるよ」




