橋の上の密談
兵士たちの視線を受けながら引っ張られて、前へ。休憩中だったり馬の世話をしている彼らはなんだなんだと僕らを見ると、それに気づいたエルノに手を振られて笑顔を見せる。この貴族の少年はここにいる兵士たちの全員と知り合いなのだろうか、と疑問に思うくらい自然なやりとりだった。
止まった六っつの馬車を追い越して、荒れた道のわりには大きな橋へ。
橋には領主様の名前であるノグランズ・リオノックスの名前が大きく書かれていて、この橋を渡したのはあの領主様なのかと驚いた。以前も見たはずだけど、今は名前と顔が結びつくからかマジマジと見てしまう。
「父上が家督を継いで、最初に手をかけたのがこの橋の建設なんだ」
僕がそれを見ていることに気づいたのか、それとも元から説明してくれるつもりだったのか、エルノは橋の欄干を手でポンポン叩いてそう教えてくれた。
そしてそのまま肘を置いて、彼は河原を見下ろす。橋の下では兵士さんたちが水の濾過と煮沸をしていて、エルノはこちらに気づいた数人にまた手を振った。
「この橋ができるまで、この川を渡るにはもっと上流にある細い橋まで行くしかなかったんだよ。遠回りになるし湿地が近いから道も悪くて、行き来がすっごい不便でさ。だから父上は領主になって一番にここを着手したんだって」
河原には少し遠いけれど領主様もいて、何人かの兵士と話し込む姿が見える。顔は見えないし声も聞こえないけれど、なんだか難しい話をしていそうな雰囲気だった。
「……実はリオノックス家は父上の代になるまで、あんまりこの川の先の土地には目を向けてなくてね」
「え、そうなの?」
僕の故郷のニビトイ村、この先なんだけど。
「昔は海賊がけっこういたみたいで、そっちの討伐にかかりきりだったみたい。ヒリエンカの兵は海戦が強いから、祖父の代でほとんどいなくなったみたいだけれど」
海賊の話は聞いた気がする。たしかシェイアが言っていた。
そんなのがいるのかってビックリしたものだけれど、今の話だともういなくなったらしい。それなら噂とかで聞いたことがないのも納得だ。
そのころは冒険者の店にも、海賊退治の依頼とかあったのだろうか。
「そっか。じゃあこの川の向こうは、放っておかれてもしかたないね」
「いや、ダメだから父上はこの橋を造ったんだけどね」
……ダメだったらしい。そうか、ダメなのに放っておかれてたんだ、ニビトイ村……。
まあ、ヒリエンカの方が優先度が高いから後回しにされてたって感じだろう。
「海賊がいなくなって、町もだいぶ安定して、じゃあ次は領地内の端まで目を向けようかってことで、父上はこの橋を造った。それで領内を行き来しやすくして、領地全体のさらなる発展を目指したんだ」
……だからこの橋は新しくて、大きいのか。
馬車が通れるほど広くて頑丈なこの橋は、きっと売り物をいっぱいに積んだ荷馬車が通るために造られている。エルノの父親であるノグランズ・リオノックスは、領地の中でもあまり手が加えられていない場所に可能性を求めて、この川を横断したのだ。
「まあ都やその先の王都へ向かった方が稼げるから、この橋を渡る商人はそっちで通用しないあぶれ者ばかりだったんだけどね。数も少ないし商才もイマイチな人ばかりで、今のところあんまり成功してないみたい」
……レーマーおじさん、あぶれ者だったのか。あんまり聞きたくなかったな。
でも、たしかに西の村々相手に細々と取引するより、大きな都へ商売しに行く方が稼げるだろう。だから荷馬車が何台も並ぶ隊商ってやつが向かうのは、東の道に違いない。
西側に来るのはロバに荷馬車を牽かせる行商人くらい、か。
「でも、父上はまだ川向こうに発展の余地があると考えてる。森や山には豊富な資源があるし、農作物の量や質も悪くないからね」
エルノは橋の先へと視線を移し、その向こうに広がる緑の多い景色を眺める。秋の風に金の髪がさらりと流れて、彼は気持ちよさそうに目を細めた。
「それに今はあの山脈をずいぶん遠回りしないと行けないけれど、もしあの山脈をまっすぐ越えて国境の町と行き来できるようになれば、この道は隣国との交易路になるはずなんだ。……両国の交易品はこの橋とヒリエンカを通って、王都と隣国を行き来するようになる。あるいはヒリエンカ港から船に乗る商人も出てくるかもしれない。そうなったら、この先の平原の村はいい宿場町になると思わない?」
「ええっと……」
急に同意を求められても、そんなことは考えたことがなかったから言葉に詰まってしまう。
たしかあの山を越えた先にはこの国の国境領があって、その先には獣人がたくさんいる国があるんだっけ。
そんな大きな地図なんて見たことないから想像するのが難しいけれど、険しくて道がなくて魔物も多いあの西の山を安全に越えることができるようになれば……うん。たしかに近道にはなるのだろう。
なんか……すごいなこの子。
僕がニビトイ村にいたときは毎日のように西の険しい山々を目にしていたのに、そこに道をつくって交易路にしようなんて考えたことはない。せいぜい、あの先には何があるのかなって想像を巡らせたくらい。
貴族って本当に、普通の人とは違うんだ。
「それにそういう土地への期待を抜きにしても、領民を守るのは領主の義務だからね。このままだと近いうちにゴブリンは進軍を始めて、近隣の村を襲うだろう。そうなる前にどうしても、ゴブリンロードは討たなきゃならない。そうでしょキリネ君?」
さらに同意を求められる。けれどこちらは簡単な話だから、僕はすぐに頷けた。
魔物を倒して周辺の村を守る。―――この橋の向こうにはニビトイ村もあるのだから、僕としても他人事ではない。
「うん……そうだね」
それは当然で普通の返しだったけれど、エルノはパアッと陽の輝きのように笑う。
そして彼は欄干から肘を離してこちらに向き直り、まるで物語に出てくる役者のように手を大きく広げ、こう言い放ったのだ。
「良かった! じゃあ、キリネ君。おれたちでこの作戦を成功へと導かない?」
なに言ってるんだろこの子。
「……どういうこと?」
思わず聞き返してしまう。僕たちでこの作戦を成功させるって、子供二人で? この一団、最後には百人くらいになるって話だけれど。
「ほら、なんだか今って、兵たちと冒険者に嫌な空気が流れてるじゃない? 父上が冒険者をパレードに参加させなかったせいなんだけど、あれで昨日一悶着あったみたいでね」
「あ、もしかしてウェイン?」
「そうそう。そっちの代表さん」
ウェインは冒険者が危険の大きい役にならないようにするつもりだと言っていた。さっそく進言に行ったのか。
「まあ正面から進軍するのが兵ってのは当然だ。でも、じゃあ冒険者は何をやるんだって喧嘩になっちゃったみたいでさ。逃げる敵を狩るなんて言って、本当は何もせずサボる気じゃないか、とか」
兵士たちから見たら、ウェインの主張はそうなるのか。
冒険者はならず者まがいもいるから、あまり信用できないことも多い。今も夢に出てくるあの髪を逆立てた男のパーティはたしか、ゴブリン討伐の仕事を中途半端にやっていて結局他のパーティが後始末に行ったらしい。
けれど今回集まっているのは高ランクばかりだ。信用できないパーティがCランクに上がれるわけはないから、仕事はちゃんとすると思う。
「敵はゴブリンとはいえ、数が多いしロードもいて、しかも砦に籠もられてる。兵も冒険者も信頼しあって全力で協力しないと殲滅なんてできないし、被害も多くなってしまう」
「だから、冒険者の情報がほしい?」
「うん。それに、こっちの情報もあげる」
エルノはニコッと笑って、僕に手を差し出す。
「二人でお互いに密偵をしよう。昨日試合して思ったんだ。キリネ君はきっと、協力してくれるってね」
どうしてそう思ったのか……僕って昨日、すごい失礼なことしたはずなんだけれど。




